第11話 新たなリズベットのお仕事
「リズベット嬢、あなたは何をやりたい?」
リズベットの処遇に困って唸っていたノーヴィック、王妃なりすましの件は無事に済んだものの、その後リズベットをどのような立場に置くかは決まっていなかった。なまじ何でも出来そうであるし、どこへやってもやっていけそうであるが、せっかくなら最大効果で活用したい。
さらに言えばリズベットに変な虫がつかないようにもしなければならないのも困りどころだ。ユーフィリアの手の者達によって守られてこそいるが、どこかに属するというだけでもひと悶着ありそうなのが頭の痛いところである。
にっちもさっちもいかなくなったノーヴィックが出した結論は、直にリズベットに聞く事であった。ノーヴィックが思うに、リズベットのする事ならきっと国に役立つ事は間違いないだろうし、大半の事ならユーフィリアが許可するはずだ。だったらリズベット自身が動きやすくなるよう、彼女自身に決めてもらえばいい。決して面倒くさくなったわけではない。
「えっと、え? 私が決めるの?」
流石にこれにはリズベットも困惑気味であった。
「私も色々考えたのだが、昔はともかくとして、そもそも私は今の君の事を知らなすぎる。だから何が得意かなんて正直分からない。五年も会ってなければ当たり前の事だが」
「それは確かにそう」
「君が説教してくれたおかげで、あのワーカーホリックの王と王妃はようやく我々にある程度仕事を任せてくれるようになった。だからとりあえずの危機は脱したし、色々今後も調整は必要だろうが国として回りそうではあるんだ」
「不足している場所は特にないって事ね」
「ああ、今までの国政自体は上手くやっていけていたし、現状余裕はある。選択の自由があるのは今だぞ」
ノーヴィックの言葉にリズベットは思案する。
「……やりたい事はあるのよ。でもそのためにどの仕事につけばいいのか」
「察するに今ある仕事の中で該当するものがないという事か?」
「ええ、ざっと考えてみたけど思い当たる場所がないわ」
「ふむ」
ノーヴィックはリズベットがユーフィリアと競い合っていた事を知っているし、彼女が既存の仕事で該当するものがないというのであれば、本当にないのだろうと理解した。それと同時にノーヴィックは疑問に思った。いつもハキハキものをいうリズベットが言い澱んでいるのは一体何故か。
「そういえば畑を作っていたと言っていたな。それも何か関係していたりするのか?」
「まあそうね。言うなれば目的を達成するための手段の一つ、かしら」
「目的か。まずはそれを話してみないか」
ノーヴィックは思い切って切り込む。リズベットは意地でも聞こうとするノーヴィックを見て、観念したように話し始めた。
「本来こういうのを決めるのは王族だと思うのだけれど……」
ノーヴィックはその時点で察した。つまりリズベットは自分が王妃になった暁にはやりたい事があったのだと。だから王妃にはなれなかったリズベットには言えなかった。
「ここで話すだけならタダだ。それにユーフィリア王妃はリズベット嬢の事を大切に思っている。大それた事を言っても不敬にとられる事もあるまい」
「それもそうか。実は私はね……」
そこで明かされたリズベットの願いは、ノーヴィックにとって衝撃的であった。
「確かにこれは前例がないな」
「でもリズベットらしいです」
それがノーヴィックから報告を受けてのレナードとユーフィリアの感想であった。本当はノーヴィックの裁量で決めてしまおうと思っていたのだが、リズベットの願いのスケールが大きすぎたため、上に持って判断をゆだねるしかなかったのだ。
リズベットがやりたいと言った事、それは何と隣国、グレイシア国との友好であった。
つまりリズベットの望む仕事とは外交であるが、基本的にフローディア国では外とのやり取りは王族に一任されており、王族こそが外交のトップとも言える。だからこそあの猪突猛進のはずのリズベットでも流石に言い出しにくかったのである。
リズベットの願いは悪い意味で取れば、王の仕事を奪うという事になりかねない。それにレナードとユーフィリアが友好を望んでいるとは限らないし、二人の意志に反した事を進めれば、最悪謀反の意志ありと見なされる恐れもある。
幸い、レナードはリズベットに肯定的だ。故にその部分では問題にならないが、そう簡単に認められない事情もある。
「私としても友好を結びたい意志はある。だが現実は厳しい」
「食糧の問題ですね」
「ああ、かつて争っていたのもあるが、我々が今の今まで友好まで踏み込めなかったのは、状況的に無理であったからだ。和平を実現するにはまず互いの国の安定が必須だ。そのために何より重要なのは飢えない事。我がフローディア国は穀物が育つ故、自国の分は賄えている。一方グレイシア国では狩りの他に漁業が発達しているとは言うが、安定には程遠いだろう」
「足りているのであれば我が国から穀物を買っていませんものね」
