第32話
ケーキをひとくち頬張った瞬間、上品なクリームの甘さと、いちごの甘酸っぱさがまおの口の中いっぱいに広がった。
「……あっ、おいしい!」
「だしょ〜? 春しか買えない限定品だから、しっかり味わって食べな?」
ドヤ顔であずき姉が続ける。
「ほれ、みのりちゃんも食べて食べて? まぁ、家ではもっと良いケーキ食べてるだろうから、口に合うかわからないけど」
「そ、そんなことないでござるよ! いただきますっ!」
少しだけ緊張の面持ちで、みのりちゃんがショートケーキをぱくり。
土曜日のお昼。ダンジョン部の部室。
こたつの中にもぐりこんでるのは、まおたち3人。
テーブルの上にはショートケーキがみっつ置いてある。
今日は、ちずるんも小鳥遊くんも部活はお休み。
なので、こうしてあずき姉やみのりちゃんとケーキをこっそり食べてるんだけど──なんであずき姉がドヤってるんだろ?
だってこのケーキ、まおがスパチャで買ったやつだし。
お店で買ってきたのもまおだし、あずき姉がドヤる要素はひとつもないんだけどなぁ。おかしいなぁ。
なんて思いながら、ショートケーキをもうひとくちぱくり。
うん、うまいっ!
ちなみにこのケーキは、100年の歴史がある銀座万疋屋の「春限定いちごケーキ」という超人気スイーツ。
春にしか買えない希少品で、販売開始から一週間もすれば買えなくなる。
万疋屋のいちごケーキ、前から食べたかったんだよね。
こんな夢まで叶えられちゃうなんて──ダンジョン配信って最高すぎるっ!
ありがとう、魔王軍のみんなっ!
「で、でも、本当に食べちゃってもいいんでござるか?」
みのりちゃんがおっかなびっくりで尋ねてきた。
「天童殿と小鳥遊殿を差し置いて小生が食べるなんて……」
「何言ってんの。これってみのりちゃんの入部祝いみたいなもんだよ?」
またしてもドヤ顔のあずき姉。
そう。みのりちゃんはこの度、晴れてダンジョン部への入部が決まったのだ!
スカベンジャーチーム大魔王軍のオーディション結果は保留中なんだけどね。だって、まだ他のオーディションが終わってないしさ。
というわけで、これはみのりちゃんの入部祝い。
だから、銀座万疋屋のケーキを買ったのは、初スパチャで散財したかったからというわけじゃない。
ホントに違うからね!?
「入部おめでとう、みのりちゃん! これからもよろしくね!」
「は、はい! 憧れのまお殿にそんな言葉を送られるなんて、小生……感激で尊氏しそうでござるっ!」
「……っ!? あはは……ちょっとやめてよ、みのりちゃん。大げさだなぁ」
少し笑顔が引きつっちゃった。
だって、本当に気絶しちゃいそうだもん。
「だけど、みのりちゃんみたいな逸材が来てくれて、ダンジョン部顧問としてもまおのマネージャとしても本当に助かるわ」
「そ、そんな、有栖川先生……恐れ多いです……」
「まおのファンクラブ会員向けディオコードのサーバでもみのりちゃんの話題が結構出てるし、ダンTVで配信やってみたら?」
「ええええっ!?」
「あ、それ楽しそう! チャンネル作って、まおとコラボ配信しようよ!」
「ひょえええええっ!?」
あずき姉とまおの顔を交互に見ながら、泣き出しそうな顔になるみのりちゃん。
プレーリードッグみたいでかわいい。
みのりちゃんのオーディションを兼ねたトラウマ克服ダンジョン探索中にクリスタルドラゴンちゃんが現れる事件が起きたのが数日前──。
あの配信からみのりちゃんの人気も出てきてるみたいだし、チャンネル開設したら一気に伸びちゃいそうだよね。
ちなみに、まおのダンTVの登録者数は200万を突破してる。
すんごく嬉しい反面、ちょっと怖い。
一体どこまで「魔王」の汚名が広がっていくのだろうか……。
ガクブルである。
「てか、まおのほうはどうなん?」
ケーキを食べながらあずき姉が尋ねてきた。
「ん? どうって?」
「登録者200万人を越えたわけだし、そろそろどっかの事務所に席を置いてたほうがいいんじゃない?」
大魔王軍発足の告知を出したからか、チームからのお誘いはなくなったけど、大小さまざまな事務所から「ぜひウチに」と連絡を頂戴している。
そういえば、トモ様の所属事務所、BASTERDの社長さんが会いたいって言ってたっけ?
うやむやにしちゃってたけど、そろそろお会いしたほうがいいよね?
