第6話
放課後。
まおは学校から電車で数駅のところにある表参道に来ていた。
ご存知ない方もいらっしゃると思うので説明すると、表参道といえばおしゃれな有名ブランド店がたちならぶ大人の街……。
まおもいつか表参道に似合うようなセクシーでかっこいい大人の女性になるのが目標なんだけど、今日ここに来ているのはダンジョン配信のためだ。
「……うわぁ、もう8000万再生行ってるよ」
まおが観ているのは、わんさぶろうとまおが仲良くしている切り抜き動画。
ほんと、困っちゃうなぁ。
わんさぶろうに罪はないんだけど、この動画のせいでまおが魔王だって広まっちゃってるようなもんだし。
これ、どうにかして削除できないのかなぁ?
あずき姉ってそういうの詳しいから聞いてみたけど、「これがデジタルタトゥーの恐ろしさってやつだよ……ふふふ」ってドヤ顔されただけだった。
なんだよデジタルタトゥーって。
まお、入れ墨なんてしてないし。
チャンネル登録者数も50万人を越え、魔王まおの名前は猛烈に広がりつつある。
というか、改めて50万人ってヤバいよね。
そこそこの大きさがある都市の人口が、まるごとまおのチャンネルを観てるってことでしょ?
ああ、また手が震えてきた。
こうなったらしばらく身をひそめるか、別の名前に転生してダンジョン配信を続けるべきなんじゃ。
──なんてと思ったんだけど、あずき姉から「あんたはアホの極みか。大豊作の収穫期にずる休みする農家がどこにいる」って真顔で言われちゃった。
よくわからなかったけど、バズった今こそ配信するべきだってことらしい。
だからこうして急遽ダンジョン配信をやることにしたんだけど……うう、やっぱり50万人とか怖いよぅ。
「……でも、がんばらなきゃ」
そう。まおはがんばらないといけないんだ。
魔王の汚名を返上しないと、まおは有栖川家最大の汚点になってしまうのだから!
親戚の叔父さんに「魔王まおちゃん(ワラ」なんて言われたら発狂しちゃう。
「よし、着いた」
青山通りから裏路地に入ったところにある雑居ビルの1階。
ここがダンジョン「表参道15号」の入り口。
一階部分はスカベンジャーの待機フロアになっていて、みんなここで所持品の最終確認とか、配信機材の確認なんかをやっている。
ちなみに、ダンジョン内で死んじゃったらここに転送される。
前に1回だけその場面に遭遇しちゃったけど、フロア全体がお通夜ムードになってたんだよね。
所持品はもちろん、レベル、ステータス……さらにはユニークスキルまでなくなっちゃうからそうなっちゃうよなぁ……。
リアルに命は奪われないけど、スカベンジャーとしての命は奪われる。
それがオールリセットなのだ。
「……お、おい見ろよ。あれって例の子じゃね?」
と、まおの近くで探索準備をしていたスカベンジャーさんの声がした。
ちらりと見ると、驚いたような顔でこちらを見ている。
「え? あの子って誰? 知り合い?」
「おいおい、お前知らねぇのかよ。現代に転生してきた魔王って噂のスカベンジャーだよ」
「……は? 転生してきた魔王?」
「S級のオルトロスを手懐けて、高レベルダンジョンをソロでバンバン攻略してるんだと」
「え? ガチで? ちょっと調べてみるわ」
ぽちぽちとスマホをいじるスカベンジャーさん。
「魔王まお……マジかよ! 可愛い見た目なのにすげぇな! やっべぇ、俺、サインもらってこようかな!?」
「おい、やめとけ! 相手はリアル異世界の魔王様だぞ!? 問答無用でリセットさせられるぞ!」
ヒソヒソ……ヒソヒソヒソ。
彼らだけじゃなく、他のスカベンジャーさんたちも魔王の話をしている。
ううう、やっぱり変な方向でまおの噂がながれちゃってるよ……。
みんな、大丈夫だよ!
話しかけてきても、まお、食べたりしないから!
ちょっとだけ推しモンちゃんたちの可愛さをアピールしちゃうかもだけど!
「と、とりあえず、配信はじめよ……」
考えると胃がキリキリと痛くなっちゃうので、リュックの中からカメラ付きドローンを取り出してスイッチオン。
それからスマホの配信アプリを起動。
表示されてる「配信開始」ボタンを押せば配信がはじまる。
こんなふうに、機材が揃っていたら誰でも簡単に配信ができちゃうのも人気の秘密だったりする。
機材がしっかり動いていることを確認して、いざダンジョンへ。
手書きで「ダンジョン入り口はこちら」と書かれているドアを開くと、石造りの通路が伸びていた。
この雑居ビルの広さからすると、このドアを開けると外に出ちゃうはずなんだけど……多分、魔法か何かで異世界に繋がってるんだと思う。
仕組みは未だにわかっていないけど、これがダンジョンなのだ。
「よ、よし」
震える手で配信開始をぽちっ。
どれくらいのリスナーが集まるんだろうとドキドキしていたら、すさまじい勢いで同接のカウンターが増えていく。
「あ、え? わ、わ、わ?」
いち、じゅう、ひゃく……。
ま、待って待って!?
