第2話
「グ、グルルル……」
「大丈夫、大丈夫だよ~、怖くないよ〜、痛くないよ~」
驚かせないように抜き足差し足でゆっくり近づいていったんだけど、狼たんはビクビクしながら威嚇してくる。
落ち着いて。
そんなに怖がらなくていいから。
ちょっと触らせてくれるだけでいいし。
あ、でも……できればそのモフモフの毛並みの中に、思いっきり顔を突っ込みたいかな?
「……ガウッ!」
まおの指先が触れそうになったとき、狼たんががぶりと手に食らいついてきた。
だけど全然痛くない。
うん。これは間違いなく──甘噛みだな!
「ガウウウウウッ!」
「あはは、くすぐったいよ。じゃれてきちゃってもう」
甘噛みしてきたってことは、ナデナデしてオッケーってことだよね?
よしよし。
こんなにおっきなモンスちゃんは久しぶりだからな。
全力で愛でてあげちゃうもんね。
まずは体をがしがしと撫でてあげる。
「おりゃおりゃ! ここはどう? 気持ちいい?」
「ガ、ガウ……?」
「顎の下はどうじゃ? うりうり」
「……ガ、ガウ~ン」
《以心☆伝心が発動しました》
やったぁ、気を許してくれたみたい。
狼たんがごろんと横になる。
「くぅ~ん」
「あらら~、お腹みせちゃって可愛いんだから。うりうり~」
うわぁ、すごい! お腹の毛はさらにふわふわで、指が毛の中に沈んでいく!
なにコレ、最高すぎなんですけど!?
思わず毛の中にダイブして、体全体でワシワシと撫でてあげる。
すうっと鼻から息を吸い込むと、甘い香りが胸一杯にひろがる。
ああ、いい匂い……この香り、好きすぎる。
「ワフッワフッ」
「あはは、くすぐったいってば」
お返しだと言わんばかりにべろりと舐められちゃった。
なんて可愛い子だろう。
でもこのダンジョン──「渋谷ダンジョン8号」にこんな子がいるなんて知らなかったな。
ここよりレベルが高い15号ダンジョンの最下層まで降りてモンスちゃんを愛でたりしてるけど、まだまだまおの知らないことがたくさんあるみたいだ。
う~ん、これだからダンジョン探索はやめられないんだよね!
「あ、そうだ! 初めて会ったから、キミに名前をつけてあげよう!」
まおのネーミングセンス、一級品だから期待していいよ。
「ん〜、そうだなぁ……よし! 今日からキミの名前は『わんさぶろう』ね!」
「ワフ?」
「えへへ、どう? いい名前でしょ?」
「ワフン!」
嬉しそうに吠えるわんさぶろう。
ふっふっふ。どうやら気に入ってくれたみたいだね。
毎度思うけど、一発で気に入ってくれる名前を生み出しちゃうまおのネーミングセンスって本当にパないわ。
ユニークスキルに【従属化】なんてダサい名前をつけた人も見習って欲しいよね。
ホント、切実に。
推しモンちゃんたちも最初は体が大きなわんさぶろうにびっくりしてたみたいだけど、まおがモフモフしてるのを見て安心したのか、恐る恐る近づいてきてくれた。
まおの周りには、可愛いモンスちゃんだらけ。
ああ、幸せ。こんな激カワモンスちゃんたちとお友達になれるなんて、今日はすごく良い日だなぁ。
地上に戻ろうかなって思ったけど、わんさぶろうみたいなモンスちゃんが他にもいるかもしれないから、今日も最下層まで行っちゃおうかな?
