第24話

 自宅2階、まおの部屋。


 時間は深夜10時。


 いつもならベッドに寝っ転がって、ダンTVをのんびり観ているまったり時間。


 なのに、なんでこんなふうに机に向かっているのかと言えば、先日のテストが赤点ギリギリだったから──というわけじゃない。


 ……あ、いや、テストは赤点ギリギリだったのはホントなんだけど。


 あずき姉に渡されたオーディション参加者リストとにらめっこしているのだ。


 まおのスカベンジャーチーム「大魔王軍」のオーディション。


 その第一選考とも言える書類選考を行い、明日、通過発表を行う。


 書類選考を通過できるのは200名。


 そこから実際に会ったり一緒に探索したりして、ひとりを選ぶ……ってあずき姉は息巻いていた。


 なんでも、現在のメンバーは魔王まお、参謀あずき、将軍トモ様の3人なので、あと一人入れて四天王にしたいらしい。


 ……ん~、どこから突っ込むべきなのかなぁ?


 まず、なんでスカベンジャーじゃないあずき姉がチームに入ってるのか不明だし、参謀ってのも意味不。


 それに、四天王なのになんでまおが入ってんのか、小一時間くらい問い詰めたい。


 そもそも魔王の肩書はやめてほしいんだけどさ?


 とにかく、そんなわけで心躍る休日前夜だってのに机に食らいついて書類選考をしてるわけなんだけど、かなり難航している。


 だって、2万人近くのスカベンジャーさんが応募してきてるんだもん。


 半分づつあずき姉と手分けしてるけど、それでも1万人。


 ほんとに半端ない数字だよね……。



「……というか、選考基準って何?」



 あずき姉は「やばそうなやつから落としていけば余裕だから」って言ってたけど、そんな簡単じゃないよ。


 やばそうな人間なんて、書類でわかるわけないし。


 最初は実績を見たりしてじっくり考えてたけど、10人くらいでギブアップしてしまった。


 まお、活字が大の苦手なんだよね……。


 でも、だからといって適当に選ぶわけにもいかないしなぁ。


 これから一緒に苦楽をともにする大切な仲間だもん。チームにはトモ様もいるわけだし、気合を入れて選ばなきゃ。



「だけど、残り9990人かぁ……」



 分厚い紙の束を見ながらげんなり。


 本当に明日の通過者発表までに終わるのかな、これ。


 ──やっぱり適当に選んじゃ、だめ?



***



 翌日。


 激しく重い足取りで、朝早くから学校にやってきた。


 まおの分の100人を選び終えたのは、朝の6時。


 最後の10人はサイコロでえらんじゃったけど、いいよね? がんばったよね?



「お、来たな魔王。おはよう」

「……お、おは~」



 へろへろで入口を開けると、部室にはすでにあずき姉の姿があった。


 学校指定のジャージを着ていて、いかにもオフの日って雰囲気。


 こたつの上に何本か缶チューハイの空き缶があるけど、もしかして部室に泊まったの?



「……あれ?」



 新部室の一角を見ておどろいちゃった。


 あずき姉だけじゃなくて、小鳥遊くんもいる。


 新部室に備え付けのパソコンに食いついて何かをしてるみたいだけど、何をやってるんだろ?


 どうせならちずるんと会いたかったんだけどな。



「書類選考のほうはどう?」

「言われたとおり、100人選んだけど」

「え? マジで?」



 ぎょっと目を瞠るあずき姉。


 なにその反応? 


