第28話 新たな出会い

 結果として新都の図書館は有意義であったと言っても良いだろう。図書館についてからのリズベット達は完全に流れ作業で、余計な時間をなくするためにリズベットはひたすらに読みに徹し、パルフェは目ぼしいものを片っ端から集めて、リズベットの前に積み上げるという行為が続いていた。

 もちろん全てを通して読んでいれば時間が幾らあっても足りないので、さして重要そうでない本は即切るという徹底ぶりで、数をこなしていった。これにより二時間という短い時間でも、多くの本に手を付けたリズベットであったが、それでも情報として手に入ったのは、元からパルフェから聞いていたものに毛が生えた程度の物でしかなかった。

 しかし一つの本の発見が流れを変えた。導者が独自に使っていた文字について、言及している本があったのだ。その文字とはリズベットが知る聖女の文字、ニホンゴと同じものだった。少なくとも導者が異世界人であると確定した瞬間であった。

 歓喜したのも束の間、ライネルから時間切れを宣言され、図書館から引きずられるリズベットであったが、そこには一歩進んだ事に対する喜びがにじみ出ていた。

 具体的な成果を得る事が出来たリズベットは上機嫌で、その後の二日目の食事では大いに盛り上がった。


 そうして楽しい食事を終えた後、後は明日の帰りに備えるだけとなったリズベットは、ライネルと共にとある場所を訪れていた。今朝がた、宿から出発する際に見つけた教会である。そこに祭られているのは聖女ではなく導者だ。すでに閉館に近い時間故、教会の中にいる人はまばらだった。

 リズベットは一人、礼拝堂の真ん中にある導者の銅像を見上げる。これが本当に導者を模したものであるのかは分からない。だがそれでもかまわなかった。リズベットが気にしたのは見た目は見た目でも、何歳に見えるかである。

「やっぱり老いている。しわくちゃのおばあちゃんだわ」

 グレイシア国の導者はフローディア国の聖女と違って、年若い全盛期の姿でなく、老いた女性の姿をしていた。これはつまり彼女が若い頃ではなく、老いてから何かを成したのだ。これは見事リズベットの推測に合致する。

「聖女は年老いてからグレイシア国へやってきて、かつてフローディア国にそうしたようにグレイシア国も救って見せた。そう信じても良いのよね? タチバナリツカ」

 導者の像は答えない。それでもリズベットはかまわなかった。明日の出発も早いため、もう宿へ帰ろうかとリズベットが踵を返した時、その男はいた。

 男はまぎれもなくグレイシア人で、氷のような冷たさであった。まっさらな銀髪に澄み渡る碧眼、切れ長の目は間違いなく美形だろう。さらに纏う空気が普通ではなく、圧を感じさせる。只者ではないのは明らかであった。

 しかしリズベットはそれを意に介した様子も見せず、見事なカーテシーを披露して見せた。男が目を丸くする中、リズベットは最初の言葉をかける。先手必勝だ。

「初めまして。私の名はリズベット。あなたは?」

 リズベットの存在は男にとって、まったくもってちぐはぐであった。カーテシーのしぐさは完璧で、でも敬語は使わず、名前だけ名乗って姓に関しては言わない。怪しさ満点であるが、むしろ男には効果てきめんであった。

