第10話 リズベットは守られている
リズベットとリングアベルの奮戦あって、ユーフィリアとレナードは無事に完全回復した。その事は大変喜ばしいが、宰相であるノーヴィックはリズベット達がしでかした後処理に頭を悩ましていた。緊急時であったし、結局はノーヴィック達も是としたので、リズベット達の王と王妃なりすましについては、お咎めなしの方向で話は動いている。
なりすまされた当人であるユーフィリアとレナードも、問題なしとしているし、むしろこれで何かしらの罪に問うたらノーヴィックが干されかねない。しかしながらノーヴィックとしては、王族へのなりすましを許したという例を作るわけにはいかないわけで。
「要するにどうこじつけるかなんだよなぁ」
悪例にならないよう、それっぽい理由をつけておくのは重要な事だ。今までやった事ないケースにノーヴィックは失笑する。王と王妃を助けるために、王と王妃になりすますなんて発想普通は出てこない。
「昔から片鱗はあったけど、まさかここまで無茶苦茶だったなんてな」
ノーヴィックとリズベットは同じ学園の生徒であり、古くからの知人であった。思い切りの良さは昔からであったが、命を懸けてまでとは恐れいる。ノーヴィックとしては、リズベットの事は高く評価しているつもりであったが、まだまだ過小評価していたようだと苦笑いする。
「王と王妃が正式に認めた事、これは大きい。問題は許可を受ける前だ。王と王妃が倒れていた時に、すでにリズベット達は王と王妃になりすましている。ここさえクリアできれば後は如何様にでもなる」
ここで王宮の者達が罪人であるリズベットを受け入れるかという疑問が上がるかと思おうが、そもそもリズベットについては、王宮に勤める者達は事情を知っている者が大半で、彼女が罪人と言う印象は薄く、むしろ皆同情的であった。さらに言えば今の王宮は世代交代が進んでおり、ノーヴィックを含め、当時のリズベットと学園で同じ時を過ごした者も多い。
彼らはあの事件が起こる前までは、ユーフィリアとリズベット、どちらが王妃になろうと優秀であるに変わりないし、共に仕事をする関係になると信じ切っていた。だからこそ一度潰えた夢が、五年の時を経て実現しそうである現状に興奮しており、ノーヴィックはお前何とかせえよという期待を一身に受けている。
「要するに元から許可はあったという形にするのが収まりが良いわけだ。とすると……」
ノーヴィックは頭の中でストーリーを考える。
国外追放されたはずのリズベットは国外ではなく、元からフローディア国の辺境の地に軟禁されていた。それはレナードとユーフィリアから一つの密命を受けていたからである。密命を受けたのは、レナード王の弟殿下であるリングアベルも同様で、二人で替え玉として王と王妃になりすませるよう訓練していた。そしてレナードとユーフィリアが倒れた時、満を持して二人は王都へとやってきて、見事己の使命を果たした。
「こんなところだろうか。後はリングアベル弟殿下は良いとして、リズベット嬢がこのまま王宮にいられる理由を作らなくては」
せっかくの最強助っ人をみすみす辺境の地へ帰すわけには行かない。
「今回の功績を持って過去の罪は清算とするのはもちろんとして、本当なら何かしらの爵位を与えるべきなのだろうが」
爵位を与えるには余った領土がない。かつてのダニエル・サランデルだってその功績に対して与える土地がなく、シュタイン領をそのまま引き継いだ事でようやく爵位を与える事が出来た。別に爵位がなかろうが騎士や、研究者など、王宮へ入る事は出来る。
ただリズベットは彼女自身の価値が高いため、良くも悪くも彼女を取り入れたい者達は数多くいる。そんな者達から彼女の身を守るには、上の爵位であるのが一番都合良いのだ。
「取り合いになるならいっそ……いや、やっぱり彼女にはここにいてほしい。うーむ」
ノーヴィックは頭を悩ませる。
「いっそリングアベル殿下がリズベット嬢と婚姻してくれれば、丸く収まりそうなんだが。ただでさえ過保護になっているユーフィリア王妃が、リズベット嬢本人の意向を無視しての政略結婚を許さないだろうな。何が何でもリズベット嬢を守るに違いない」
ノーヴィックの言葉通り、現在リズベットには鉄壁の守りがあった。処遇について難航している今、偽王妃役を終えた彼女はどこにも属していない宙ぶらりんな状況である。そんなリズベットを王宮で一人にするわけには行かない。だからこそユーフィリアはハイブルグ家の騎士を引退したおじ様、ライネルをリズベットの護衛としてつれてきたのだ。
引退したジジイと侮る事なかれ、ハイブルグ家の騎士団長を務めたライネルは、その名に恥じぬハイブルグ家の最強角だ。彼が護衛にいるというだけで、周りの者はユーフィリアが本気であるという事が分かった。
また女性しかいられないような場所に至っても手が回されており、ハイブルグ公爵家つきの令嬢達がリズベットを囲み、全く隙を見せない。
ノーヴィックの懸念はユーフィリアも思っていた事であった。だがユーフィリアに迷いは一切なく、彼女の答えは単純明快であった。そもそも物理的に近寄らせない。
これによってリズベットは処遇待ちと言う身にありながら、割と自由に動く事が出来ていた。ユーフィリアの過保護っぷりに呆れ気味なものの、動けるのであればそれを最大限活用し、護衛のライネルを連れて王宮内を歩く。