いきなり1000人を突破したんですけど!?
いつものまおの同接、2なんですけど!?
「あわ、あわ、わわわわ」
困惑するまおをよそに、同接の数値に落ち着く気配はない。
みるみる万単位に届きそうになって……よし! これ以上数字を見てたらポンコツになっちゃうから、確認するのはやめておこう!
「……あ、そうだ。あずき姉から『リスナーのコメントをいつでも拾えるように、ARコンタクトレンズにポップアップしとけ。トップストリーマーの嗜みだから』って言われてたっけ」
ARコンタクトっていうのは、色々な情報を視野の中に表示できるホログラムコンタクトのことで、あずき姉から借りている。
だってこれ、買おうと思ったらウン十万もするんだもん。
可愛い女子高生には手が届きませ〜ん。
さて。コンタクトを入れて、スマホのコメント欄をオンにして──。
「み、みなさん、こんにつわ~……」
《あ》
《キタああああああ!》
視界の端にウインドウが現れ、コメント欄が表示される。
《お! 魔王様!》
《おおおお、本物の魔王様だ!》
《かわいい》
《魔王様》
《いや、かわいすぎか》
《マジで幼女魔王じゃんw》
《人形みたい》
《魔王様ご機嫌いかがですか?》
「ふぇ!? はわ、はわわわわ……」
数字の次はコメントの嵐。
猛烈な勢いで色々なコメントが流れていく。
いやいや、ちょっと流れが速すぎて追いきれないよ!
みんな! お、お、おちんついて!
「え、ええっと……どうも、ま、まおです」
ドローンに向かってニッコリ。
あ、ちょっと顔が引きつってる気がする。
《かわいい》
《緊張しててかわいい》
《目が泳いでて草》
「えと、あの……ほ、本日はお日柄もよく、皆様に至ってはご愁傷さまで……」
《草》
《なにをいっとる》
《まおたん落ち着いて!》
《かわいいがすぎる》
《昨日の寝息ASMR最高でした! またやりますか?》
「ね、寝息!? や、やりませんよ! 昨日のは事故ですから!」
うひ~ん!
やっぱりまおの声が配信に乗ってたの!? はずかしいいいいっ!
《まおさんは本当に魔王様なんですか?》
《異世界から転生してきた魔王なんですよね?》
「うえええ!? ちち、違いますってば! まおは魔王じゃなくて、まお!」
《??》
《(・・?》
《わかってる》
《わかってる》
《そりゃそうだww》
《魔王は魔王じゃなくて魔王。なるほど哲学的だな・・・》
《魔王様、お気を確かに!》
「ふぇええ!? だから違いますってば!」
だ、だめだ~!
魔王じゃないって証明できる気がしないっ!
……いやまて。諦めるのはまだ早いぞ。
ここでまおは人畜無害の可愛い配信者ということをしっかり見せれば、みんなも納得してくれるはず。
よし。まずは自己紹介から可愛くいこう!
「ま、まおのことを知らない人も多いと思うので、自己紹介させていただきますね。主にダンジョンをのんびり散歩して、可愛い動物たちを紹介する配信をしているまおです♪」
ええと……どうしよう。
えいっ! あざとく、ウインク!
ほら、見て! まおは無害だよっ!
《知ってる!》
《可愛い動物(意味深)》
《ダンジョンに住んでる可愛い動物かぁ……何ンスターだろう?》
《あれを紹介と言って良いのかw》
《モロに毛の中に顔を埋めてたもんな》
《忠実な部下を探してるんだよね?》
《まおたんがS級モンスター愛でてる切り抜きから来ました!》
はうっ! 見ないで!
「あ、えと……違うんです! あれはその、手違いというか……」
《手違い》
《草》
《手違いにしてはニッコニコだったけどなw》
「基本は配信外でモフってるんです! まおを信じて! ちょらすとみー!」
《ちょら? なんだって?》
《配信外でモフってる》
《言い訳になってなくて草》
《おろおろしてるまおたんかわいい》
《これが魔王の貫禄か》
《魔王軍を作ってるんですよね?》
《世界征服を企む魔王様の配信はここですか?》
せっ、世界征服!?
