第2章

第12話

 バズ後の初配信から一夜が開け、まおのダンTVチャンネル登録者数は爆発的に増えていた。


 興奮(というより不安)冷め上がらぬ状況であんまり眠られなかったんだけど、朝起きてチャンネルを見たところ、登録者数は90万人を越えていた。


 ツリッターのフォロワーも50万人を越え。


 ──てのは嬉しいんだけど、インプレゾンビたちがまおのツリートに大量発生していた。


 この前までインプレゾンビが~なんて言う人たちを「はいはい、有名人アピ乙!」みたいな冷めた目で見てたけど、ほんとにウザイんだねこれ。


 さらに、昨日のまおの配信の切り抜き動画がForTubeに大量にアップされ、大手ニュースサイトにも「現代に魔王が降臨!?」の記事がたくさんあった。


 記事に載せられているのは、まおがわんさぶろうに乗ってダンジョンを駆け抜けてるシーンとか、まおがやもりんを上手投げしているシーンなんだけど……。


 うん、いい笑顔してるぅ!


 なんて他人事のように思えてしまうくらい、汚名……というか悪名が広がりまくっている。


 ここまで広がっちゃうと、流石に天草高校の生徒にもばれちゃわないかな──って心配してたんだけど、見事に的中しちゃった。



「おお! 来たぞ! 有栖川だ!」



 朝、教室の入り口に凄まじい人だかりが発生してた。



「まおちゃん、ニュース見たよ!」

「おい有栖川! お前、魔王ってマジなのかよ!?」

「魔王様! 俺の尻を叩いてくれ!」

「まお先輩! チャンネル登録しましたよ! 次の配信も楽しみにしてます!」

「サインください!」

「有栖川さん、ちっさくて可愛い! ナデナデしていいですか?」

「魔王様ってミニマムサイズすぎる! 持って帰りたい!」

「ガチの幼女魔王じゃん!」



 うん、とりあえずまおを幼女扱いすな。


 サイン攻めされたり、ナデナデ攻めされたりして、まるで芸能人にでもなったかのような気分になったけど、正直複雑な心境。


 だって「可愛いくてクールなスカベンジャーまおたん☆」じゃなくて「現代に転生してきた恐怖の魔王†」でバズってるんだもん。


 とはいえ、ダンTV登録者数が90万人になったのは事実。


 そう言えば、朝一番にあずき姉から「ダンTVのアフィリエイトプログラムに申請しといたよ」って連絡が来てたっけ。


 なんじゃそりゃって感じだったけど、どうやらお金が貰える収益化の申請みたい。


 アフィリエイトプログラムってのに通ったら、リスナーからスーパーチャット(おひねり)をもらうことができるんだって。


 なるほど、そういうシステムだったんだ。


 昨日の配信で誰もスパチャくれないなぁなんてちょっとだけ思ってたけど、そういう申請が必要だったのね。学びだわ。


 てか、なんであずき姉がまおのアカウントの収益化申請できるのか疑問だけど。


 そして放課後。


 ひっきりなしにやってくる生徒たちの目を躱し、第2部室棟にある、ダンジョン部の部室へとやってきた。



「……あ~、みかんうま~」



 相変わらず部室の8割近くを占拠している巨大なこたつに下半身を突っ込んでるジャージ姿のあずき姉が実に幸せそうな笑みを浮かべている。


 その手には、なぜかみかん。



「……お、現れたな。現代に転生してきた魔王」

「魔王はやめてよ、あずき姉」

「学校ではあずき先生な?」



 キリッと教師の顔を作る。


 そう呼んでほしかったら、もう少し先生としての威厳を見せてくれ。



「というか、どしたのそのみかん?」

「あ、聞きたい? 聞きたいよね?」

「いや、そんなには」



 だって何だかめんどくさそうだし。


 あずき姉はみかんを口の中に放り込み、軽いドヤ顔で続ける。



「実は今朝、学校に来るときに横断歩道渡ってたら、巨大な荷物を抱えてるお婆ちゃんがいてね。すごく大変そうだったから助けようと思ってさ」

「人助け? へぇ、やるじゃんあずき姉」

「あずき先生な」



 いつものあずき姉なら「ああならないように、荷物持ちを雇えるくらいの女にならなきゃな」とか言いそうだけど。


 あずき姉の隣に座り、みかんをひとつ拝借。


 あ、おいしい。



「でも、あたしも重い荷物を持つのは勘弁だからドローンを使ったわけよ。ほら、丁度まおに使ってもらおうと思って家から持ってきた子がいたからさ?」

「ドローン」



 おやおや? 


 なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ?



「そしたらお婆ちゃん、あたしのドローンにびっくりしちゃってさ。100メートルの日本記録更新しちゃうくらいの勢いで走っていっちゃって。いや、悪いことしちゃったなぁ……」

「お前は鬼か」



 なんて罰当たりなことをしやがるんだ。


 お婆ちゃんが可哀想すぎるでしょ。


 ダンジョン配信の人気に比例するように最近のドローンの性能も高くなっていて、市販されているものでも重い荷物を運べるようになっているけどさ。


 いきなり変な物体が近づいてきたら誰だってビビるよ。



「……ん? ていうか、みかんの話は?」

「その後、コンビニで買った」

「お婆ちゃんの話、全然いらない」



 お婆ちゃん助けてお礼に美味しいみかんをおすそ分けしてもらったとかじゃないんかい。


 この数分間の会話、無駄しかない。


 あずき姉はこたつの中からスリムなデザインのドローンを取り出す。



「それで、お婆ちゃんをビックリさせちゃったこのドローンをまおに使ってほしくてさ。ちょっと見てよ」

「いや、どこに入れてんだ」

「超小型なのにジャイロ機能が強化されたやつで、ブレを自動的にスタビライズしてくれるんだ。だから激しい動きしてもオッケーなんだよね。すごくない?」

「……ふ、ふ~ん?」



 よくわからないけど、小さくて小回りが利くドローンちゃんなら、狭いダンジョンでもバッチリってことなのかな?