「ん〜、事務所かぁ……」
「何? あんた、まだ選べてないの?」
「や、選ぶ以前に、あんまり乗り気じゃないっていうか」
「え? そうなんですか?」
みのりちゃんがキョトンとした顔をする。
「うん。案件……っていうのかな? そういう、ダンジョン外でのお仕事ってあんまし興味がないんだよね」
ダンジョンに潜って、かわいいモンスちゃんを愛でたり散歩したり配信したりしてたほうが楽しいっていうかさ。
「そういう仕事は断ればいいじゃん。事務所に入れば確定申告とか面倒な事務仕事が楽になるんだぜ?」
「かくてーしんこく」
「そ。あんた今年の収入やばくなりそうでしょ? ちゃんと確定申告しないと脱税で捕まるよ?」
「……うえええっ!? やだ!!」
「でしょ? だから事務所に入って、専属の税理士さんに協力してもらいな?」
「ゼリー氏さん」
って、外国の人かな……?
頭良さそうな名前だし、警察に口利きできるとか?
警察「何者だ!」
ゼリー氏さん「まおのかくていしんこくです」
警察「よし通れ!」
──みたいなやりとりがされるのかも。
ゼリー氏さん、すごい!
これは事務所に入ったほうがいい……かも!?
というわけで。
とりあえず、まおたちの中で「今度BASTERDの社長さんにお会いして色々と話を聞いてみよう」ということになった。
「そういえばまお殿、今日は配信するのでござるか?」
そう尋ねてきたのはみのりちゃん。
「ん〜、多分無理かな……今日も入れるダンジョンがなさそうだし。ほら、これ見てよ」
まおがみのりちゃんに見せたのは「ダンジョンナビ」という、ダンジョンの込み具合が確認できるアプリだ。
ここを見ればどのダンジョンにどれくらいのスカベンジャーさんが潜ってるのかわかるんだけど、ほとんどのダンジョンに「×」マークがついてる。
これは「立入禁止」のマーク。
最近、立ち入り禁止になってるダンジョンが多いんだよね。
原因はモンスターの大量発生。
恵比寿9号の下層で起きていたモンスター大量発生がいろんなダンジョンで起きちゃってるみたい。
東京近辺でも8割近くのダンジョンが立入禁止になっちゃってるから、クリスタルドラゴンちゃんの件以降、配信はお休みしてるんだよね。
ほんと、どうにかして欲しい。
「それ、そろそろ解除されるかもしれないよ。このニュース見てみ」
あずき姉がスマホを見せてくれた。
画面に表示されていたのは、大手ニュースサイト。
──現在、多くのダンジョンで発生している問題を解決するため、10年ぶりに「掃除屋」が活動を開始。さらに、新メンバーも発表される予定です。
「……掃除屋?」
「そ。今起きてるダンジョン内のモンスターが爆発的に増える現象って、
「へぇ……そうなんだ! そのスタンピードって、よくあることなの?」
「前に起きたのは10年前だったかな? そんときもクリスタルドラゴンが出たって話だけど」
あ……そう言えばそんなこと、Wikiのクリスタルドラゴンちゃんのページに書いてた気がするな。
てことはクリスタルドラゴンちゃんが現れたのも、そのスタンピードのせいなのか。
「小生もクリーナーズの話は聞いたことがあるでござるよ。10年前にスタンピードを鎮圧してからも、再発を想定して密かに活動を続けていたとか……確か、国からの援助金も出ているのでござるよね?」
「……え? そうなの? てか、なんで国が?」
「まぁ、ダンジョンって海外旅行客向けの大切な観光資源だからね」
あずき姉がケーキを頬張りながら続ける。
「スタンピードのせいで旅行客が減っちゃったら、国としても困っちゃうんだと思う」
「ほぇ〜……そうなんだ」
確かにダンジョンってクールジャパン戦略のひとつって聞くよね。
そういうことに詳しいって、あずき姉ってば腐っても教師なんだなぁ。
しかし、掃除屋かぁ。
「ゴミ拾ってすんごくめんどくさいけど大切だよね。きれいなダンジョンだとみんな気持ちいいだろうし」
「ゴミ拾い?」
「だって掃除屋でしょ?」
「あ〜……ん?」
「……」
あずき姉とみのりちゃんに、訝しげな目で見られた。
なに、その目?
掃除、大事だよ?
部屋の掃除はノーサンキューだけど、ダンジョンの清掃活動なら、まおも協力したいし!
