第18話

 どうやらすんごい有名人らしい木下さんが、ゆっくりとこちらに歩いてくる。


 ぽかんとするまおとは裏腹に、トモ様はすんごく険しい顔。



「お前は木下……っ!?」

「おや? そこにいらっしゃるのは神原さんじゃありませんか」



 不敵な笑みを浮かべる木下さん。



「ん〜、一週間ぶりくらいですか? しかし、まさかトップストリーマーのあなたにまたお会いできるなんて、光栄ですねぇ?」

「こっちは二度とそのツラを拝みたくなかったんだがな」



 トモ様が吐き捨てるように言う。


 お世辞にも仲が良いという感じじゃないけど、なんだか顔見知りっぽい。


 むむむ、ただならぬ因縁を感じるな……。


 ……えっ? 


 もしかしてこの場で木下さんを知らないの、まおだけ?


 か、蚊帳の外感がハンパないし、ちょっとスマホで検索したほうがいいかな?



「木下。貴様、ここで何をしている?」

「もちろんですよ」

「保護活動? 破壊活動の間違いだろう?」

「ひどい言いがかりですね。僕はただ動物愛護の精神を体現しているだけなのに」

「ふん。ものは言いようだな」

「というか、あなたたちスカベンジャーこそ、地球の生態系を破壊しているテロリストじゃあありませんか。その自覚、ありますよね?」



 周囲の空気がピンと張り詰める。


 な、なんだなんだ?


 破壊活動とかテロリストとか、難しそうな話がはじまったけど。


 木下さんは、まるで街頭演説をするように身振り手振りを付け加えながら続ける。



「ダンジョンに住む動物たちも動愛法によって保護されています。なのにあなたたちスカベンジャーはモンスターを殺し、堂々と違法行為を行っている。だから僕たちはそれを止めるために活動しているんです」

「詭弁だな。お前は過激な活動で世間に迷惑をかけ、それをダンTVで配信して小銭稼ぎをしているだけだ」

「迷惑にならないと世間は本当のことに気づいてくれませんからね。そのためなら僕たち『モンスター愛護会』は、甘んじて悪役になりましょう」

「……モンスター愛護会?」



 その名前、まおも耳にしたことがある。


 確か「動物愛護管理法によって守られているダンジョンのモンスターを殺す違法行為は即刻やめるべきだ」と訴えている人たち……だっけ?


 簡単に言えば動物愛護団体みたいなもの。


 だけど、モンスター愛護会はやっていることが過激すぎるから、世間から白い目で見られているんだよね。


 ダンジョンに入ってスカベンジャーを襲うなんて当たり前。


 ダンジョンに危険な罠をしかけてスカベンジャーをリセット送りにしたり、中に入られないようにダンジョンの破壊活動をしている……なんて噂もある。


 さらにその模様をダンTVで配信してお金をもらってるから、「金のためにやってる迷惑系配信者」とバッシングされちゃってるみたい。


 彼らは世間に自分たちこそ本当の正義だとわかってもらうため、あえて混乱を起こしているなんて主張してるけど、それで多くのモンスちゃんたちも命を落としているわけだし本末転倒すぎるんだよね。


 実に胡散臭いというか。


 できれば関わりたくない人たちの代表だ。



「あ、あの……そのモンスター愛護会の方が、何か御用でしょうか?」



 おそるおそる、木下さんに尋ねた。


 彼はさも当然といった雰囲気で答える。



「モンスタースポナーを使って、このダンジョンにいるスカベンジャーにリセットしてもらおうと考えてたんだけど……どうやら破壊されたみたいだね。もしかしてキミがやったのかい?」

「はい。罠を踏んでしまったので、まおが壊しましたけど……」

「まお?」



 一瞬、キョトンとした顔をした木下さん。


 すぐに満面の笑みを浮かべる。



「そうかそうか。キミが最近噂になってる『魔王様』か……え? 何? 神原とコラボしてるの? 同接10万? へぇ、すごいじゃない」



 ブウンと木下さんのそばにドローンちゃんがやってくる。


 どうやら木下さんも配信しているみたい。


 そのコメントを拾ったんだろう。



「せっかくだし魔王様のリスナーさんたちにも自己紹介させてもらおうかな。僕は木下ケンジ。ダンジョンのモンスターたちを保護して回っているモンスター愛護会のリーダーを務めている正義の味方……簡単に言えば『勇者』ってところだね」

「……ゆっ、ゆゆ、勇者ぁ!?」



 思わず素っ頓狂な声が出ちゃった。


 だって、自分が勇者とか──死ぬほど恥ずかしいこと言ってない?


 いい大人が真顔で何言っちゃってるんだろう……。


 夜、ベッドの上で思い出したら悶絶しちゃうセリフだよ、それ。


 あ、もしかして、酔っ払ってる?


