第21話

 トモ様とのコラボが終わった次の日──。


 配信アーカイブを朝までヘビロテで観たまおは超絶寝不足で登校して、地獄の一日を送る羽目になってしまった。


 居眠りしながら適当に授業を受けるわけにはいかない。


 だって、お母さんとの約束で学校の成績が落ちちゃったらダンジョン探索にいけなくなっちゃうし、どういう授業態度なのかはあずき姉を通じて筒抜け状態なのだ。


 というわけで、瞼の上をセロハンテープでくっつけて、友人から「白目剥いてるけど大丈夫?」なんてツッコまれながら授業をクリアして迎えた放課後。


 速攻で家に帰って惰眠をむさぼるでもなく、推しモンちゃんたちとダンジョン探索を楽しむわけでもなく、まおが向かったのはダンジョン部の部室だった。


 や、本当は家に帰って寝たかったんだよ? 

 

 でも、昨日の配信で色々と問題が起きちゃったし、その対策というか相談をあずき姉にしなきゃ。


 だけど、部室はもぬけの殻だった。


 う~む。ウチの部って本当に大丈夫なのかな?



「……ま、とりあえず、あずき姉が来るのを待つか」



 部室のど真ん中に鎮座しているこたつの中に潜り込み、スマホを取り出す。


 開いたのは昨日のトモ様との配信アーカイブ──じゃなくて、ForTubeにアップされている切り抜き動画だ。


 昨日の今日なのに、すでに無数の切り抜き動画がある。


 流石は魔王軍のIT部隊。


 仕事が実に早い。


 だけど、昨日は色々あったなぁ。


 唐突なトモ様とのコラボに始まって、鬼門の100チャレ。


 そこからモンスターフロア踏み抜いて、極めつけはモンスター愛護会の木下ケンジに絡まれた。


 あいつ、本当にムカつくやつだったなぁ。



「……あれ?」



 と、部室に女性の声が浮かんだ。


 彼女の正装ともいえる、白衣姿のあずき姉だ。


 ちなみに科学教師というわけではない。なのに何で白衣を着てるのかは誰にもわからない。


 そんなあずき姉が、ひょいとまおのスマホ画面を覗き込む。



「どしたのまお? 自分の切り抜き動画なんて真剣な顔で見ちゃって?」

「……や、ここの木下から投げかけられた質問、もう少し知性を感じる受け答えをしたほうがよかったかなって」

「ひとり反省会してて草なんだけど」



 あずき姉がケラケラと笑う。



「そういや登録者150万おめでとう。ついに大台に突入したね」

「あ、ありがとう」



 そうなのだ。


 まおのダンTV登録者数は、ついに150万を突破してしまった。


 つまり、憧れのトモ様と同じ登録者数。


 ──と言っても、昨日のコラボがSNS上でバズっちゃったこともあって、トモ様の登録者数も20万人くらい増えちゃってるんだけどね。


 しかし、150万かぁ。


 ちょっとすごすぎて、本当に現実味がない。


 だって150万人だよ!?


 登録者150万人以上の配信者って、全体の0.1%くらいだったかな?


