第3章

第23話

 まおのファンクラブ&スカベンジャーチーム立ち上げから数日。


 その話題でさらにバズったおかげで、まおのダンTVチャンネル登録者数は順調に伸び続け、配信は安定して同接数万を叩き出していた。


 魔王まおの名前を広めるきっかけになったわんさぶろうの切り抜きはあっという間に1億回再生を突破し、知名度は海外にも広がっている。


 ──清楚&美少女系ストリーマーとして売り出したいまおの野望とは裏腹に。




 そんな中、諸悪の根源(ということが判明した!)であるあずき姉から「今日の放課後、すごく大事な話があるから必ず部室に来るように」と連絡があった。


 そんな連絡しなくても、毎日部室に顔を出してるのになぁ……。


 な〜んて思いながら、授業が終わって第2部室棟に向かったんだけど──。



「……っ! 有栖川……さん!?」

「あ、小鳥遊くん。こんち~」



 部室の入口を開けると、小鳥遊くんの姿があった。


 ダンジョン部部長にして、まおが毛嫌いしている男子生徒なんだけど、すんごく久しぶりに見た気がするなぁ。


 この前コラボのお誘いを速攻で断ってから、部室に来なくなっちゃってたし。


 かれこれ1週間ぶりくらいかな?



「ト、トモ様とのコラボ配信観たよ。なかなかすごかったじゃないか」

「そ、そう? ありがとう」



 ちょっとビックリしちゃった。


 だって、常に上から目線の小鳥遊くんが普通に褒めてくるなんて、なんだか気持ち悪……じゃない、不思議な感じがする。


 もしかして、別人?



「そ、そう言えば、ツリッター見たぜ? ファンクラブとスカベンジャーチームを立ち上げたみたいじゃん」

「うん。実はそうなんだよね」  

「どうしてもって言うなら、俺がチームに入ってやってもいいけど?」

「…………は?」

「ほら、同じ部のよしみっていうかさ? ダンジョン部の部長として協力してやってもいいぜ? ふふん」



 得意げに鼻を鳴らす小鳥遊くん。


 いやいや、なにいってんだこいつ。全然求めてないんですけど。


 ちょっと褒めた途端、これだよ。



「ええっと……ごめん、そういうのはあずき姉に言ってくれないかな? そっちの管理はあずき姉に任せてるからさ」

「そ、そうか。わ、わかった」



 ま、速攻で却下されるだろうけどね!


 てか、小鳥遊くんと一緒にチームを組むなんて絶対ヤだし。


 これ以上言い寄られるの、面倒だから離れとこ。



「……ん?」



 そう思ったまおの目に、部室の端っこでスマホをいじってる、ちっこい女の子の姿が映った。



「んああっ、ちずるん!?」

「はひっ!? ま、まおさん!?」



 ちずるんはびくっと身をすくめるあまり、スマホを落っことしてしまった。


 あ、ごめん。



「久しぶりじゃん! 元気だった?」

「は、はい、まおさんもお元気そうで……えへへ」



 笑顔をのぞかせるちずるん。


 栗色のショートヘアにくりっとした大きな目。


 頭のてっぺんにさくらんぼのヘアゴムを付けてる、まおよりちびっこい女の子──天童ちずるちゃんこと、ちずるん。


 まおと同じ一年生なんだけど、いつみても小さくて可愛いなぁ!



「最近ちずるんが来てくれなかったから寂しかったよ」

「ご、ごめんなさい。時々こっちにも顔を出したかったんですが、ちょっと配信で忙しくて……」

「あ〜、そっか。喜屋武きゃんちゃんは元気?」

「ええ、それはもう」



 ちずるんは白北女子学園──トモ様の学校!──にいる、ちずるんの幼馴染のスカベンジャー「喜屋武ちひろ」ちゃんの技術サポートをしてるみたい。


 ちずるんはあずき姉に勝るとも劣らないくらいITに強くて、配信関連機材とかを提供してるのだ。


 びっくりなのは、提供しているドローンちゃんが彼女お手製……つまり、自分でドローンを作ってるところなんだよね!