うん、そうしよう。
みんなと一緒なら、怖くないもんね。
「……よし! 最下層に行くよ! みんなまおについてきて!」
「ガウッ!」
そうしてまおは、推しモンちゃんたちと一緒にダンジョンの奥へと向かう。
わんさぶろうのすぐ後ろに誰かいたような感じがしたけど……まぁ、気のせいだよね。
***
「なっ、なっ、何だったのだ、今のは……っ!?」
その光景を見ていた神原トモは愕然としていた。
神原トモ。通称「トモ様」。
彼女はダンジョンストリーマーとして活動している女子高生で、ダンTVのチャンネル登録者数は150万と、業界を代表するトップストリーマーだった。
栗色のショートヘアーに、切れ長の目──。
正に深窓の令嬢といった雰囲気があるクールビューティ。
しかし、そんな見た目とは裏腹に腰が低くて面倒見が良く、初心者スカベンジャーにも優しく接するというギャップが多くのファンを虜にしている。
だが、彼女が一躍トップに躍り出ることができたのは、そのキャラクター性だけではない。
スカベンジャーとしての能力も一流で、拳一本ソロプレイで踏破したダンジョンは数しれない。
その代表的な物が、すでに1億回再生されている「青山ダンジョン10号」の切り抜き動画だ。
トモの圧倒的なスピードとパワーに恐れをなし、戦意喪失したボスを美しくかつ冷酷にタコ殴りにしているシーンは色々な意味で伝説になっている。
そんなトモの元に「渋谷ダンジョン8号にイレギュラーモンスターが現れた」という情報がもたらされたのは1時間ほど前だった。
所属している学校のバスケ部の練習を休み、渋谷ダンジョン8号へと向かった。
しかし、オルトロスが現れるなど、トモも予想していなかった。
なにせオルトロスは「30号」レベルのダンジョンに現れるモンスターなのだ。
彼に所持品&ステータスリセットさせられたスカベンジャーは少なくない。
ダンジョンには厳格にランク付けがされていて、一番下は「1号」からはじまり、現在確認されている最難関ダンジョンで「30号」まである。
つまり30号ダンジョンに現れるオルトロスは、S級の災害級モンスターなのだ。
そんなモンスターに遭遇してしまい、トモはリセットを覚悟したが、突然現れた幼女がそのオルトロスを手懐けてしまった。
さらに、その幼女は去り際にとんでもないことを口にして──。
「……い、今の女の子、自分のことを『魔王』って名乗っていなかったか?」
《呼んでたね》
《俺の聞き間違いじゃなかったのかw》
トモの配信を見ていたリスナーたちが、すぐさま反応する。
怒涛のように流れるコメント欄は、トモを気遣う言葉と幼女の話題でもちきりだ。
《トモ様大丈夫? 怪我はない?》
「ああ、私は無事だ。心配してくれてありがとう」
《さっきの幼女さん、確かに「魔王」って名乗ってたね》
《オルトロスだけじゃなくて、他にもモンスター引き連れてなかった?》
「確かに引き連れていたな。それもたくさん……」
《え? マジで魔王なの?》
《格好もなんかドギツイ感じで魔王ぽかったよな》
《魔王とかww ありえねぇだろww》
《いや、モンスターがいるわけだし魔王がいても不思議じゃないと思う》
《オルトロスにかじられたのに平気な顔してたしな》
《やべぇw なんかワクワクしてきたw》
「……しかしあの女の子、超絶に可愛かったな……一体何者なのだろう……」
《え? かわいい?》
《トモ様、子供好きなんだっけ?》
「……っ! い、いや、なんでもない! す、す、すごい少女だったなという話だ!!」
《確かにすごかった》
《特定はよ》
《てか、もう切り抜き来てんぞw》
滝のように流れていくコメント。
トモとリスナーたちの興奮は収まる気配がない。
このときまおは、推しモンやオルトロスこと「わんさぶろう」とダンジョンをのんびり散歩していたのだが──彼女は全く気づいていなかった。
うっかり配信を切り忘れていたせいで、簡単にダンTVアカウントを特定されてしまったこと。
そして、現代に転生した魔王だと勘違いされ拡散されてしまったことを。
これが後に伝説となる「魔王まお」の誕生の瞬間である。
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