 ええっ? 冗談で明日までやってきてって言ったんだけど、本当にやってきたんだ? 的な。



「宿題とかテスト勉強とか、いっつも適当だから選定も適当にやってくると思ったけど……うん、やっぱ魔王様だね。さすまお」

「やめい」



 魔王っていうな。


 そして頭ナデナデすな。



「というか、通過者発表ってどうするの? ツリッターでやるとか?」

「いやいや、ちゃんと通達を出すよ」



 あずき姉いわく、通過者発表はメールと「ディオコード」っていう音声通話システムを使ってやるんだとか。


 全然知らなかったんだけど、ディオコードって大手スカベンジャーチームでも情報の共有とかで使ってるんだって。


 そのディオコードに大魔王軍コミュニティを作ってて、書類選考を通過した人たちだけを招待するらしい。


 そして、通話システムを使って通過者に対して今後の流れとか諸々を説明して、チャットを使った質疑応答をする。


 こういうことをオンラインでやる場合、普通は会議システムとか使うんだけど「配信に似た雰囲気だったらまおも緊張しないだろう」だって。


 あずき姉なりの優しさっぽい。


 へへ、その優しさ、徹夜明けの目に染みるぜ。



「どした、まお? 変な顔して」

「いや別に」

「うんこ我慢してるならトイレいってきな?」

「ち、ちがうし!」



 小鳥遊くんもいるんだし、うんことかいうな!


 ちょっとトイレに行きたいのは事実だけど!



「もしかして、200人を前に緊張してる?」

「……はぁ? するわけないでしょ」


 

 思わず怪訝な顔をしちゃった。


 おいおい、緊張だと?


 我、数万人を前にダンジョン配信してるストリーマーぞ?


 200人なんてチョロいに決まってんじゃん。


 というわけで、まおがちょっとトイレに行っている間に、あずき姉が書類選考通過者にメールを送信していくことになった。


 同時に、ディオコードの大魔王軍コミュニティに通過者を招待するらしい。


 トイレから戻ってくると、すでに大魔王軍コミュニティにはたくさんの参加者が集まっていた。


 彼らにボイスチャンネル(ここで電話会議みたいなことができるらしい)に入ってもらって、準備完了。


 今後の流れとかの説明はあずき姉がするみたいなので、まおは初っ端の挨拶をすることに。



「じゃあ、よろしくね、まお」

「おう」



 いざ、ノートパソコンの前に。


 コホンと咳払いをして、カメラとマイクをオン。



「こ、こんにつは! ま、ま、まま、まおでへぇす!」



 うぎゃっ!?


 いきなり声が裏返ってしまった!?



「だっ、だだだだ、大魔王軍、オ、オーディ~ションへの参加、あ、あ、ありがとうございますぅ〜!」



 うあああああ!


 慌てるなと思えば思うほどドツボにはまっていくぅぅううう!


 もうだめだぁ!!



《おお!》

《魔王様!》

《こんにちは!》



 あわあわしているまおをよそに、通過者さんたちが一斉にチャットを打ち始める。



《魔王様ごきげんよう》

《もしかして緊張していらっしゃいますか?》

《リラックスしてください!》



 き、緊張なんてしてないもん!



《選んでくれてありがとうございます!》

《ありがとうございます、魔王様!》

《きゃ~! 魔王様!》

《相変わらずの可憐さでござるな!》


「……」



 なんだろう。


 ずどどどどっと流れてくるコメントを見ていると、少しだけ緊張がほぐれてきた気がする。


 いつもの配信っぽいっていうか。


 うん、これなら落ち着いて話せるかも!



「ええっと……み、皆さん、書類選考通過おめでとうございます。この中から一緒に探索できる人が見つかるといいな、と思ってます」


《かわいい》

《是非よろしくお願いします!》

《魔王様のお力になりたい所存でございます》

《微力ながら魔王様の世界征服の野望をお助けしたく》



 う〜ん、それは助けなくていいかな。


 世界制服とかこれっぽっちも目指してないし。


 どうしよう。これは改めてまおの「日本中のモンスちゃんと仲良くなりたい」っていう崇高な目的を説明したほうがいかなぁ?


 なんて思っていると、隣に誰かが立った。


 あずき姉──だったんだけど。



「……え?」 



 その姿を見て、ぎょっとしてしまった。


 だって、いつの間にかコスプレしてるんだもん。


 これ、なんていうんだっけ?


 中国のほら、三国志の有名人の……ほら。


 パリピにもなってる、あの人だよ!