 その技術力を買って、あずき姉が資金提供(先行投資と本人は言ってる)してるとかなんとか。


 そんなハイパー理系のちずるんが、もじもじしながら続ける。



「ま、まおさん、ダンTV登録者150万人突破おめでとうございます」

「え!? ありがとう、ちずるん! 知ってたの!?」

「ええ、そりゃあもう……今やまおさんは天草高校ダンジョン部のエースですからね。配信、毎回観てます」

「お、おぉう……ありがとう」



 そ、そうなんだ。


 すごく嬉しいけど、なんだか恥ずかしいな。えへへ。



「今日はわざわざお祝いをしに来てくれたの?」

「あ、えと、ち、違います。今日は、あずき先生に呼び出されて」

「……あれ? ちずるんも?」



 てか、小鳥遊くんも来てるし、もしかして部員全員にメッセージ送ってたとか?


 あずき姉が言っていた「大事な話」ってなんなんだろう?


 結構大事な話っぽかったけど──なんて思っていると、ガラッと勢いよく部室のドアが開け放たれた。



「おっ、そろってるじゃないか。優秀優秀」 



 現れたのは、ジャージ姿で頭にタオルを巻いているあずき姉。


 いつもながら大人の女子&学校の教師とは思えない、ダサダサスタイルだ。


 こりゃ彼氏はしばらく無理だなぁ。


 素材は良いのにもったいない。


 そんなあずき姉がドヤ顔で続ける。



「いきなりだけど、今からお引越しをします!!」

「……えっ、引っ越し!?」



 背中にサッと寒いものが走った。



「そ、そんな……ダンジョン部が廃部になるなんて」

「おい、まお。いきなり物騒なことを言うな」



 あれ? 違うの?


 てっきり廃部が決まって、ここから撤退しなきゃいけなくなったのかと。



「聞いて驚くなよお前ら!? この度、ダンジョン部が花の『第1部室棟』に移動することになったんだぜっ!?」

「な、なにっ!?」



 普通にびっくりした。


 天草高校敷地内にある、高い壁に囲まれた第1部室棟──。


 そこは、部活動ヒエラルキーのトップ層にだけ使用が許される、夢の場所ラグジュアリー・コテージなのだ。


 入口は自動ロック付きで、中庭はバーベキューができる広さがあって一面天然の芝生……。


 施設内には料理ができる巨大なキッチンに、ソファーが設置された共用リビング。


 広々としたバスルームにトレーニングルーム。


 極めつけは各部室にエアコンが完備されていて、専用のネット回線まで引かれている。


 今の第2部室棟という名のただのボロ校舎とは、まさに天国と地獄ほどの差があるのだ。


 ちなみに、「なんで学び舎にバーベキューができる中庭とかキッチンがあるわけ?」という疑問を持つのはナンセンスというもの。


 だって、天草高校の校訓は文武両道だし。


 …………ん~、なんとなく校訓を掲げてみたけど、やっぱ全然関係ないわ。


 校長先生ってば、まおを学校PRに使いたいとか言ってるし、行き当たりばったりの学校経営をしてるのかもしれない。


 しかし、そんなラグジュアリーな第1部室棟に移動になるなんて、最高すぎなんだけど。



「……はっ!? まさかあずき姉、お金で権利を買った!?」

「んなわけあるか。まおのおかげで凄まじい数字を叩き出した我がダンジョン部の功績を称え、偉大なる校長先生が特別に許可を出してくれたんだよ」

「へ? すさまじい数字? 何のこと?」

「へっへっへ……実はダンジョン部への入部希望者が殺到しててさ? 魔王でバズってくれたまおのおかげってわけさ」



 あずき姉が言うには、入部希望者数が天草高校で一番人気トップオブヒエラルキーのサッカー部を越えてしまったのだとか。


 魔王効果、凄まじいな。


 てか、そもそも、そんなに入部させて大丈夫なのかな?



