第26話

 というわけで、みのりちゃんとやってきたのは渋谷区の恵比寿。


 こっちに来るのは初めてなんだけど、恵比寿ってビールの街なんだって。


 ビールといえば、あずき姉。


 部室を出るとき、あずき姉に「今から恵比寿ダンジョンに行く」って言ったら先回りして校門で待ってた。お前は忍者か。


 てなわけで恵比寿駅まで3人で来たんだけど、あずき姉は駅の東口近くにある「恵比寿横丁」っていう、お酒と一緒に焼き鳥とかおでんとかを堪能できる場所に行くらしく、鼻歌まじりで消えちゃった。


 週の頭からお酒を飲みに行くなんて、典型的なダメ大人だなぁ……。


 閑話休題。


 この恵比寿エリアのダンジョンは、みのりちゃんが良く来る場所なんだとか。


 何でも自宅が近いんだって。


 名家のご令嬢だし、さぞ豪華な邸宅に住んでるんだろうな。


 これからまおたちが行くのは「恵比寿9号」のダンジョンなんだけど、ちょっと特殊なダンジョンだってみのりちゃんは言ってた。


 ん〜、特殊ってどういう意味だろ?


 ちょっと楽しみ。



「……そう言えばみのりちゃんって、配信とかやってるの?」

「いえ、配信はやってないでござる。元々、スカベンジャーをはじめたのも家庭教師ナーサリー・ガヴァネスの『淑女の教育』の一貫なので」

「え? NASA?」



 あ、それ知ってる。


 宇宙にロケット飛ばしてるところだよね。


 淑女の教育っていうのは良くわからないけど、お嬢様教育的なやつかな?


 NASAと知り合いなんて、流石はリアルご令嬢だ。



「あ、そうだ。今回の探索って、みのりちゃんのトラウマ克服チャレンジ兼、大魔王軍のオーディションってていなんだけど、まおのチャンネルで配信してもいいかな?」

「ふぇっ!? 配信でござるか!?」

「うん。みのりちゃんのこと、みんなに紹介したいっていうか」



 正式に決まったわけじゃないけど、こんな可愛い子と知り合いなんだぜって魔王軍のみんなに自慢したいし。



「ええっと……は、はい、わかりました!」



 顔を真っ赤にして首肯してくれるみのりちゃん。


 うん、かわいい。


 そうしてみのりちゃんと向かったのは、恵比寿南二公園。


 しっかりと整備されている綺麗な公園で、青々とした芝生が広がってる。


 ここのどこかに恵比寿9号の入口があるはずなんだけど……。



「ねぇねぇ、ダンジョンの入口ってどこにあるの?」

「あそこでござるよ」



 みのりちゃんが指さしたのは、タイル張りの小さなトイレ。



「あそこの男子トイレが入口でござる」

「だ、男子ト……ッ!?」



 な、なんだと……。


 いまだかつてないほど、入るのに勇気がいるダンジョンじゃないか……。


 しかも入口がドアになってるし、相当ハードル高い。


 くぅっ……30号レベルの難易度だ……っ。


 周りに人はいないし、ここは根性で開けるしかないっ! 


 ……なんて、もじもじしてたら、みのりちゃんが元気よく入口を開け放った。


 この子、できる。


 入口はアレだけど、ドアの向こうに広がっていたのは、馴染がある待機フロア。


 何人かスカベンジャーさんの姿もある。


 まおの顔をみてぎょっとした様子だったけど、気にせず機材の準備をして──いざ探索開始!



「……おお〜! すごい!」



 ダンジョンへの入口を開けて、おもわず感嘆の声が出ちゃった。


 いつもまおが潜ってるダンジョンはお城の中っぽい場所だったり、洞窟の中みたいな場所ばっかりなんだけど、恵比寿9号はなんと森。


 新緑の香り。


 深呼吸するとマイナスイオンを吸収してる……ような気がする。


 見上げると、木々の隙間から青空が見えている。


 う~ん、一体どうなってるんだろ?


 ほんとダンジョンって不思議だわ。



「……とまぁ、感動するのはこれくらいにして、配信はじめるね!」

「は、はいっ!」



 スマホの管理画面から、配信開始ボタンをぽちっ。


 同接数が凄い勢いで増えていく。



「みなさん、こんまお〜〜〜! 今日は特別ゲストをお呼びしてます! 同じ天草高校に通ってるスカベンジャーさんで、大魔王軍に応募してくれたみのりちゃんです!!」

「は、はわわ……」



 画面いっぱいに、あわあわしてるみのりちゃんが映る。


 かわいい。


《こんまお〜〜〜!》

《待ってました!》

《ちょま( ゚д゚)》

《おお!?》

《幼女がふたり!?》

《かわええ》

《てか、誰!?》

《魔王様のご令妹ですか?》

《隠し子?》


「ちがう!」



 同じ学校に通ってるって言ったでしょ!


 これだから魔王軍は!



