第19話

「まおたん、ここは私に任せてくれ!」



 トモ様が突っ込んでくる木下の前に立ちふさがる。



「あの男とは以前に拳を交えたことがあるのだ! 時間がかかればかかるほど厄介になる相手……私が速攻ファスト・ブレイクで倒してまおたんを守る!」

「ト、トモ様……っ!」



《か、かっけぇ・・・》

《トゥンク・・・》

《さすがトモ様だわ》

《これは惚れる》



 か、かっこいい。


 よし決めた! 

 

 今度のバレンタイン、トモ様に手作りチョコあげようっと!



「いくぞ、木下!」

「……ふん」



 木下が足を止め、剣を構える。


 トモ様は左右にフェイントを入れながら、木下の懐に飛び込んだ。



「【鉄拳制裁】!」


《きたああああっ!》

《鉄・拳・制・裁》

《世紀末覇者トモ様!》



 スキルを発動させた瞬間、トモ様の拳が赤く燃え上がる。


 ええっと、能力は確か相手の防御力の7割くらいをカットする……だったっけ?


 このスキルで青山ダンジョン10号のボスを完封してたんだよね!


 木下もその能力は知っていたのか、後ろに飛び退き距離を取ろうとする。


 だけど──。



「甘いぞ、木下っ!」



 トモ様は逃さない。


 華麗なフットワークですぐさま距離を縮める。


 軽やかな身のこなし。


 流石はバスケットボールで鍛えた脚力だ。


 一発目はかわされてしまったけど、二発目が見事腹部に命中した。



「……ぐっ」



 木下の顔が苦悶の表情に歪む。


 すかさずトモ様が続けざまに拳を叩き込もうとしたけど、ギリギリのところでかわされ距離を取られてしまった。


 くうっ、惜しいっ!!



「くそっ。相変わらず速えな……」



 頬を引きつらせる木下。


 トモ様は、そんな木下に悠然と近づいていく。 



「6号ダンジョンの破壊に14号でのスポナーを使ったスカベンジャー妨害……流石に看過できないぞ、木下。先日しっかりリセットさせておくべきだった。これは私の落ち度だ」

「そりゃあこっちのセリフだよ。毎度毎度、俺の邪魔ばっかりしやがって。で引導を渡しとくべきだったぜ」



 にやり、と木下がいびつな笑みを浮かべる。 



「お前、モンスター愛護会の活動はテロ行為だとか抜かしてたよな? 俺とお前、どっちが本当のテロリストなのかしっかり【ジャッジメント】してもらおうか!」

「……っ!? くそっ!」



 トモ様が慌てて走り出す。


 そして拳を木下の顔面に叩き込もうとしたけれど──透明な壁のようなものに阻まれてしまった。


 何が起きたんだろう?


 トモ様の攻撃がスキルみたいなので防がれちゃったみたいだけど、もしかして木下が何かスキルを使った?



「……ん?」



 と、木下の肩に何かが乗っているのに気づく。


 あれって……黒猫の人形??


 手のひらサイズで、顔がクレヨンで描いたらくがきみたいになってる。


 子供が作ったような人形って感じがするけど……。



『ジャッジメントですの~』



 ぴろろ~んと気の抜けた電子音とともに、これまた気の抜けたような女性の声が響いた。


 ぴょこぴょこ動いてるし、木下の肩にいる猫ちゃんの声なのかな?


 ちょっと可愛い。


 そんな黒猫ちゃんが、身振り手振りを添えながら続ける。



『判決~。有罪は神原トモ~。無作為にモンスターを殺めるスカベンジャーこそテロリスト~』


「へ?」



 判決? どういうこと?



