第4話

「……何これ?」



 朝、スマホがぴろんぴろんうるさいなと思って起きたら、おびただしい数の通知が来てた。


 主にダンジョン配信サービス「ダンTV」からの通知っぽいけど……。



【どんくさ丸がチャンネル登録しました】

【上手投げ一本釣りがチャンネル登録しました】

【AZASがチャンネル登録しました……】


「…………何これ?」



 何度も目を擦ってみたけど、やっぱりチャンネル登録の通知だった。


 おかしい。


 これは絶対おかしい。


 まおのチャンネルに、こんなに新規登録者が来るわけがない。


 だって、まおのチャンネル……同接2の超底辺なんだよ?



「なるほど……スマホが壊れちゃったか」



 もしくはまおのダンTVアカウントが悪の組織に乗っ取られて、別の人の通知が来ちゃってるとか。


 そうだ。絶対そうに違いない。


 なんて考えている間にも、ぴろんぴろんと通知がひっきりなしに来る。


 いやいやいや。怖い怖い怖い。


 やっぱり壊れてるよこれ。


 どうしよう。ダンジョン配信はこのスマホでやっているのに。


 これじゃあ配信できないじゃん。



「でも、まおは焦らない」



 務めて冷静に心を落ち着かせる。


 こんなこと、どうってことないよ。


 だって、こっちには超心強い味方がいるのだ。


 ダンジョン配信機材関連のことを管理(丸投げとも言う)しているマイシスターにしてダメ大人のガジェットおたく──「有栖川あずき(23歳彼氏なし)」こと、あずき姉が!



「こういうときこそあずき姉に連絡して──って、ぎょえええっ!?」



 ちょっと待って!?


 画面に見覚えのあるアイコンが出てるぁなって思ったら……配信中になってるううう!?


 なな、なんで配信中!?


 昨日、ダンジョン探索終わったときに切ったよね!?


 …………あれ? 切ったっけ?


 というか、もしかして寝顔とか大公開しちゃってた系!?


 まずい、まずいよそれ!


 一生消せないまおの汚点……完全に黒歴史じゃん!


 高速で周囲をサーチして、机の上に配信用のカメラ付きドローンちゃんが置いてあるのを発見。


 布団で体を隠してササッと近づき、電源を落とそうとしたんだけど。



「あれ? 切れてる」



 ドローンちゃんの電源は落ちてた。


 な~んだ。良かった。


 これなら配信画面は真っ暗だろうし、寝顔は公開されてないよね。


 てか、良く考えたら公開しててもどうせ同接は2じゃん。


 心配する必要なんてどこにも──。



「……ん? 同接20000……?」



 ダンTVの管理画面から配信を切ろうとしたんだけど、妙な数値が表示されていた。


 同接数20000。


 ええっと、いちじゅうひゃく……やっぱり20000だ。


 え? 何この数字? 


 表示がバグってる?


 配信画面を見ると、おびただしい数のコメントが流れていた。



《ぎょええええw》

《朝から絶叫あざす》

《この子マジにおもろいな》

《映像なくても笑えるって天才やな》

《まおちゃん登録者20万おめww》


「……ファッ!? なにごと!? てか、と、と、登録者数にじゅうまん!?」



 慌ててスマホ画面をたぷたぷたぷたぷ。


 配信設定……じゃなくて、ダンジョンマップ……でもなくて!


 ああもう、鎮まれ! まおの指!


 ようやくたどり着いたチャンネル管理画面の登録者数。


 いつもなら「1」(あずき姉だけ)の数字が悲しく鎮座していたはずなのに──軽く20万を越えている。


 あっはっは。


 これは完全にスマホが壊れてますわ!