「だが我が国は自国の民の分を作る事は出来ても、グレイシア国すべてを賄える程ではない。結果グレイシア国は我が国以外からも仕入れなければならず、その金を得るために塩が高価になる。本当であれば我が国とグレイシア国二か国間で完結できるのが一番良いのだが」
モノの値段というものは、単純にそのモノが持つ価値とは別に、どれくらいの距離からやってきたのかも加味される。遠ければ遠いほど労力をかけて来ている事となり、その分値段が釣りあがるのだ。
グレイシア国は半島に位置しているため、隣国はフローディア国しかなく、他の周辺は海に面している。これは安易に他の国から攻められない利点はあるが、物の流通面としてはあまり良くはない。
なお海があるというのは交易などで利点があるように思えるが、長距離を移動し、積載量が十分にある船はまだこの時代にはない。そうした利益が得られるようになるのは遠い未来の話なのだ。
だからこそグレイシア国は例え高くても、足りない分はフローディア国以外の国の物も買わざるを得ない。このためフローディア国では、フローディア国を通り抜けて、グレイシア国で商売したい商人の通行を許可している。
「リズベットは畑を作っていたと言いますが、それもきっと現状を知っているからだったんでしょうね。和平に至るために一番必要なのは食糧事情の安定だと」
「相手とどう交渉するとかではなく、まず自国の現状を知り、問題を取り除こうとするのは流石だ。しかし王家だってその問題は把握していた。今までも国主導で農地を広げようとした事があるのだが、うまくいかなかったのだ。新しく作った畑は昔からある畑のように収穫は出来なかった。その理由は今に至るまで分かっていない」
「リズベットもその辺の事情は知っているはず。だから彼女の本当の狙いは新しい畑でも成長させる方法を見つける事」
「誰もが出来なかった事だ。途方もない事のように思えるが……」
「しかしもし解決できたのであればほぼ全ての問題が解決するほどのものです。もしも完全な答えは得られなくても一歩一歩進めるのであれば」
「やる価値はあるか」
「レナード、国は私達だけでも回ります。この五年間がそうであったように。リズベットに手伝ってもらったらそれは楽になりますが、私としてはリズベットには私達が手の回らない新しい事をやってほしいです」
「その方が将来のためになる」
「ええ、タダでは転ばない彼女の事ですもの。きっと見つけてくれるはず」
「あのリズベットだからな。分かった。彼女が望むとおりにしよう」
「ユーフィリア、それって本当なの?」
信じられないと言った様子でリズベットはユーフィリアに確認する。
「はい。この度フローディア国は外交の部門を設立し、リズベットにその長を任せます」
まさに寝耳に水であった。リズベットの望みは現状だと確実性のない夢物語である。故にリズベットとしては段階を経てと思っていたが、いきなり新たな部門を作ってしまうとは驚きしかなかった。
「言いたい事は分かりますけど、国を安定させるのは私達の仕事ですからね。リズベットには今の私達が疎かになりがちな方、発展の方に全力になってもらう方がいいかと思いまして。それに」
「それに?」
「あなたには独立していてもらった方が色々と都合の良い面もあるんです」
「……なるほど」
リズベットがどこかの属するとパワーバランスが壊れかねない。だったらリズベットには独立してもらい、さらには内政には関係ないところで仕事をしてもらうのは理にかなっていた。
「爵位に関しては何かしら功績をあげ、外交部門として価値を示したら授与する予定です。と言っても余った土地はないので形だけのものになりますが」
「今平民である私が長というのも舐められそうだものね」
「リズベットを知る人はそうでないですけど、あなたを知らない人にとってはそうなる可能性が高いですね。でも安心してください。外交部門はハイブルグ情報機関の傘下という形になっています」
「なんとも絶妙な位置ね。外交するためには情報が何より大事だし、交渉のための情報を得るのに、密接にやり取りしていてもおかしくないわ」
リズベットの指摘にユーフィリアは満足げに頷く。ハイブルグ情報機関は単にリズベットを守るだけでなく、仕事の面でも相性がいいのだ。
「裏にハイブルグ公爵家がいるのにちょっかいを出すような間抜けはいませんよ。だから焦らずじっくりやってください」
ユーフィリアの配慮にリズベットは笑顔を見せる。
「ここまで舞台を整えてくれたのなら私も頑張らなきゃね。謹んで拝命いたします」
「ええ、頑張ってください! 期待していますよ」
こうしてリズベットの新たな立ち位置が決まった。ユーフィリアとしてはこの後、リズベットは王宮が所有する管轄地で畑を作り、ハイブルグ情報機関から外交に使える情報を仕入れながら、研究の毎日を送るようになると考えていたのだが、彼女の記念すべき第一手は、ユーフィリアの予想と全く異なっていた。
「ユーフィリア、私チェルシー嬢に会いたいと思っているのだけど」
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