 恵比寿はビールの街だからなぁ……。



「ふふ、どうやら感動して声も出ないみたいだね」



 得意げにドヤ顔をする木下さ……いや、酔っぱらい木下さん。


 う~ん、どうしよう。


 できればもう関わりたくないんだけど、すんごいドヤ顔でまおの返答を待ってるみたいだし、何か答えてあげたほうがいいのかな……。



「な、なるほど、木下さんは勇者さんなんですね!」



 感激した雰囲気を出すために、驚いた顔を作ってぱちんと手を叩く。



「じっ、実に胡散臭い……あ、いや、違う。ごめんなさい間違えました。いい年して頭の中がお花畑な方なんですねっ! 羨ましい!」

「……っ!?」


《wwww》

《ド直球》

《訂正できてない》

《謝った後にさらにけなす高等技術》

《よく言った魔王様www》

《木下の顔ww》



 ふぅ、危ない。


 つい口が滑っちゃった。


 でも、魔王軍の皆さんも好反応だし、100点満点の返答だったよね。



《こいつマジ嫌いなんだよな》

《よく知らんのだけど、この木下ってやつ、やばいの?》

《動物愛護とか偉そうに言ってるけど、配信しながらスカベンジャーにモンスターけしかけたりダンジョン破壊したりしてるただの迷惑系配信者だよ》

《確か西麻布6号が立ち入り禁止になってるのも、モンスター愛護会の破壊活動のせいだよな?》

《え? マジで?》


「……西麻布ダンジョン」



 そういえば、西麻布の6号ダンジョンが立ち入り禁止になってたっけ。


 え? あれってこの厨二病木下のせいだったの?


 ニュースでは崩落事故っていってたけど、作為的に壊されてたんだ。


 破壊されたってことは、多くのモンスちゃんたちも犠牲になってるはず。


 ……こいつ、ゆるせんな。


 モンスターけしかけたりしてスカベンジャーさんたちにも迷惑かけまくってるみたいだし、なんだか腹が立ってきたぞ。



「はぁ……」



 わざとらしいため息を添えて、厨二クソ木下が続ける。



「僕の活動を胡散臭いなんて、キミは何も理解していないんですねぇ?」

「いいえ、理解してますよ」



 速攻で返す。



「モンスちゃんの保護活動は理解できます。けど、あなたがやってることは、ただの破壊活動ですよね? あなたの活動でモンスちゃんが犠牲になってるってわかってます? それに、自分のことを勇者とかいう大人って胡散臭くないですか? ひどい厨二病こじらせてるっていうか……あ、もしかして、お酒で酔ってます? それとも自分に酔ってる?」

「ま、まおたん!?」

「……っ!?」



 驚くトモ様とクソ木下。



《上手いこと言うなwww》

《魔王様フルコンボで草》

《wwwww》

《いいぞもっとやれw》

《魔王様やめて! 木下のHPはもうゼロよ!》

《木下、手がプルプルしてるwwww》


「……こ、この、クソ生意気なガキが」



 ギロリとこちらを睨んでくる厨二木下。


 なんだか雰囲気と口調が変わっちゃった。



「こっちが下手にでてりゃあつけあがりやがって……! 俺はお前みたいなしょんべんクセェガキがが一番キライなんだよっ! 乳も無ぇがいきがってんじゃねぇっ!」

「んなあああっ!?」



 ああっ! こいつ!


 まおの禁忌に触れやがった!


 ガキと呼ぶだけじゃなく、まな板って言った!!!!


 まおのおしりもおっぱいも──発展途上なんだからねっ!?



「流石の俺もブチ切れちまったぜ。大人をこけにしたらどうなるか、たっぷり教えてやるよっ!」

「……っ! まおたん、下がって!」

「ト、トモ様!?」



 トモ様がまおを守るように前に出る。


 ド低脳ビチグソ木下のせいでブチ切れそうになっちゃったけど、思わずトゥンクしちゃった。


 ほんとトモ様って、イケメン。



「まおたんに手を出すつもりなら本気で潰させてもらうぞ、木下」

「ふん。てめぇがいようと関係ねぇよ。本当はスポナーを使ってモンスターにやってもらうつもりだったが、俺が直々にお前らをリセットさせてやる」



 うんこたれ木下が、腰に下げていた剣を抜く。


 青白い光を放ってる、いかにもレアリティが高そうな剣だ。


 どんなスキルを持ってるのかは知らないけど、結構な手練れなのかもしれない。


 あのトモ様を前にしても全然気圧されてないみたいだし。


 ……むむ、これは結構、苦戦しちゃうかも?



「さぁ、勇者ケンジの魔王退治といきましょうかねぇ!」



 またしても寒いセリフをぼやきながら、キングオブクソのド畜生厨二うんこたれ鼻くそ木下がこちらに向かって走り出した。

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