「ん、まおの不安はわかるよ。わかるわかる」



 心の声が届いたのか、ウンウンと頷きながらあずき姉が続ける。



「どこの馬の骨ともわからない輩を入部させたら、我がダンジョン部の名前に傷がついちゃうからね。ちゃんと先生が書類選考してダイヤの原石を厳選するから」

「だいやのげんせきをげんせん……なるほど」



 よくわからん。


 ま、どういう意味かわからないけど、部員のまおが口出しできるところじゃないし、あずき姉におまかせしよう。


 ちずるんみたいな可愛い子が入部してくれると嬉しいな。


 ──閑話休題。


 とりあえず入部希望者の件は置いといて、夢の第1部室棟への引っ越し作業を開始することに。


 まずは部室内を片付けるところからはじめる。



「う〜ん、最初は部室の半分以上を占拠してるこたつからだよね……」

「うむ。こいつを撤去するのは少々心苦しいが、仕方あるまい」

「あずき姉の定位置だったもんねぇ」



 いつも座ってるところ、おしりの形に擦り切れてるし。


 どんだけ座ってんだって話だよ。


 こたつって結構重いから、大人のあずき姉と小鳥遊くんで撤去してもらう。


 ちずるんはまおと一緒にこたつの中に隠れていた数年に及ぶ「堕落の残骸」を撤去することになった。



「……な、な、なにか色々とありますね?」 

「そ、そうだね」



 まるで石の下に隠れていた昆虫みたいに、いろんな物が出てきて思わずげんなりしてしまった。


 まず最初に目に付いたのは、何に使うかわからない怪しい機械。


 単行本くらいの大きさの本体にボタンがいっぱいついていて、何か電波を飛ばしそうなアンテナがある。


 なんだろうこれ。何から何まで怪しすぎる。


 たぶんあずき姉の私物だろうと結論づけて「あずき先生」と書かれた段ボールに放り込む。


 はい、次。


 続けて手に取ったのは、ドローンちゃん。


 それも5体もある。


 こたつの中にどうやって隠れていたのか不思議すぎる。


 これもあずき姉ボックス行きだな。


 あとは、まおを勝手に使った部員募集ポスターに、ブライダル情報が掲載されている雑誌。


 おまけに、みずみずしいレモンの写真が入った、アルコール度数が高い缶チューハイの空き缶が一ダースほど。


 こんなもん部室に持ってくる人間はひとりしかいない。


 考えるまでもなく、全部あずき姉ボックス。


 というか、相手がいないのにブライダル情報雑誌なんて読む必要ないだろうに……。



「こ、これもあずき先生のものですかね?」

「……あっ!」



 ちずるんが手にしていたのは、見覚えのある小さなアルバムだった。



「それ、まおのお手製の『推しモンちゃんブロマイド8号』じゃん!」



 思わずちずるんから強奪してしまった。


 これは日々のダンジョン探索の中で撮りためてきたモンスちゃんの写真集で、全部で15冊あるんだけど8号ちゃんだけ無くなってたんだよね!


 ずっと探してたんだけど、こんなところにあったんだ!



「モ、モンスターのブロマイド……」



 軽く引いた目でこちらを見るちずるん。



「さ、さ、流石は魔王様です……さすまお」

「うん、やめて?」



 うう……ちずるんにまで魔王様って呼ばれてしまったよ。


 さすまおを知ってるなんて、ほんとに配信観てるんだなぁ……。


 それから、棚や机の上にあったものを整理していく。


 ほとんどがあずき姉の私物で、部員や部で管理しているものはほとんど無かった。


 配信設定用として置いてあるノートパソコンもあずき姉のだし……。


 ううむ、本当に大丈夫なんだろうか、ダンジョン部。


 あずき姉が借りてきた台車に段ボールとこたつを載せて、いざ第1部室棟へと向かう。


 キーカードをセンサーに当ててロックを解除。


 おおお、なんだかカッコいい。ハイテクっぽい感じがいいね!