「はっはっは! 残念だったな神原! 世間一般的に、テロリストはお前らスカベンジャーなんだとよ!?」

「……ちっ」



 慌てて距離を取ろうとするトモ様。


 だが、木下がその腕を掴む。


 すぐさまその手を振り払おうとするトモ様だったけど、簡単に捻り上げられてしまった。



「……くっ」

「あらあら? 俺ごときに力負けしちゃうなんて、オハコの馬鹿力はどこにいっちまったんだぁ?」

「き、貴様っ……!」 

「あっはっは! いい顔するじゃねぇか! よく覚えとけよ神原! 大人の世界ではなぁ……俺みたいな『正義』が最後に勝つんだよ!」 

「……っ!?」



 木下がトモ様の腹部に膝蹴りを放つ。


 さっきまでのトモ様だったら余裕でかわせたはずだけど、なぜかその蹴りをまともに受けてしまった。



「ト、ト、トモ様!?」



 軽々と吹き飛ばされてしまったトモ様が、まおの足元に倒れ込む。



「だだ、大丈夫ですか!?」

「すっ、すまない、まおたん。醜態をさらしてしまった」



 すぐさま起き上がるトモ様。 


 怪我はないみたい。


 だけど、一体何が起きたんだろう?



《おいおい、トモ様が木下に力負けするなんて、冗談だろ?》

《木下のユニークスキルじゃね? しらんけど》

《解説して〜詳しい人~?》



 魔王軍の皆さんも動揺してる。


 いきなりトモ様が力負けしちゃうし、華麗な身のこなしもなくなっちゃったし、おかしすぎるよね?



「あ、あの、トモ様? これって何が起きてるんですか?」

「あの男のユニークスキル【ジャッジメント】の効果だ」

「【ジャッジメント】?」

「ああ。あの男の肩に乗っている猫……『判事くん』に善悪をジャッジしてもらうスキルだ」



 トモ様が言うには、木下が口にした事象をあの黒猫の判事くんが公平に裁判し、判決を下すらしい。


 そして、有罪になってしまった側は一時的に能力が半分になっちゃうんだとか。


 つまり、さっきの事象でいうと、あの黒猫ちゃんに木下とトモ様のどっちがテロリストなのかを裁判してもらってトモ様が敗訴した。


 だからトモ様の力が制限されてちゃった……ってこと?



《wwww》

《なんぞそれ》

《やべぇスキル持ってんだな木下ってw》

《あ~、なるほど。あいつ、やけにランカーに喧嘩売って勝ちまくってんなって思ってたけど、そういうことだったんか》


「……ちょ、ちょっと待って!? 自分のスキルで呼び出した黒猫ちゃんに裁判してもらうってことですか!? それ、完全なヤラセじゃないですか!」



 木下は「一般常識」とか言ってたけど、絶対木下に有利な判決出してるよね?


 真っ黒も良いところだよ!?


 ……あ、だから黒猫なの?



《まぁ、そういうことだよねw》

《木下に不利な判決は出ねぇよな》

《不正の温床wwww》

《やばすぎて草》


「判決は公平に行われている……と言っているが、信じられたものじゃない。故に、あいつに善悪の判断を委ねるような真似をしてはいけないんだ」



 な、なるほど。


 だから速攻で勝負を決めないといけないって言ってたのか。


 だけど、なんちゅうスキルを持ってるんだあいつ。


 大義名分を掲げて迷惑行為をしてるウンコ木下にピッタリすぎる。



「……さぁて」



 木下がまおを見ながらニヤリとキモい笑みを浮かべる。



「神原を公平にジャッジしたところで……お次はメインディッシュの魔王狩りといきましょうかねぇ?」


《やばい》

《逃げて魔王様!》

《流石に能力半分は魔王様でもヤバいって!!》



 騒ぎ出すコメント欄。


 だけど、まおは一歩も動けなかった。


 正直なところ今すぐ逃げたいけど、トモ様を置いていけるわけがない。


 そんなまおを見て、勝ち誇ったようにニヤける木下が口を開く。



「お前、正しい行いをしてる俺のことを胡散臭いとか厨二病をこじらせてるとか誹謗中傷しまくってたよな? しっかり【ジャッジメント】してもらおうじゃねぇか」

「……っ!?」



 ま、まま、まずい。


 このままだと、まおの能力も半分にされちゃう!?