そんなわけで男どもはリズベットにお近づきになりたくても、ライネルの圧に負けて話しかける事が出来ず、隙を伺う毎日である。だからといってリズベットは窮屈に感じるような事はなく、むしろ経験豊富で話が分かるおじ様とは気が合っているようであった。
「あなたもご苦労な事ね」
「いやいや、引退してゆっくりしようと思ってはいたのですが、暇になったら暇になったでする事がありませんでしてな」
「何か趣味とかはなかったのかしら?」
「趣味ですか、これまで剣一筋でしたからなぁ。ああ、でも些か恥ずかしい話ではあるのですが、私は娘しかいなかったせいか、その……クマのぬいぐるみとか可愛いものが好きになってしまいまして」
「あら、良いじゃない。ぬいぐるみは別に女性だけのものじゃないわ」
「娘が嫁入りしてしまって寂しくなったので、ふと娘の部屋に残されたぬいぐるみを抱えてみたのですが、なんかこう、いい塩梅でしてな。癒されるというか……」
「もふもふ具合とか?」
「そう、それです!」
ぬいぐるみは見た目の可愛さもあるが、抱き心地も重要である。それを見抜いたライネルに素質ありと思ったリズベットは、おじ様を新たな世界へといざなう。
「せっかくなら自作してみたらどうかしら?」
「ぬいぐるみを? 私がですが? 剣しか知らない不器用な男ですよ?」
「やってもない事をできないというのは良くないわ。私だって辺境に行ってから畑耕したりとかしてるのよ? 今までと全然違う事をやってみるのは新鮮で悪くないわ」
「ははは、そう言われるとやってみたくもなりますなぁ」
リズベットと元ハイブルグ護衛騎士達が仲良く談笑する姿を見て、ユーフィリアは満足気に頷く。王宮にリズベットがいる。それだけで舞い上がってしまうユーフィリアの事である。リズベットがハイブルグ家の者と仲良くしているのは感動ものである。
でもずっとライネルと話しているのは頂けない。ユーフィリアだって話したいとなるのは当たり前の事だ。そして二人の共通の趣味と言えば……
「リズベット! エッグタルト食べましょう!」
「エッグタルト?」
「今王都では小さめで軽く食べられるモノが流行ってるんです! そして飲み物も今はこれ」
差し出されたものにリズベットは怪訝な表情を浮かべる。一見普通のミルクティーであるが、中で点々と何かが沈殿している。
「なんか豆みたいなのが入ってるけど、これ、何?」
「タピオカミルクティーです! 美味しいですよ。この紙でできた筒で吸って飲むんです」
「随分と変わった飲み方ねぇ」
奇怪に思いつつも興味はあるのか、リズベットは恐る恐る紙ストローに口をつける。
「あ、何か面白い食感ね。悪くないかも?」
「でしょう! 段々病みつきになりますよ!」
リズベットが初めての味に目を丸くする中、ユーフィリアは彼女の手を引っ張る。
「もうそろそろアシュリーが準備終えているはずなので、早く行きましょう!」
「はいはい、あんた何か強引になったわね」
去って行く二人+護衛騎士に周囲にいた男共はため息をつく。回りをがっちりと固められ、リズベットに近づくのは分かりやすい無理ゲーであった。哀愁漂う中、男二人が会話する。
「でもリズベット嬢は今後どうするのだろうなぁ?」
「それは恋愛ではなく、仕事って事か?」
「ああ、だって王妃の替え玉ってだけではもったいないだろ? 実際どこもリズベット嬢の力は欲しがっているだろうし」
「ふむ、確かに。でも仮に影以外をやるとしたら、とりあえずはユーフィリア様の情報機関じゃないだろうか? あそこはユーフィリア様の負担を減らすにはもっとも良いかと思う」
男は言葉にこそしなかったが、恋愛面でもユーフィリアの加護下であるハイブルグ情報機関の方が安心だ。あそこであれば誰も付け入る隙はない。それはここにいる男二人も含めてになるが。
「でもあそこはすでに宰相のノーヴィック様が、二人が倒れた隙に全部再編して、無理矢理許可をもぎ取っただろ。今は大丈夫なんじゃあないか?」
「それもそうか。でも別の場所と言ってもなぁ」
他に安心できる場所がない。仮にリズベットがどこかに勤めたとしたら、男共はリズベットが同じ仕事場にいる奴と恋仲にならないか、気が気じゃなくなるだろうし、リズベットの職場だけ効率が上がって、他が機能不全に陥る可能性大である。
「そういやさっき畑耕していたとか言っていなかったか? これ関係あると思う?」
「あの人の事だから、何か意図があってやっていたのだろうが……」
新しい情報を得た事は良いが、どう扱っていいか分からない情報に二人は頭を悩ませる。そのうち一人が何かを思いついたように手をポンと叩いた。
「ところでさ? ふと思ったんだが……」
「なんだ?」
「護衛騎士のおっさんに大きなクマのぬいぐるみあげたら、ワンチャン、リズベット嬢に挨拶できないかな?」
「お前……」
絶句する相方であったが、しばらく熟考する姿勢を見せたかと思うと、答えた。
「それ……悪くないかもな」
「だろ?」
あまりの難攻不落具合にちょっとおかしくなってる二人であった。
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