第2話 ユーフィリアとリズベット 出会い


「「お母さま(おかあたま)!!」」

「ルーク、シャルロッテ、良い子にしてたかしら?」

「うん! 今日は本を読んでもらってたの」

「なの!」

 子供たちの明るい声にユーフィリアは微笑む。かつての事件から早五年、無事レナードの婚約者となり、彼の即位と共に王妃となったユーフィリアは一男一女、二児の母となっていた。

 好奇心旺盛で何でも興味を持つ、はつらつとした男の子はルーク。兄が大好きで後をついて回り、とにかく真似したがる愛らしい女の子はシャルロッテ。二人の子供は忙しい毎日を送るユーフィリアの心の支えだ。

「ユーフィリア様、お疲れ様でした」

「いつも子供たちの面倒を見てくれてありがとうごアシュリー」

 ユーフィリアの専属従女であるアシュリーは元貧民街出身であるが、紆余曲折があってユーフィリアの元へと来る事となり、今では大切な子供たちの世話をしてもらっている。

「子供たちは何か迷惑かけなかったかしら?」

「坊ちゃんたちは今日も良い子でしたよ。しいて言うなら、お菓子をつまみ食いしていたくらいでしょうか」

「あら、随分と可愛らしいけども、親として注意しないと駄目かしらね?」

「大丈夫です。私の方で三時のおやつを抜きにして差し上げましたので」

「ふふ、アシュリーの特製お菓子という、本命を食べられなかったのはルークには堪えたでしょうね」

「つまみ食いは二度としないって言っておりました。私の勝ちです!」

 何とも平和な日常にユーフィリアは安堵の笑みを浮かべる。

「ユーフィリア様、これからお食事の準備をしても?」

「ええ、宜しく頼みます」

 アシュリーが去った後、ユーフィリアが子供たちに視線を戻すと、子供たちは何か期待したような眼差しをしていた。正直休みたい気持ちもあったが、構ってオーラ全開の子供たちに受けて立つと、ユーフィリアは気合を入れる。

「さ、ルーク、シャルロッテ、ご飯できるまで何かしましょうか」

 ユーフィリアの王妃生活は至って順調であった。子供達はアシュリーのおかげで明るく育っているし、夫であるレナードとも上手くいっている。その圧倒的な忙しさにさえ目をつぶれば、理想的な生活と言ってもいいだろう。

 現在のユーフィリアには王妃としての仕事と、親としての仕事、これだけでも忙しいが、さらに第三の仕事もあった。

 ユーフィリア個人の強みはその情報分析能力にある。一方彼女の部下であるハイブルグ公爵家の密偵達は極めて優秀で、そこから生み出される相乗効果によって、多くの事件が解決された。王家にもその優秀さは評価され、国直属の諜報組織としてハイブルグ情報機関が設立された。ユーフィリアはその長をも担っているのだ。

 大変な仕事を三つも抱えたユーフィリアは、常にオーバーワーク気味であった。最初は大丈夫であっても疲労は徐々に蓄積される。何かため息が増えたなと気づいたのは、何時の日の事であったか。



 夕食を食べ終え、子供たちが寝静まった後、ユーフィリアは一人書斎にいた。明日するべき事を整理するためであったが、今一集中できず、ユーフィリアは大きくため息をつく。ユーフィリア自身良くない方向に進んでいると自覚があった。

 だがユーフィリアの仕事は誰も代わりができないものだ。ユーフィリアは思う。もしユーフィリアの代わりができるとすれば彼女しかいない。リズベット・フォン・シュタインしか。

「リズベット、か……結局あの約束は果たせていませんね」

 リズベットがいれば実に心強いだろう。今でもユーフィリアはあの断罪の場面を思い出す。別の可能性はなかったのだろうかと。それはユーフィリアがいつも考えている事であり、幾度目かの堂々巡りに入ろうかとした時、アシュリーがやってきた。

「ユーフィリア様」

「ごめんなさいアシュリー、もうちょっとで寝るようにするわ」

 アシュリーがここへ来るのは、いつもユーフィリアを心配しての就寝への催促である。だが今日に限ってはそうではなかった。

「いえ、早く寝てほしいのは確かなんですが、今日はずっと聞いてみたかった事がありまして」

「……リズベットの事かしら」

 アシュリーはリズベットがユーフィリアにとってどんな人物か聞いていた。とある日ユーフィリアが『猫の手も借りたい』ではなく、『リズベットの手が借りたい!』と衝動的に叫んでしまったからだ。その魂の叫びはアシュリーにももちろん聞かれ、誰ですかと問われれば、ユーフィリアは答えざるを得ない。

 しかしユーフィリアはあの断罪事件については話していない。彼女がアシュリーに教えたのはあくまで学生時代に競い合ったライバルと言うだけだ。その時のアシュリーは『リズベット様も凄い人なんですね』で済んだのであるが、今回はその時とは空気が違う。アシュリーはユーフィリアの今の現状を深刻にとらえ、本気で来てもらえないか考えているのであろう。