 そんな中にまおが並んでいるなんて考えられないっていうか、おこがましいっていうか……。


 収益化が通ったら大変なことになりそうな予感しかしない。


 ちなみに、あずき姉が出してくれていた収益化申請の返答もそろそろだと思うけど、彼女曰く「余裕で通るに決まってるでしょ」とのこと。


 収益化が通ると「ダンTV公式配信者」ということになり、名前の横に黄金色の剣マークがつくんだよね。


 あれ、ちょっとかっこいいから楽しみ。



「ところであずき姉、昨日のことなんだけどさ?」

「うん、とりあえずモンスター愛護会の連中が騒いでる様子はないし、木下もしばらくおとなしくしてそうだよ」



 こたつに潜り込んだあずき姉が、スマホをまおに見せてくれた。


 多分、モンスター愛護会のメンバーであろう人物のツリートに、木下の現状について告知があった。


 どうやら先回りして色々と調べてくれてたみたい。


 本当に頼りになるブレインだわ。



「え~と……『愛護会リーダー木下ケンジは体調不良によりしばらく活動を休止させていただきます』……体調不良?」

「そういうことにしたいんでしょ。一応、組織のリーダーみたいだしさ」



 迷惑系配信者なのに体裁を大事にしてるとか、ちょっと笑える。


 告知に続いて「勇者が魔王に負けてて草」とか「リセットざまぁw」なんてリプライが大量に投下されている。


 ダンジョンでリセットを食らったら装備やステータスだけじゃなく、ユニークスキルもなくなっちゃうから永遠に活動は無理なんじゃないかな?


 ま、木下の今後なんてどうでもいいんだけどね。


 まおの目下の問題は、あいかわらずの魔王汚名問題に尽きる。


 今回のコラボ配信で「魔王まお」の名前はついに海を越えて海外にまで進出しちゃったわけだし。



「いや、流石に海外まで広まったら、どうしようもなくない?」



 みかんを食べながらあずき姉が笑う。



「もう諦めて、英語勉強しな?」 

「え? なんで英語?」

「だって、配信に外人が来そうじゃん?」



 た、確かに!


 突然コメント欄に大量の英語が投下されて、あわあわするまおの姿が想像できちゃう!



「え、英語、ちゃんと勉強したほうがいいかな?」

「まおのこの前の中間テスト英語科目、赤点ギリギリだったからね」

「……っ!? な、なんであずき姉がまおの英語の点数知ってるの!?」

「教師特権ってやつだよ……ふふふ」



 そんな特権あるの!?


 こわっ!



「まお、配信始めるときの挨拶を英語で言うと?」

「え? 何いきなり?」

「クイズクイズ。ほら英語で言ってみ」

「ええっと……ハ、ハロー、エブリディ?」

「…………」



 ひどく胡散臭い顔をされた。



「じゃあ、配信終わるときは?」

「あ、それは知ってる! アイルビーバック!」

「……間違いじゃないけど、なんでそれをチョイスするかな?」



 そこはかとなく重い溜息をつかれてしまった。


 もういいじゃん、英語は!


 切羽詰まってるわけじゃないし、それはおいおいということで!



「英語より、どうやったら魔王の汚名を晴らすことができるか教えてよ!」

「だから諦めろって。ここまできたら無理無理」

「諦めないでっ! このままじゃ、まおのストリーマー生活が終わっちゃう!」

「いやいや、輝かしいストリーマー生活が始まってるでしょ」



 あずき姉がまおのダンTVの管理画面を見せつけてくる。


 そこに輝く登録者150万人の文字。


 さも当たり前のように、まおのアカウントに不正アクセスしないでくれるかな?



「150万人っていうのはすんごくありがたいし嬉しいけど、まおは魔王なんかで有名になりたくないの! どうにかしてよ、あずきえもん!」

「教師を未来の猫型ロボットみたいに呼ぶな」



 おでこをペシッと叩かれた。


 痛い。



「……でも、間違った情報が出回ってるっていうなら、正しい情報を発信する場を設けるってのが手っ取り早いとは思うけどねぇ」

「情報発信する場?」

「そ。例えば……ファンクラブを作るとかさ」

「は?」



 いやいや。


 なんでファンクラブ?



「ファンクラブってことは、まおのことを魔王って思ってるファンが集まるわけでしょ? そこで頻繁にまおの情報を発信するんだよ。そうすれば正しい情報が確実に広まるっしょ?」

「……お前、天才か?」



 久々にあずき姉に尊敬の眼差しを向けた。


 ほんと、超久しぶりに。



「それいいじゃん! よし、ファンクラブ作ろう! どうやったら作れる!?」

「実はもう骨子は作ってるんだよね。WEBサイトはもちろん、会員管理システムはダンTVとAPI連動させて、どの程度配信を見てくれているかでランク付けしたりできるスクラッチ型のCRMを導入してて──」

「何を言ってるのかわからないけど、なんだかすごい気がする!!」



 日本語でおKだけど、さすがはあずき姉だ!


