第42話 グレッグとルリカは晴れて自由の身となる
リズベットが無事に帰ってきた翌日の事である。ユーフィリアから念のためと人質とされていたグレッグとルリカが釈放される事となった。普通であれば自由の身になれる事はさぞ嬉しかろう。しかし二人の表情はどうもぱっとしないものであった。
二人に解放感はもちろんある。だが自由と引き換えに失ったものがあった。失ったものを思い返し、ルリカは切なげに呟いた。
「あのご飯……もう食べられないのね」
「……だな」
「ふかふかのベッドも」
「……だな」
そう、人質ではあるが二人の待遇は悪くなかったのだ。自由がなかったとはいえ牢屋ではなく客間であったし、別に冷や飯を食わされるわけではない。普通に暖かくて美味しい食事が運ばれてくるのだ。
諜報員はリスクがある仕事だし、その分報酬は良い。グレッグ達だって常にとはいかずとも、たまに贅沢だって出来るくらいの給金は貰っている。だが諜報員という特殊な事情故、食事中などでも常に気を張ってるし、寝ていたって本当の意味で休まるという事はあまりない。
「どうにもならないからこそ腹をくくったけれど、人質という言葉が正しいかも分からないくらいの好待遇っぷり……」
「変な話、王宮はある意味一番安全なところだしな。久々に熟睡も出来た」
王宮の者達はグレッグ達の正体を知っているのだから、もう隠しても無駄だし、不安はあれど、人目を気にしなくてもいい生活はとても癒された。
もちろんルリカとグレッグはこれも王妃の策略であると知っている。本当に和平を望んでいるのなら仲良くしておくのに越した事はないし、懐柔して何か情報を引き出したいのかもしれない。
そんな事百も承知なのだが、ルリカはグレッグの顔を見る。どこからどう見てもすっごく健康そうであった。そしてルリカ自身も今そんな顔してるんだろうと察する。
「……名残惜しいと思っている自分をぶん殴りたい」
「俺達が絆されそうになるなんて。フローディアの王妃、恐るべし、だな」
見張り役であった騎士達に連れられ、王宮の入り口までやってきた二人であったが、そこにはユーフィリアが待っていた。そしてその横にはもう一人。面識はなかったが直観的に二人は悟った。この女こそが王女を演じていたのだと。
「おはようございます。話には聞いていたかと思いますが、無事に彼女が帰ってきましたので、あなた達二人は今日を持って釈放します」
「なかなか良い生活をさせてもらって感謝するよ。最高の人質生活だった。疲労もふっとんじまった」
一瞬どう返事をしようか考えたが、グレッグは皮肉半分、本音半分で礼を言った。
「それは今後の活躍に期待させてもらっていますから」
「責任重大だな」
「本当はあなた達に依頼する形ではなく、私が直接グレイシア国の王と話せれば良かったのですが、公式の話し合いの場を設けるとなると……」
グレッグはユーフィリアの懸念を察する。
「公であるからには貴族や民に発表しなければならないし、あんたの言う黒幕の格好の餌食になるな」
「ええ、だからこその裏からです。こちらに書状を用意しました。王家の印を押してありますので疑われる事はないでしょう。これをしかるべき方へと届けてください」
「俺も戦争はまっぴらごめんだからな。全力を尽くそう」
グレッグはユーフィリアの後ろに控えていたアシュリーから、書状が入った筒を受け取った。だがふと違和感を覚えてその筒を凝視する。
「何々? 一体どうしたわけ?」
ルリカが不思議そうに尋ねるとグレッグは我に返り、ユーフィリアに問いかける。
「なあ、これって何か仕掛けがあるのか?」
何が変と聞かれればグレックもはっきりとは言えなかったが、しいて言うのなら重さであろうか。見た目反して重量があるのだ。大切な書状であるからには頑丈さも必要であろうが、グレッグはそれだけではないような気がした。
「流石の洞察力ですね。確かにこれは特殊な加工がしてあります。正しい開け方をしないと中の書状が紛失する仕組みになっているのです」
「なるほど、もしものための保険か。それでその正しい開け方というのは俺に教えてもらえるのか?」
「それは私の方から説明するわ」
グレッグの問いに答えたのはユーフィリアではなくリズベットであった。リズベットは別の紙をグレッグに手渡す。早速中身を確認するとグレッグは顔をしかめた。
「これは……導者の文字か?」
いきなりの知らぬ言語で書かれた文に困惑したグレッグであったが、それでも記憶を頼りに正解を引き寄せる。しっかりと及第点を出したグレッグにリズベットは満足そうに頷いた。
「ええ、その通りよ。開け方は聖女の文字、そちらでいう導者の文字で書かれているの」
「つまりはなんだ……フローディア国はこの文字を解読したのか?」
信じられないと言った様子であったが、書かれた文字は内容が理解出来ずとも、確かな規則性があるように思えた。
「ま、運が良かったのよ」
グレッグは疑いの眼差しを向けるが、リズベットは嘘をついていない。フローディア国にはたまたま転生人チェルシーがいた。それだけの話なのだから。
「だが俺がこれを持って帰ったとしてどうすればいいんだ? あまり言いたくはないが、グレイシア国にこの文字を読める奴はいないぞ」
「そこはちゃんと根回し済みよ」
根回しという言葉を聞いて、ルリカは自分達が何故捕らえられていたかを思い出した。