「申し訳ありません。従女の身でユーフィリア様の過去を知りたいなんて、烏滸がましい事かもしれませんが……」

「大丈夫、私がそんな事で怒るわけないじゃないですか。でもあなたが本当に知りたいのは、リズベットが助けに来てくれるかどうか、でしょう?」

「……はい」

 図星だったアシュリーだが、下手にごまかすような事はせず素直に答える。アシュリーから見れば、多忙のユーフィリアには手助けが必須のように思えた。しかしユーフィリアはアシュリーの希望空しく、かぶりを振る。

「残念ながらそれは無理なのです」

「それはどうして……」


「私はリズベットの両親を殺し、彼女を追放にしたのですから」


「え?」


 ユーフィリアの衝撃的な発言にアシュリーは言葉を失う。断罪後にユーフィリアと知り合ったアシュリーは、貧民街出身の事もあって、リズベットの今については知らなかったのだ。

「も、申し訳ございません。そんな事があったとは知らず……」

「いいんです。私もあえて隠していたから」

 しきりに頭を下げるアシュリーに気にしてないとユーフィリアは手を振る。

「でも、そうですね。良い機会かしら。せっかくだから話しましょうか。私とリズベットがどういう関係だったのか。なぜ彼女を国外追放しなければならなかったか。あまり面白い話ではないけれど、それでも聞きたいですか?」

「……ユーフィリア様がお嫌でなければ是非」

 アシュリーの覚悟は固いのを見届けて、ユーフィリアは頷いた。

「ではどこから話そうかしら? 最初はそうね。やっぱり出会いからかしら? 私と彼女が出会ったのは私が十歳の時になります」

 ユーフィリアは己の記憶を辿り、当時の子供であった己とリズベットの事を思い返す。

「婚約者候補達がレナード殿下との初顔わせした時、真っ赤な真紅のドレスを着て現れたのがリズベットでした。普通なら服の色に負けちゃいそうだけれども、彼女はもう凄い存在感があって。当時の私は圧倒されたのを覚えています。こんな子がいるんだって」

「十歳の時点で赤色を着こなすのは確かに凄いですね」

 アシュリーは赤いドレスを着こなす女の子について、想像がつかなかった。ピンクなどかわいらしい色であるのなら容易に想像つくのであるが。

「あの時はなんて挨拶したかしら? あまり覚えていないかも」

「お二人は仲が良いわけではなかったのですか?」

「全然です。何せ殿下の婚約者をめぐってのライバルでしたから」

 意外な事実にアシュリーは目を丸くする。

「でも皆が必死に殿下と話そうとしている中、私とリズベットだけが呑気にお茶菓子を食べていたのは良く覚えていますね」

「それは婚約者候補として良いのでしょうか?」

「だって王妃に求められるのは殿下の最愛になるのではなく、如何に国のためになるか、でしたし。だから恋愛するよりも勉強した方がいいかなって」

「レナード殿下はしっかりユーフィリア様の事を愛していると思いますが……」

 国を導くためには愛よりも知恵なのかもしれないが、それにしてもドライすぎる二人の対応に、レナード殿下が不憫だとアシュリーは思った。ユーフィリアは慌てて訂正をする。

「いえ、当時がそうであっただけで、今は私もレナードの事を愛していますよ? それにこの件に関して言えばどっちもどっちです。レナードも昔は冷めた男の子だったんですから」

「そうなんですか?」

「私は嘘つきません。レナードは他の候補者達の必死なアピールを迷惑そうにしていたもの。彼だって好意だけを信じるような人じゃなかったです」

 アシュリーはユーフィリアが王妃となった後しか知らないし、今の仲睦まじい姿を見ているため、子供の頃むしろ冷めていたのは意外だった。

「それでリズベットの話に戻りますが、それからの私もリズベットと会話する事は基本的にありませんでした。しかしながら不思議と印象に残ってて。彼女とっても目立つから見かけるとよく目で追っていましたね」

「ライバルの視察って事ですか?」

「それもありますが、彼女って見ていて気持ちが良いんです。いつもカラッとしていて元気で。成績だっていつも私と一位を争っていたから、テストなんかの結果発表では彼女の名前がいつも隣りにあるんです。だからどうしても気になってしまって。私と本気で戦ってくれる子がいる。それが本当に嬉しくて。彼女の両親については嫌いでしたけれど。私達は正々堂々戦ってるのにいっつも邪魔してくるから。いつもハツラツとしているはずの、リズベットの申し訳なさそうな顔を見るのはちょっと辛かったですわ」

「お互い高め合う存在と言う感じですか。そういう関係ちょっと憧れます」

「でしょう?」

 いつもよりも饒舌なユーフィリアに、アシュリーは本気でリズベットの事が好きだったんだなと感じた。しかもまともな会話もない段階でこれである。この後一体どうなってしまうのか。不安と期待を胸にアシュリーは、ユーフィリアに続きを催促した。

「リズベットの方も多分私の事を認めてくれていて……会話した事ないのに信用している不思議な感覚でした。もちろん私が都合良い夢見ているだけっていう可能性も考えましたが。でもね。私達が十七歳の時にそれが都合の良い夢じゃないと証明されたの!」

 本格的接触まで思った以上に時間かかったなと思いつつも、アシュリーはユーフィリアに問う。

「というと?」

「休日の街中で、偶然リズベットと出会ったんです。その時の事は今でも私の大切な思い出です」

 当時の事が余程嬉しかったのか、花が咲くような笑みを浮かべてユーフィリアは語り始めた。


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