 まおにできないことを平然とやってのける!


 そこに痺れる! 憧れるぅ!



「まぁ、とにかくファンクラブのシステム構築はあたしに任せてよ」

「ありがとう! あずき姉!」

「な~に、良いってことよ。……これで魔王まおの名前をさらに広められれば、あたしのヒモ生活が確固たるものになるからねぇ……ふっふっふ」

「ん? 何か言った?」

「なんも言ってないお」



 おどけるあずき姉(23)。


 キツイ。


 とまぁ、そんな姉上様は一旦置いといて、ファンクラブを立ち上げれば少しは魔王の汚名が晴れるかもしれない。


 ほら、モーニングルーティンとか動画でアップしちゃえば、まおの好感度バク上がり間違いなしだろうし!


 ふっふっふ、これは行ける気しかしない!!


 そうして大きな期待を抱きながら、待つこと2日ほど。


 あずき姉のハイレベルIT技術力によって、まおのファンクラブが華麗に立ち上がったわけなんだけど──。



「……ちょっと待って。なにコレ?」



 再びダンジョン部部室。


 あずき姉に呼び出されてやってきたんだけど、公開されているWEBサイトを見て、目ん玉が飛び出そうになってしまった。


 可愛いとは程遠い、黒と紫を基調にしたおどろおどろしいデザイン。


 そして、デカデカと刻まれているタイトル名。


 その名も「ファンクラブ&スカベンジャーチーム・大魔王軍」──。



「すでにファンアクラブ会員は100万人を突破してんだよね。ちなみにスカベンジャーチームのほうはしっかりオーディションするつもりだから安心して?」

「うん! どこから突っ込んでいいかわからん!」



 まず、なんで大魔王軍って名前なの!?


 ファンクラブでまおの正しい情報を発信するって言ってたよね!?


 絶対晴れないじゃん、そんなの!


 さらにスカベンジャーチームのおまけまでついてるし!



「驚くのはまだ早いよ、まお。コレみてよ」



 あずき姉がこたつの上に乗せたのは、A4用紙の分厚い束。


 え? 何これ?


 ファンクラブ名簿?


 辞書より厚いんですけど……。



「ファンクラブ第一号は、なんと神原トモなんだから!」

「……ファッ!?」 



 何を言ってるんだと思ったけど、マジのマジでファンクラブ名簿の一番最初にどどんと神原トモの名前があった。


 ト、トモ様? 何をしていらっしゃるんですか?


 しかもファンクラブ応募開始してから、ものの数秒で申し込んでいらっしゃるじゃありませんか。



「ちなみに、まおがファンクラブ&スカベンジャーチーム大魔王軍を立ち上げたってことは各メディアにプレスリリース出しといたから」

「お、おおお……」



 ご丁寧にまおのことを取り上げてくれたメディアをプリントアウトしてくれてる。


 まおが大魔王軍を立ち上げたことはネットニュースだけじゃなく、地上波のニュースまで取り上げてくれていた。


 さらに、多くの芸能事務所やスカベンジャー事務所が魔王様の獲得に動いている噂まで出ているらしい。 


 ──現代に転生してきた魔王を統べた者がダンジョン業界……いや世界を牛耳ることになる!


 なんて物騒なことまで書かれちゃってるし。



「これでさらにダンTVの登録者が増えること間違いなしだね。あ、そういえば収益化もすんなり通ったから、次の配信からスパチャもらえるよ」

「……ど」

「え?」

「ど、ど、ど、どうしてこうなった!?」



 全く持って解せない。


 まおの予想では、「まおふれんど♪」とか「まおめいと☆」みたいな可愛いファンクラブになるはずだったのに。


 あずき姉……頼れるマイシスターだと思ってたのに、まさか諸悪の根源はこの女だったのかっ!?

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