「だ、だから違いますってば! まおの配信はのんびりダンジョンを散歩して、可愛いモンスちゃんを紹介して……あ、でも、ときどき愛でちゃったりするんですけどね……むふっ……」
《顔w》
《おもわずにやけてて草》
《wwww》
《魔王様、顔が!》
あ、やばい、自然と笑みが。
いかんいかん。
「と、とにかく、そんなふうに可愛いモンスちゃん紹介しながらのんびりダンジョンを散歩して回るだけの平和的な配信なんですっ!」
《かわいい》
《まおたんかわいい》
《てか、モンスちゃんてww》
《モンスターをそんな名前で呼んでる子、初めてみた》
《流石は魔王様だ》
《流石魔王》
《さすまお》
《さすまお》
「…………」
解せない。
この説明で「そっか~、勘違いだったのか~」とか「魔王じゃなかったんだね、安心した」とか「モンスちゃん可愛い」とか、そういう反応が返って来るはずだったのに。
もしかしてこれ、まおの可愛さアピールが足りてない?
《まおたんがかわいいのは理解した》
《今日も下僕を探しに行くんですか?》
《トモ:まおさん、昨日は助けてくれてありがとう》
《かわいいは正義》
《え》
《は?》
《うお、マジか》
《ウソだろw》
《トモ様!?》
《トモ様きた~!》
「……ファッ!? トト、トモ様!? どこどこ!?」
周囲をキョロキョロ。
え? どこにもいないですけど?
《ちがうそうじゃない》
《そっちじゃない》
《コメ欄だよww》
え? コメ欄?
ウソっ!?
流れが速すぎで全然わからなかったんですけど!?
コメ欄をスワイプしてトモ様の発言を探すけど、次々と新しいコメントが来て戻せない。
ええい! 鎮まれリスナーども!
ダンジョン探索で鍛えた俊敏力を活かして、コメント欄を高速スワイプ!
うああああっ!?
本当にトモ様がコメントしてくれてるうぅぅぅぅぅううう!?
「どっ、どどど、どうしてトモ様がまおの配信なんかに!?」
《トモ:昨日のお礼が言いたくて。まおさんのお陰でリセットされずに済んだ。本当にありがとう》
「そ、そんな、滅相もない! まおはただ、珍しくて可愛いモンスちゃんがいるなって思って、ちょっとモフろうとしただけなので……」
《正解》
《うん、正しい》
《嘘偽りはない》
《正直な子》
《動機は不純だけどなw》
《トモ様がツリッターで魔王様のこと呟いてるよw》
「……うえええっ!?」
びっくりして光の速さでスマホを取り出し、ツリッターをチェック。
……え、ちょっと待って!?
トモ様のツリートの前に、まおのツリッターフォロワーが10万人突破してるんですけど!?
通知が「999+」みたいにバグってる!
はじめてみるよ、こんなの!
怖いよ!
「……ええっと、トモ様のツリッターは……ファッ!?」
トモ様のツリートには、確かにまおのツリッターIDが。
──可愛いストリーマーを見つけてしまった @maomao114514
これは夢か幻か。
あのトップダンジョン配信者のトモ様が、まおのこと可愛いって言ってる……。
「デュフ……ッ」
《www》
《ちょ、顔ww》
《魔王様、また顔が》
《草》
《あまり他人に見せない方がいい顔してますよ》
《かわいい》
《可愛い助かる》
《トモ:まおさんのこと、色々教えてほしい》
「も、もちろんです! こういうこともあろうかと、探索準備そっちのけで用意してきたんですから!」
《探索準備そっちのけ》
《草》
《そっちのけちゃだめだろw》
《さすまお》
あずき姉から「バズった後の一発目の配信が超大事だから、まおのことを知ってもらうためにわかりやすい写真とか用意しとけ」って口酸っぱく言われてたんだよね。
そういうの大事だよね!
だって自分の写真を見せながらちゃんと説明すれば、魔王じゃないってこともわかってくれるはずだし。
いやぁ、さすがはあずき姉だなぁ。
23年も彼氏なしで生きてきただけある。
「はい! みなさん見てください! どどん! これがまおの骨格です!」
《は?》
《え?》
《(゚д゚)!》
《レントゲン写真?》
《トモ:!?》
へっへっへ。
どう?
これでまおのこと、ちゃんとわかってもらえるよね?
こんな骨格した魔王なんているわけないし。
学校が終わって、かかりつけの病院に行ってレントゲン写真をコピーしてもらったんだ。
どうよ? このフッ軽さ。
おののけリスナーども!
《マジかよ》
《草草草》
《いやいやw》
《骨格?》
《どどんじゃねぇよw》
《狂気wwwww》
《レントゲン写真は斬新すぎる》
《さすまお》
《魔王様、赤裸々すぎます!》
《見せてくれるなら、もう少しだけ外側の肉々しい部分がいいかな》
《↑通報した》
《あずき:まお、どうしてこうなった・・・》
「……あれぇ?」
おかしいな?
想像していた反応とだいぶ違うんだけど?
まおの骨格、おばあちゃんからも「良い骨してるね」って高評価なんだよ?
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