 ダンジョン部の部室は2階の端っこらしい。



「……うわっ!?」

「ひ、広いですね」



 思わずちずるんと感嘆の声を漏らしてしまった。



「す、すごい……想像より何倍も広くておしゃれだ」

「ふふふ、そうだろう。これこそトップオブヒエラルキーの称号だ」



 得意げにドヤるあずき姉。


 どうしてあずき姉がドヤってるのかはわからないけど、コンクリート打ちっぱなしのおしゃれな新部室は、前と比べて倍くらいの広さがある。


 ミーティングができるテーブルに、おっきなモニター。


 さらに備え付けでパソコンまで用意されている。


 なんという最新鋭。


 これはバイブスぶち上がりますわ。


 そんなシャレオツな部室だったけど、あずき姉がこたつを設置した瞬間、一気に生活感まみれになってしまった。


 こっちでも活用するのね。それ。



「適当に段ボールは置いちゃって? 棚は後日届く予定だから、整理するのはそれからにしよう」

「は〜い」

 


 というわけで、ほぼあずき姉の私物が詰まった段ボールを部室の端っこにどどんと重ねて、引っ越しは完了。


 意外と早く終わっちゃったな。


 久しぶりに部員がそろったわけだし、この後ファミレスにでも行ってくっちゃべるか──と思ったんだけど、小鳥遊くんとちずるんはこのあと用事があるらしく、ちゃっちゃと帰っていっちゃった。


 ちょっとさみしい。


 残ったのはあずき姉と、まおのふたり。


 いつものメンツである。



「あのさ、あずき姉? 例のファンクラブ&スカベンジャーチームの件でお願いがあるんだけど?」 



 あずき姉とふたりならセンシティブな話題もオッケーなので、それとな〜く切り出した。



「ん? どした?」



 早速、こたつに潜り込むあずき姉。


 やはり、そこが定位置らしい。



「立ち上げたばっかりだけど、解散できないかな?」

「……は? 解散? なんで?」

「だって大魔王軍なんて名前で作ったら、まおの汚名が一生消えないでしょ……」



 つーか、「なんで?」じゃないよ。


 考えたらわかるだろ、このバカ姉め。


 こっちがびっくりだわ。



「ん~……まぁ、まおのファンクラブだし、解散する権利はあるけど」

「え? ほんと?」



 びっくり。


 もっと抵抗されると思った。



「だけど、もう1万人の加入者がいるよ?」

「……え? 1万人?」

「うん。月会費が400円だから、サーバ使用料とか諸々差し引いても毎月200万くらいの利益になるかな? 解散するとそれを棒に振ることになるけど?」

「……おぅふ」



 つきにひゃくまんだと……!?


 そ、そそ、そんなに儲かるんですか、ファンクラブって!?



「で、どうする? まおたん? 処す? 処す?」

「ま、まま、まぁ、ファンクラブの名前なんて、おいおい変えればいいしぃ? うん、このまま続行でいいっか♪」

「おっけ~♪」



 ふたりでニッコリダブルピース。


 現金に弱いまおである。


 不労所得、大好きな姉妹なのである。



「だけどまぁ、安心していいよ。ファンクラブの参加資格は特に設けてないけど、スカベンジャーチームはしっかりオーディションするつもりだから」



 あずき姉が、どこから持ってきたのか、どさっとコピー用紙の束をこたつの上に載せた。


 なんだか見覚えがあるやつだ。



「これって、この前見せてくれたファンクラブ名簿?」

「違う違う。チームオーディションの参加者リスト」

「……うぇっ?」



 変な声が出ちゃった。


 先日もらったファンクラブの名簿より分厚くない?



「ちなみに、神原トモ様がチームに応募してきたから、無条件で合格にしといた」

「ファッ!? マジで!?」



 トモ様!?


 ファンクラブはまだしも、なんでチームにも応募してんですか!?



「でも、トモ様の事務所的にはオッケーなの!?」

「一応確認してみたけど大丈夫だってさ。トモ様以外にも他のチームを掛け持ちしてるストリーマーがいるみたいだし」



 確かにBASTERDに所属してる「アリサさん」とか、イケメンスカベンジャーの「四野見しのみさん」とかチームを掛け持ちしてたっけ。


 事務所の掛け持ちはダメだけど、探索チームを組むのは問題ないのかもしれないな。



「とにかく、そのリストに目を通しといてね? 明日やるから」

「何を?」

「オーディションに決まってるっしょ」

「はいいいっ!?」

「とりあえず書類選考からだけどね。この中から200人くらい選んで、明日一次選考の合格発表をやるから」



 ちょ、ちょっと待って。


 明日? 


 確かに明日は祭日で学校は休みだけど、そんな重要なオーディションをいきなりやっちゃうの?

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