「そう言えばあんた、グレイシア国に行っていたらしいわね!」
そう、リズベットが勝手にグレイシア国へ行ってしまったから、ルリカ達は人質として捕らえられたわけで。ルリカは非難めいた視線をリズベットへと向けた。良い生活はさせてもらったがそれはそれ、これはこれだ。
「ええ、素のグレイシア国を見てみたかったからね」
「あんた、何で諜報員みたいな事してるんだよ。王妃になりすました事と言いナニモンなんだあんた?」
「調べれば分かるから別に隠しはしないけれど、私はシュタイン伯爵の娘、リズベット・フォン・シュタインだった者よ」
「え? シュタイン伯爵家って……」
ルリカの疑問にグレッグが答える。
「ああ、今はなくなっている。シュタイン家が取り潰しとなった理由は公爵令嬢暗殺未遂事件、つまり今の王妃を狙ったと聞いていたが……どういうわけだ?」
リズベットはいわゆる大罪人の娘である。詳しい事情を知らないグレッグ達にとって、命を狙った者と狙われた者が一緒にいる光景はにわかに信じられなかった。
「まあそう考えるのは真っ当だと思うわ。といっても説明すると長くなるし……そうねぇ。簡単に言うのなら、家の対立はあれど、私とユーフィリアの仲は悪くなかったって感じかしら」
リズベットの言葉に嬉しそうに頷くユーフィリア。もしもユーフィリアがグレイシア人だったらしっぽが揺れていたに違いないとグレッグは思った。そのままグレッグはリズベットの言葉が正しいか二人の様子を伺うが、リズベットは自然体そのものであるし、素の表情を見せるユーフィリアに嘘は見られない。
忘れてはならないのは、リズベットが王妃の真似事も許されていた事である。何のお咎めもなしという事はユーフィリアだけでなく、フローディア国もそれを許したという事であろう。
どのような経緯で今のように至ったか、グレッグ達にとっては甚だ謎であったが、少なくともリズベットとユーフィリアに深い信頼関係があるのは間違いなかった。
「それで今のあんたは一体どういう立場なんだ?」
「伯爵家はもうないから領主としての役目はしていないわね。その代わりユーフィリアが新たに作った外交部門にいさせてもらっているわ」
「外交……だと?」
「ええ、国と国同士、無駄な争いは極力避けて、互いに発展を施しましょうってところかしら。今のもっぱらの目標としてはグレイシア国と友好を結ぶ事ね」
「戦争を避けたい旨は王女から聞いていたが友好と来たか」
胡散臭いと目を細めるグレッグにリズベットは直球に伝えた。
「要はフローディア国としては塩が欲しいのよ」
「いきなりぶち込んできたわね。普通もっと回りくどくというか、小出しで反応を窺いつつとかでやっていくものじゃないの?」
呆気にとられるルリカにリズベットは頭を振る。
「そんなの無駄な時間よ。戦うとかであれば隠す方が良いだろうけども、仲良くしたいのであればどこまでオープンに出来るかが重要だと思わない?」
「それは……一理あるわね」
思わずルリカは納得してしまった。信頼とはお互いのクリーンさから生まれるのだから。
リズベットはユーフィリアを見る。それはここで話してもいいのかの確認であり、ユーフィリアは頷いて見せた。
「あなた達の国に何のメリットがあるかも今伝えるわ。私達が考えているのは穀物の優遇措置よ。今フローディア国では穀物の増産の目処が立ちそうなの。だからもしもグレイシア国の方で友好を考えてくれるのであれば、穀物をより安価に、量の制限も段階的に緩和させていく事を考えているの。将来的にはもっと上の事だって」
「ちょ、ちょっと待て。悪い話ではない事は理解しているが、俺らはそれらを決められる立場にない」
流れ的にそのままリズベットの話を聞いてしまっていたがグレッグは唐突に気づいた。ただでさえ重い責任がさらに上乗せされて行っている事に。グレッグは諜報員であって外交専門ではないし、これ以上の責任はごめんだ。
「ま、これも後々の話しよ。今は話半分に聞いてもらっていても構わないわ。今の私達がしなければならない事は災いの芽を詰む事なのだから。それが成されなければ友好なんて夢の話だわ」
「……それもそうだな」
グレッグが落ち着いたのを見て、リズベットは仕切り直す。
「そろそろ話を戻しましょうか。根回しの話だけれど、私がグレイシア国の新都に滞在していた時、とある人物と出会ったわ。市井に紛れ込んでいたけれど正体は相当な権力者だと思うのよね。本名か偽名か分からないのだけれども、あなた達、ベオウルフって人知ってるかしら?」
瞬間、グレッグとルリカが固まった。分かり安すぎるリアクションにリズベットは思わず笑ってしまった。
「ふふ、ある程度察してはいたけれど、やっぱり相当な上の人みたいね」
「上というか、最上位というか……」
だがルリカの答えはリズベットにとって想像以上であった。
「え、最上位? という事は」
「……多分それ、うちの王様」
辺りが静寂に包まれた。まさかの正体にリズベットも困惑を隠せない。グレイシア国で一番影響力のある人だった衝撃はなかなかのものだ。
「うっそでしょ? そんなに都合の良い話ってある?」
偶然にしては出来過ぎている展開に皆一様に変な笑みが出るのであった。
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