「……てか、なんでコスプレしてんの? あずき姉?」

「まお」



 スンッと清ました顔であずき姉が続ける。



「いいですか? 私のことは『大軍師・諸葛亮あずき様』と呼びなさい」

「は?」



 しょか? りょ?


 何いってんだこいつ? 二日酔いか?


 ぽかんとしてるまおをよそに、コスプレあずき姉が神妙な面持ちでまおの隣に腰を下ろすと、今後の流れについて厳かに説明をはじめた。


 とはいえ内容は大したことなくて、「今後個別に一緒にダンジョン探索します」とか「時期は追って個別に連絡をとります」ってだけなんだけど。


 チャット欄に『もしかして転生された大軍師様ですか』とか『あずき姐、イメージ通りの御方だ』とか『お美しい』みたいな褒め称える言葉が溢れる。


 いやいやいやいや、みんな待って?


 目、大丈夫?


 この人、大軍師じゃないよ?


 ただコスプレしてる、アル中ギャンブル狂だよ?



「それではまお……じゃなくて魔王様、大魔王軍への参加資格のご説明を改めてお願いします」

「……え?」



 突然話を振られて頭が真っ白になっちゃった。


 参加資格の説明?


 なにそれ?


 そんなの、あったっけ?


 資料を慌てて確認。


 一番最後にあるタイムスケジュールの端っこに「現場の雰囲気見て、アドリブで参加資格を決めてね☆」の文字を発見した。


 ……ねぇ、あずき姉?


 なんでこんな大事なことを、詐欺師が作った契約書の注意書きみたいに書くかなぁ?


 何にも考えていないんですけど?



「さぁ、魔王様!」

「え、えと……じゃ、じゃあ、チームの参加資格は、まおと一緒にモンスちゃんを愛でてくれる人で!」



 うん、ジャストアイデアだけど、すごくいいんじゃないかな?


 だって、まおのチームなんだし。



《もちろん喜んで!》

《木下:ふん、モンスター保護をしている俺なら完璧だな》

《モンスターは大好きです》

《私も!》

《ちょっと待て、木下いない?》

《嘘だろ》

《なんでお前が応募してんだよ》



 ざわめき出すチャット欄。


 そんな馬鹿なことがあるか──なんて思いながらチャット欄を見直したら、本当に木下ケンジの名前があった。


 まおがリセットさせた、モンスター愛護会のリーダー。


 自分のことを勇者だのなんだのと言ってる、厨二野郎。



「……えい」 



 速攻キックした。


 ていうか、何しれっと書類選考突破してんだよ。


 まおのリストにはなかったから、絶対あずき姉だろ。


 まおに「ヤバそうなやつ落とせばいいから」なんて言っておきながら、一番ヤバいヤツ通してんじゃん。


 こわ。


 他にも変な人、いないよね? 



「……ん?」



 部室の中にカタカタとタイピング音が響いた。


 ふと顔をあげたまおの目に映ったのは、パソコンに食いついている小鳥遊くんの背中。


 嫌な予感。



《魔王様のチームには僕こそがふさわしいです》



 カタカタカタ。



《なにせ僕、魔王様が所属してるダンジョン部の部長ですから。いつも彼女を気にかけてるんですよ。この前も、面と向かって「大魔王軍に入って欲しい」って哀願されましてね?》


「はい、小鳥遊くんもキック」 

「……んなっ!?」


 

 椅子から滑り落ちる小鳥遊くん。


 いやいや、「んなっ!?」じゃないから。


 いつも気にかけてるとか泣きつかれたとか、一体どこの世界線の話をしているんですかね?


 華麗な手のひら返し、お見事です。


 だけどその後、恥も外聞もかなぐり捨てて「僕もサーバーにに入れてくれよぉ! お願いだよぉ!」と泣きつかれたので、もう一回チャンネルに招待しといた。


 や、絶対合格はできないと思うけど、ちょっとかわいそうだったからさ……。


 というか小鳥遊くんってば、結構キャラが変わってきてない?


 

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