「動揺するどころか、むしろ真っ向から来るか。面白い。なら俺はベオウルフだ。ただの、な」

 そう、男はリズベットの名前だけ告げた意味を、この場でお互い正体を明かさないという意味で取ったのだ。逆に言えば両者とも普通ではない事を認めた事になる。

「察するに俺が接触する可能性に気づいていたな? いつからだ?」

「あなた、昨日の夜、レストランにいたでしょ?」

「ほう、そこからか。俺はてっきり今日かと思っていたんだが」

「今日も途中からずっとつけてきたわね。朝出発した時にはいなかったから寝坊でもしたのかしらって思っていたのだけれど」

「昨日の内からばれているのなら小細工は無用だったな。しかし昨日か。普通の客をちゃんと演じていたつもりだったんだがな」

「いえ、あなたの擬態は良かったわよ。ただ私は初めから疑っていただけ。予期していれば造作もない事よ」

「それは何故だ? なぜ予期出来た?」

 問いかけながらも圧をかけてくるベオウルフにリズベットは事も無げに答える。

「パルフェ商会の価値を考えればそうもなるでしょ。むしろ誰も来ないのであれば、グレイシア国は無能って事になるわね」

 圧をかけてきたベオウルフへの反撃なのか、リズベットの無能という言葉は強烈で、そばで聞いているライネルの方が冷や汗をかく。

「なるほど、だとしたらここで接触した俺は面目を保ったって事になるな」

「ええ、おめでとう」

 会話で主導を握れず、リズベットの方から回されている。だがベオウルフはそれに対して苛立ちは見せず、むしろ面白いと口角をあげた。

「しかしパルフェ商会の価値か。確かに俺はあの商会に価値を見出している。ふむ、貴様は……ああ、貴様がそうなのか」

「想像の通りとでも言っておきましょう。で、あなたの方はどうなのかしら? あなた、今までもパルフェ商会を裏からずっと観察していたのでしょう? だから私のようなフローディア人が来たのにもすぐに気づいた。あなたの方も私の来訪を予期していたのかしらね?」

「……答えはNOだ」

「あら? 予想が外れたわ」

「本人が直接来るなんて想像つくか。誰か来るのは考えていたが、精々関係者程度に思っていたぞ」

 ライネルはその通りとベオウルフに同意した。彼女の行動力は他国の只者でない御仁をも驚かせる。そしてベオウルフはリズベットこそがフローディア国における、パルフェ商会の第一パトロンだと気づいたらしい。シュタイン家がなくなってしまったので、厳密的には『パトロンだった』となるが。

「あまり回りくどい事は好まないので率直に聞く。ここに来たお前の目的は何だ?」

 ベオウルフは嘘は許さないと、リズベットをその鋭い視線で射貫く。リズベットとしてもそれは望むところであった。身分こそ隠しはすれ、そもそも嘘をつくつもりはないのだから。

「私はね。グレイシア国を見極めに来たの。あなたを含めてね」

「一体何を見極めるつもりだ。このような危険を冒してまで」

 ベオウルフもリズベットが並大抵の覚悟で来ていない事は、すでにこれまでの会話で分かっていた。ここはグレイシア国でフローディア人であるリズベットの味方は、それこそライネルしかいない。にもかかわらずリズベットは堂々としている。

 ベオウルフからの接触を予期していたのであれば、避けるように動いてもいいはずなのにむしろ真っ向から対面する度胸、もはや命を懸けていると言っても過言でないだろう。

「グレイシア国が本当に信用に値するか」

 そしてこの答えである。ベオウルフはもうたまらなかった。

「平民を装って来たのはそうした理由か。公式の訪問だと本当の事は分からないと。そういう訳だな」

「察しが良くて助かるわ」

「それで我がグレイシア国は貴様にとって合格か?」

「まあ感触は良いわね」

「くく、そこは嘘でも合格と言うべきじゃないのか?」

「私はまだ新都しか見ていないのだもの。一つの街だけで判断するなんて、それこそ『浅い』でしょう?」

「そう話を持っていくか。何とも上手い奴だな貴様は」

「それでそっちはどう思っているのかしら?」

 つまりグレイシア国は今以上にフローディア国との交流を活発にしたいか。友好を結ぶ意図はあるか。リズベットはそれをベオウルフに問いかけていた。

「間髪入れずに聞き返してくるなんて随分と酔狂な女だな貴様は。恐れとかはないのか?」

「だってパルフェ商会に自由にさせていたでしょ? 諜報員を紛れ込ませるわけもなく、行動を制限するわけでもなく。パルフェの好きなように商売をさせていた。だからこそパルフェ商会を