 よし、とりあえずあずき姉に連絡しよう。そうしよう。


 機械オンチのまおが触ったらもっと壊れちゃうからね。



「……お、あずき姉から電話だ」



 電話しようとしたら、逆にかかってきた。


 とりあえず配信を切って(今度こそちゃんと切った)から電話に出る。



「あずき姉おはよ~」

『……まお!?』

「うん、まおだよ。丁度連絡しようと思ってたんだよね。グッドタイミングゥ♪」

『グッドタイミングゥじゃない! あんたすごいことなってんじゃん! なんであたしに教えてくれなかったのさっ!?』

「え? すごいこと?」



 って何?


 寝癖がすごい?



『どうせ学校で会うからいいかなって思ってたんだろうけどさぁ!? ネットでもヤバいことになってるし、そういうのリアルタイムで共有しようぜ!?」

「……あ~、ね」

『…………?』



 まおたち、しばしの沈黙。


 下の階からお母さんの「まお、朝ごはん食べないの~?」の声。


 ちなみにあずき姉は、近くのマンションでひとり暮らし中。



『……え? 嘘? もしかしてあんた、気づいてないとか?』

「あ~、えと……えへへ、実はさっき起きたんだよね。何かあったの?」

『……まお、ダンTVのチャンネル登録者数見てみな?』

「あ、それそれ。朝起きたらピロンピロンって告知が一杯来ててさ。多分スマホが壊れちゃったんだよね。学校でちょっと見てくれない?」

『んなわけあるかい! こっちでもまおのチャンネル登録者数は確認してるから! にじゅうまん! 20万人だよ!』

「あ~……え?」



 ぼんやりとしていた頭が次第にシャキッとしてくる。


 そこ。いつもぼんやりしてるとか言わないで?



「……え? え!? えええっ!? ウソ!? てことはこの20万って、ガチな数字なの!?」

『ガチもガチ! 大ガチだっつの! おめでとう! 苦節ウンヶ月……ようやくまおも人気ストリーマーの仲間入りだよっ! お姉ちゃん、やっとまおのヒモになれそうでうれしいっ!』

「ふぁあああああああああっ!?」



 ちょま!?


 嘘でしょこんなの!?


 だって昨日まで登録者数1だったじゃん!


 なんで!?


 なんで急にこうなった!?


 まお、なんかやったっけ!?



「どうして!? どうして急に20万人も!?」

『え? マジで言ってんの? 本人が知らないってウケるんだけど。ネットで『魔王』って検索してみ?』

「ま、魔王?」



 スマホをスピーカーモードにして、ネット開いてたぷたぷたぷ。


 ええっと、魔王っと。


 一番上に表示されたネットニュースの記事を開く。



「……え~と、なになに? 【驚愕の事実! 現代に魔王降臨か!? 渋谷ダンジョン8でモンスターを引き連れている幼い魔王の姿が確認された──】……へぇ~、現代に魔王なんているんだ。でも、ダンジョンがあるんだから魔王がいても不思議じゃないよね? てか、これとまおに何の関係が?」

『魔王本人が何いってんだか。クソワロ』

「…………は?」



 まおが魔王?


 はは、何いってんだこいつ。


 酒癖が悪いってのは知ってるけど、朝っぱらから酔っ払ってんのかな?


 可愛いモンスちゃんを愛でてる人畜無害なまおが、魔王なわけないじゃん。


 冗談はよし子ちゃんだよ。


 なんて心の中で笑いながら、記事に掲載されていた「この幼女が魔王なのか!?」と題された動画を再生してみたところ、一瞬で笑顔が吹き飛んだ。


 薄暗いダンジョン内。


 銀色に輝く巨大な狼。


 その前に立つ、銀髪に紫メッシュを入れたぱっつん前髪のちっこい女の子。



『ね、ねぇ狼たん! ちょっとまおにモフモフさせてくれませんかっ!? だめだったらナデナデだけでいいので! むり?』

「……」



 すーはーすーはー。


 深呼吸して、もう一回再生。



『ね、ねぇ狼たん! ちょっとまおにモフモフさせてくれませんかっ!? だめだったらナデナデだけでいいので! むり?』

「……」



 あ~、うん。


 これ、まおだわ。

  

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