 ま、人として終わってるけど、機械に関してあずき姉に間違いはないし、ありがたく拝借しよう。


 早速、今日の配信で使ってみようかな。



「ところでまお、ツリッターのほうは大丈夫?」

「ん? 大丈夫って?」

「あんたDM解放してるでしょ? 昨日の配信が終わって色々来てるんじゃない?」

「……あ、そうそう! それだよ! あずき姉に頼んでDM来ないようにしてもらおうと思ってたんだった!」

「あずき先生な」



 通知切ってたからすっかり忘れてた。


 あずき姉が言う通り、昨日の配信終わってからDMが山のように来てるんだよね。


 リスナーからの応援メッセージはすごく嬉しいんだけど、スカベンジャーチームとか事務所からのDMも多い。


 出会い厨みたいなのは即ブロックしてるけど。



「やっぱり洗礼を受けてたか」

「変なDMはブロックしたけど、スカウトのDMってどうすればいいのかな? チームとか事務所とか、よくわからないし……」



 まおが知ってるチームって言えば、RTAやってる実力派のセブンスレインとか、トモ様が所属してるBASTERDくらいなんだよね。


 知らないチームとかに入るのは怖いし断りたいんだけど、無下に断っちゃうと波風が立っちゃう気がするし。



「ま、気にしなくていいと思うよ」



 あずき姉がのほほんとした顔で続ける。



「100万登録者レベルになると『選ばれる』から『選ぶ』ほうに変わるからね。じっくり厳選しな?」

「じっくり厳選って……」



 その選定基準がわからないって言ってるんですけどね。


 それに、つい先日まで同接2のヨワヨワ配信者だったまおがいきなり上から目線で「選んでやるぜ」って失礼極まりなくない?



「それに、DMくれたスカウトの人たちって『癒やされキャラ』じゃなくて『魔王キャラ』を欲しがってるんだよね? う~ん、そういうのちょっとノーサンキューっていうか……」

「癒やされキャラって誰のこと言ってんの?」

「まおに決まってるじゃん」

「……」



 何その顔?


 どっからどうみても、まおは癒やされキャラでしょ!?


 それに、可愛い系キャラで売り出したいって散々あずき姉には説明してるよね!?



「……ん?」



 なんてやってると、部室の入り口ががちゃりと開いた。


 そこに立っていたのは、地味な男子生徒。


 まおが苦手な小鳥遊くんだ。


 彼はまおの顔を見るなり、ぎょっとした顔をする。



「よ、よう、有栖川……さん」



 激しく視線を泳がせながらこたつのほうへとやってくる。


 どうしたんだろ?


 いつもの上から目線発言がないし、小鳥遊くんっぽくないけど。



「き、きき、聞いたよ。昨日の配信、同接10万行ったんだって? な、な、中々やるじゃないか」

「あ、うん、そうなんだよね。チャンネル登録者も100万人に届きそうなんだ」

「ひゃ……っ!?」



 顔を真っ青にして固まる小鳥遊くん。



「よ、よよよ、よし、そのくらいの登録者数がいるなら条件クリアだな。仕方ない。そろそろ俺がコラボしてやるよ」

「……え? コラボ?」



 なにそれ? 


 全く望んでないんですけど?



「ちょっと待って、小鳥遊くん?」



 あずき姉がにこやかな顔で割って入る。



「キミってダンTVの登録者数、いくつだっけ?」

「は、800ですけど、何か?」

「悪いんだけど800の戦闘力で、ウチの大事な広告塔にすり寄ってこないでくれるかい? ほら、イメージとかあるからさ。てか、昨日までさんざんまおを『ザコ』だの『底辺』だのこき下ろしてたくせに、バズったら華麗に手のひら返すってどうなん? 初志貫徹しな?」

「……うぐぐっ」



 小鳥遊くんが喉にものをつまらせたような顔をする。


 あずき姉ってば容赦ないなぁ。


 概ねその意見には同意なんだけど、あなたダンジョン部の顧問ですよね? 

 

 もう少しこう、手心というか……。


 ──てか、待って?


 さらっと流しちゃったけど、変なことを言ってなかった?



「ね、ねぇ、あずき姉? って何?」



 そんなものになった記憶はないんだけど。



「ふっふっふ。お気づきになられましたか。実はまおがバズってくれたおかげで、ウチの部が大復活できそうなんだよね」

「大復活」

「そ。まおを広告塔にした部の宣伝ポスター作ったんだ。ほれ」



 こたつの中からあずき姉が取り出したのは、先日の配信の切り抜き画像を使ったポスター。


 わんさぶろうに乗ったまおが、この指とまれと言いたげに人差し指を天高く掲げている写真。


 そして、その上に輝くキャッチコピー。


 キミも現代に転生してきた魔王、有栖川まおが所属するダンジョン部に入ろう──。



「ちょっとなにコレ?」

「どう? めっちゃ部員増えそうでしょ?」

「や、確かに増えるかもしれないけど、許可出した覚えないよ?」

「乗るしかない……このビッグウェーブに!」

「ねぇ、やめて!? 切実に!!」



 一枚だけかと思ったら、こたつの中に大量にあるし!


 ていうか、何なのこのこたつ!?


 四次元ポケット的な!?


 ちなみに、あずき姉いわく、まおに来年度の天草高校のPR映像出演の話もあるとかなんとか。


 ……いやいやいや、本当にやめてくれないかな。


 学校ぐるみでまおの汚名を広げようとしないで?


 

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