『ジャッジメントですの~』



 木下の肩に乗る黒猫ちゃんが、くるくると踊りだす。



『判決~。有罪は有栖川まお~。胡散臭い、厨二病は完全に誹謗中傷~』



 ひゃあああああっ!?


 さ、裁判に負けちゃった!?



《うわあああああああ!!》

《やばいやばい》

《魔王様のレベルが半分になっちまった・・・》

《これは緊急事態です》


「だが、コレで終わりじゃないぜ!? モンスターフロアのモンスターを皆殺しにした有栖川まおはテロリスト……いや、正真正銘の魔王じゃないのかぁ!?」



 う、うそでしょ。


 連続で裁判しちゃうの!?



『ジャッジメントですの~』



 黒猫がのんびりと判決を言い渡す。



『判決~。有罪は有栖川まお~。モンスターを皆殺しにした有栖川まおは、完全に魔王~。魔王は死刑なり~』


《うぎゃあああああ》

《ちょま、半分の半分!?》

《いやあああああっ!?》


「あっはっは! これで最弱ステータスになっちまったなぁ!? レベルは一桁かぁ!?」



 高笑いする木下がゆっくりとまおに近づいてくる。



「念には念をってやつだぜ。大人に生意気な口を利いたバツ……しっかり受けてもらわねぇとなぁ!?」

「ま、まおたん!」

「じゃまくせぇ! お前は後だ! 神原トモ!」



 木下が立ちはだかろうとしたトモ様を押しのけ、まおに襲いかかってくる。


 待って待って待って!


 どど、どうしよう!?


 ここはスキルを使って攻撃を受け止めて──。


 いやいや、力が超絶低くなってるから、むりだよね!?


 助けて推しモンちゃん!!


 なんて考えている間に、木下が剣を振り上げた。



「死ねぇ! クソガキ魔王!」

「うひゃああっ!?」

「まおたん!」

「あっはっは! これで魔王討伐完了──え?」

「……え?」



 どういうわけか、振り下ろされた木下の剣は、まおの脳天に当たったままぴたりと止まっていた。


 しばし、静寂。


 そっと頭を触ってみたけれど、まおの頭には傷一つ無い。


 というか、当たったことすら気づかなかったけど。


 ええっと……ホワイ?



「どっ、どど、どういうことだ!? な、なんで【ジャッジメント】で弱体化させたのに、俺の剣を受けて無事でいられるんだ!?」

「……さ、さあ?」



 ごめん。


 まおにもよくわからん。


 だって【私ってば無敵すぎる♪】も使ってないし。



《これぞキョトン顔ww》

《でも、なんでだ?》

《能力が一時的に半分の半分になっても、木下ごときじゃ相手にならないくらい強いからじゃね?》

《wwwww》

《それだわwwww》

《草草草》

《あ~、うん、それしかないねww》

《嘘だろw 魔王様レベルいくつだよwwww》

《さすまおすぎる》



 ああ、なるほど。


 完全に理解した。


 まおの能力が半分の半分(って何分の一だっけ?)になっても、うんち木下より強かったと。


 ふむふむ。


 ──てか、まおのレベルっていくつなの?



「ふ、ふふ、ふざけやがって! たまたま攻撃を防いだからってイキがってんじゃねぇぞ、このクソガキが──」

「えい」

「はぐっ!?」



 デコピンかましてやったら、悶絶して地面にうずくまっちゃった。


 あ、やっぱり。


 これ、本当に魔王軍のみんなが言ってる通りだわ。


 ……へっへっへ、ビビらせやがって。


 よ〜し。じゃあ、ここから怒涛の反撃開始ってことでいいよね!?


 しばし遅れを取りましたが、今が巻き返しの時です!

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