「みのりちゃんはスカベンジャーになりたてほやほやの新人さんで、モンスターにトラウマを持っちゃってるみたいなんだ」


《トラウマ》

《リセットしたってわけじゃなさそうだから、死にかけた感じかな?》

《あ〜、俺もトラウマあるわ・・・》

《わかるよみのりちゃん・・・》

《経験者多いなwww》

《トラウマって、魔王様にじゃなく?》


「ちがわい! 言っとくけど、みのりちゃんはバズる前からまおのファンなんだからね!?」


《ドヤってる魔王様かわいい》

《よかったね》

《うれしいね》

《wwww》


「そのトラウマってのがちょっと深刻で、今日は一緒にダンジョンを潜りながら克服チャレンジ&オーディションをしようかなって思ってるんだ。ね、みのりちゃん?」

「はひっ!?」



 小動物みたいにびくっと身をすくめるみのりちゃん。


 なぜかビシッと敬礼する。



「そ、その通りでありますっ! しょ、小生、モンスターが大好きで、良くオス同士の『攻め』と『受け』で妄想したりして自給自足してるのでござるが、実際にモンスターを見ると気絶しちゃうのでござる!」

「え? セメ? ウケ?」



 漫才の話かな?


 そっか、みのりちゃん、漫才好きなのか。



《wwwwwww》

《おいおいおいおいおい》

《モンスターのオス同士www》

《いきなりハードすぎるだろwwww》

《これは逸材の予感ww》

《こんな可愛い子の口から出て良いセリフじゃない》

《一人称が小生とか天然記念物レベル》

《そういや似たような口調のおっさんスカベンジャーが掲示板にいなかったっけ?》

《いたな》

《え?》

《まさか》

《この子?》


「……え?」



 はて? 掲示板?


 何の話だろ?



「魔王軍のみんなが掲示板がどうとか言ってるけど、みのりちゃんわかる?」

「はい! もちろんでござる! 大魔王軍に加入するためにアドバイスを頂いたでござる! その節は皆さんにお世話になりました!」


《草草草》

《マジだったwww》

《うそだろww》

《おっさんじゃなくて幼女だったのかよww》

《先に言ってよ〜》

《ハゲじゃなくて草なんだが》

《ハゲは関係ないだろ!》

《また髪の話してる》



 良くわからないけど、魔王軍のみんなが相談に乗ってたのかな?


 うん、良くやったぞみんな!


 なんて思ってたら、赤い文字のチャットが流れてきた。



《スパチャ送れるようになったみたいなんで、記念でみのりちゃんにスパチャ送ります! ¥10000》


「……ふぁああああああっ!? すぱっ!?」



 ちょちょ、ちょま、うええええっ!?


 いちじゅうひゃく……ファッ!? 一万円って書いてるけど、これ、まおがもらったの!?



《お、収益化通ったんか》

《じゃあおれもみのりちゃんに ¥5000》

《みのりちゃんおめ! ¥8000》

《みのりちゃんトラウマ克服がんばれ! ¥4000》


「ありがとう……って、ちょっと待ておまえらああああっ!?」



 なんで収益化記念の初スパチャがまおじゃなくてみのちりゃんになんだよっ!?


 まおたん収益化おめでとうとか、まおたんいつも可愛いねとか、まおたん大人の女性感出てきたね、とか色々理由あるでしょ!?



「というか魔王軍のみんなってば、そんなにお金投げちゃって大丈夫!? すでに数万円くらいいってない!? もしかして全員、石油王!?」


《なわけあるかww ¥8000》

《いや、いるかもしれない ¥1200》

《待ってたぜこのときを! 魔王様収益化おめ! ¥12000》

《まつりじゃああ! 魔王様大好きです! ¥24000》


「ひゃああああああああっ!?」



 スパチャは金額によって色が変わるんだけど、一万円以上は赤色になって「赤スパ」って呼ばれてる。


 その赤スパが大量に送られてくる「赤スパ祭り」というものがあるんだけど、まさか実際に自分の配信で起きるなんて。


 あわ、あわわ、わわわ……。



「み、皆さん、ご利用は計画的に……」


《魔王様、白目になってますよ! ¥2000》

《計画的に赤スパ! ¥13000》

《我、石油王なり! ¥23000》

《みのりちゃんがんばれ〜 ¥11000》

《あずき:ひゃっほう! 今日は祝杯じゃあああああっ! すでに飲んでるがな! わはは!》

《あずき姐wwww》


「あが、あがががが……」



 もうわけがわからない。


 魔王軍のみんなも変なテンションになっちゃってるし……。 


 だけど、半分以上がみのりちゃんへの赤スパってのがちょっと気になる。


 ん〜、なんだろう、この負けてる感!


 や、実際にはみのりちゃんじゃなくて、全部まおの財布にチャリンチャリンしてるんだけどね?


 その空気を読んだのか、しゅんとした顔をするみのりちゃん。



「な、なな、なんかごめんなさいでござるよ、まお殿……」

「え? あ、き、気にしなくていいから。えへへ」



 ニヤけてしまった。


 だってしゅんとした顔も可愛いんだもん。


 可愛いは正義。


 はっきりわかんだね。

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