「てか、クリーナーズの新メンバーって誰なんだろ?」
「そ、そうでござるな。現在のメンバーは大手チームに所属してるすごい人たちばかりだと聞くでござる。新しいメンバーとなると、彼らと同等のスカベンジャーさんになると思うでござるが……」
「へぇ〜、そうなんだ。ふたりとも物知りだね」
ケーキうまうま。
あっという間に全部たべちったぜ。
てか、全然食べたりない。
「……」
まおの視線が、つつっとあずき姉のケーキ移動する。
──よし、あずき姉のケーキを少しわけてもらおう。
だって、ケーキのお金を出したのはまおだし?
お前のものは、まおのもの、だよね?
そう思ってフォークをそっと伸ばしたときだった。
突然、部室の入口がガラッと開け放たれ、黒服の男たちがドカドカッと入ってきた。
「うわっ!?」
「な、な、なにごと!?」
びっくりするみのりちゃんとあずき姉。
その隙に、あずき姉のケーキをヒョイパクッ!
おいちい!
「……皆様、ごきげんよう」
黒服の男たちに守られるようにして現れたのは、ひとりの女性。
年齢はあずき姉と同じくらいかな?
黒いドレスに黒い髪。
キリッとした目元に、穏やかな笑みを浮かべた口元。
ゴシックロリータ風の衣服を身にまとった、いかにも上品なお嬢様風の女性。
わぁ、すごくキレイな人だなぁ……って、ちょっと待って?
あの、完全に部外者だよね!?
ここって天草高校の敷地なのですが!?
「わたくし、クリーナーズの代表を努めております、
「……ほぇ?」
つい、気の抜けた声が漏れてしまった。
八十神マリア琴子──。
──誰?
「有栖川さん」
「はい?」
「はい?」
八十神マリア琴子さんの呼びかけに、まおとあずき姉が同時に返事をする。
ふたりとも有栖川なのである。
「……失礼、有栖川まおさん」
あ、まおのことでしたか。
「今日、わたくしがここに参りましたのは、あなたにご挨拶をと思いまして」
「挨拶?」
「ええ。ようこそクリーナーズへ」
「……はい?」
ええと、何をおっしゃってるのだろう。
「あら? DMはご覧になられていません?」
「DM?」
って、ツリッターの?
「設立以来はじめてとなりますクリーナーズの新規メンバー……誉れ高きクリーナーズの新たなメンバーに、あなたが選出されました」
「……?」
まおの頭に大量のクエスチョンマーク。
クリーナーズの新メンバー?
って、さっきあずき姉がなんか言ってた気がするな。
10年ぶりに新メンバーが選ばれたとかなんとか……。
「え?」
もしかして、選ばれたって……まおのことなの?
え? え!?
ちょっと待って!?
色々と過程をすっ飛ばしちゃってる気がするけど!?
ていうか、そんな大事な連絡をツリッターのDMでしてきたのこの人!?
「まおさん、クリーナーズに選ばれるというのは名誉なことなのです。もちろん拒否することもできますが、是非わたくしたちと一緒にスタンピードの鎮静化のため──」
「あ、断るつもりはないです」
「──え?」
意外だったのか八十神さんが目をぱちくりと瞬かせた。
「……驚きました。すんなり決めちゃいますのね?」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってまお!? 色々頭がついていってないんだけど、そんな大事なこと簡単に決めちゃっていいの!?」
あずき姉も困惑顔。
「事務所に入るのも渋ってるのに、あろうことかクリーナーズに入るなんて」
「や、まおもいきなりでビックリだけど、ダンジョンからゴミがなくなったらモンスちゃんたちも快適に生活できそうだなって思って」
「「「……えっ?」」」
あずき姉と八十神マリア琴子さん、それにみのりちゃんが同時に変な声を出す。
「それに、そういうバロンティア活動、やりたいって思ってたし!」
「バロン」
あずき姉がそこはかとなく胡散臭い顔をする。
え!? 何!? バロンティア活動、知らないの!?
やだぁ、恥ずかしっ!
ほらぁ、地域の川のゴミ拾いとか、そういうやつだよ〜。
慈善活動とも言うかな? ふふふ……。
そんな活動してたら世間の人たちも「あれ? ひょっとしてまおさんが魔王っていうのは風評被害なのでは?」とか「魔王がゴミ拾いなんてするわけないよね(ワラ」って思うじゃん?
つまり、魔王の汚名返上ってわけ!
モンスちゃんのためにもなるし、一石二鳥!
いやぁ、ここに来て天才すぎる発想キタわぁ!!
ひらめきのまおって呼んでもいいよ?
「……あ、わかった」
ポンと手を叩くあずき姉。
「まお、ボランティアって言いたいんだな」
「それな」
うん。
ボランティアね、ボランティア。
え? はじめから言ってるが?
……よしっ! 大好きなモンスちゃんのために、まおたん一肌脱いじゃうぞっ!!
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