見張っていた、と言う体で守っていたあなたは敵ではないと私は判断したけれどどうかしらね?」

 ベオウルフから返事はなかったが、態度がそれが正解だと物語っていた。ベオウルフは顎に手を当て考える。じっくりと時間を使った後、ベオウルフはリズベットに問いかけた。その眼に先ほどまでの鋭さはなかったが、むしろ真剣味は増しており、今まで以上に本気である事をに感じさせた。

「確認したい。お前は今のフローディア国とグレイシア国をどう思う?」

 勝負をかけに来た。リズベットは直感的にそう思った。だからこそリズベットも小細工なしの本気で答える。

「両国ともに弱い。お互い不足しているものが多すぎる」

 リズベットには大きな懸念があった。現状フローディア国とグレイシア国の発展は頭打ちとなっており、このままでは他の国から置いていかれてしまう。作物が良く育つ畑の作り方は見つけたが、これは長所を強化するだけであって、フローディア国の弱点は残されたまま。

 歪な発展ではいずれどこかで限界は来るであろう。そして進化が止まれば淘汰されるのが世の常、いずれ地図から二国は消え去ってしまう運命にある。

 それこそ海の向こうにはフローディア国とグレイシア国の二国が束になっても、決して勝てないほどの巨大な国があるらしい。海を渡る術がないから真実かは分からないが、もしもその国が実在したとして攻めてきたならどうなる?

 そうなってからではすべてが遅い。平穏である今こそがチャンスなのだ。

「だからと言って私は相手が亡ぶ事は望まない。そんなところかしら」

「……そうか。分かった。それはお前の国の総意か?」

「全てがそうとは流石に言えないけれど、フローディア国としては概ねその方向に向かっているわ。そもそも皆戦いたいなんて思ってないのよ。過去の因縁なんて今の私達には関係ない事だしね。それでも今の今まで話してこなかったのは単に臆病になってただけの話」

「臆病なだけ、か。そうかもしれないな」

 だからこそ両国にはきっかけが必要であった。パルフェがフローディア国にやって来たのは、あくまで自分で商売するためだ。だがきっかけを探していた両国としては、パルフェの見せた可能性は希望そのものであった。

「パルフェを、あの子を送ってくれて感謝するわ」

「いや、それはこちらもだ。よく彼女を見つけてくれた」

「今回は名前以外を名乗る事は出来ないけど、フローディア国に帰ったら正式にグレイシア国へ書状を送ってもらうよう働きかけるわ。内容はフローディア国とグレイシア国の未来について。悪いようにはしないつもりだから受けてくれると嬉しいわ。自己紹介はその時改めてって事で」

「分かった。前向きに検討するよう進言しておこう」

 進言するという言葉は本当かしらとリズベットは疑問に思う。ベオウルフがそもそも決定権ある存在の可能性もあるのだ。ベオウルフには上に立つ者のオーラがある。だが余計な詮索はすまい。ルール違反になってしまうから。

 とにかくこれでやるべき事はやった。話はここで終わりとリズベットは去ろうとしたが、ベオウルフは呼び止める。

「待ってくれ。最後にもう一つ聞いてもいいか?」

「なんなりと」

 ベオウルフは周囲を見回す。導者を称える教会は荘厳で、グレイシア国民の多くからから信仰されているのが分かる。ベオウルフはどうしても分からない事があった。何故リズベットは教会に来たのか。何故彼女は図書館で導者について調べていたのか。

「何故お前は導者に興味を示した?」

「あら、そこを切りこんでくれるとは嬉しいわね」

「嬉しい、だと?」

 ベオウルフがもう一度問い返そうとした矢先の時だった。リズベットはにやりと悪い笑みを浮かべた。それに猛烈な嫌な予感がしたベオウルフは、慌てて静止しようとしたが一歩遅かった。リズベットの特大の爆弾が落ちた。

「ねえ、ベオウルフ。私がフローディア国の聖女とグレイシア国の導者が同じ人物だと考えていると言ったら驚くかしら?」

「なん……だと?」

 予想だにしてなかった答えにベオウルフは絶句する。リズベットはもうベオウルフを巻き込む気満々であった。

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