第29話

 ひとまずみのりちゃんと木陰に避難してスマホを見たけど、地震速報は入っていない。


 だけど、地鳴りのような揺れはまだ続いている。


 あずき姉に「そっちも揺れてる?」って聞いてみたところ、ビールジョッキを掲げてる酔っ払いおっさんのスタンプが返ってきただけ。


 ……うむ、地震じゃないな!


 てことは、ダンジョンが揺れてるってこと?


 下層でスカベンジャーさんが激しい戦闘をしてるってわけでもなさそうだし、てことはもしかして──。



「モンスター愛護会のしわざ?」



 まおの頭に浮かんだのは、先日、モンスター愛護会に破壊されちゃった西麻布6号ダンジョンのこと。


 まさか、性懲りもなくうんち木下がダンジョン破壊活動に勤しんでるのかっ!?


 ユニークスキルなしでも活動を続けてるなんて、あの野郎、もう一度リセットさせちゃろか──と思ったんだけど。



「ま、まお殿! あれを見てください!」

「ん?」



 みのりちゃんが指さした先。


 森の奥、下層方面から多くのスカベンジャーさんたちが、一心不乱にこちらに向かって走ってきている。


 ちょっと切羽詰まってる雰囲気。


 何があったんだろ?


 ちょっと話を聞いてみようかな。



「すみません」

「……うわっ!?」



 スカベンジャーさんがバッと身構える。


 まおがマダガスカルの珍獣べローシファカのように横っ飛びで出てしまったせいでびっくりさせちゃった。


 ごめんなさい。



「だ、誰だ!?」

「お前っ、ま、まま、まさか噂の魔王!?」

「いえ、まおです!」



 緊急事態っぽいけど、ちゃんと訂正しないとね。


《訂正、大事だよな》

《まおじゃなくて魔王ですよ》

《てか、この人らボロボロになってるけど、マジで何があったんだ?》



 確かに、走ってきたスカベンジャーさんたちは、いかにも「命からがら逃げてきました」と言いたげな雰囲気。



「皆さん慌ててるみたいですが、下で何かあったんですか?」

「モ、モンスターだ! 大量のモンスターが突然現れた!」

「え? 大量のモンスちゃん?」

「ああ! 今から下にいくのはかなり危険だぞ!」



 誰かがモンスターフロアを踏み抜いちゃったかな?


 下層までいってるのに、ドジな人がいるもんだ。


 ……あ、でもちょっと待って?


 大量のモンスちゃんって、むしろ喜ぶべきことでは?



《魔王様、ニヤけてますよ》

《うらやましいとか思ってそう》

《この顔、絶対思ってるなwww》

《魔王様にとってモンスターフロアはご褒美みたいなもんだしな》

《モンスタースポナー欲しがってたし》

《誰かがモンスターフロア踏んで放置した系か?》

《いや、今知り合いのスカベンジャーから連絡来たんだけど、渋谷5号ダンジョンでもモンスターが大量発生してるらしいぞ》

《え》

《マジ?》

《【速報】知り合いが潜ってる五條ダンジョンでもモンスター大量発生中》

《うお》

《マジカヨ》

《やばwwww》



 うええっ!? 他のダンジョンでも大量モンスちゃん!?


 なにそれ天国──じゃくて、一体何が起きてるの!?



「と、とにかく俺たちは地上に戻る。あんたらもすぐに出たほうがいいぞ」

「そ、そうですね。ありがとうございます」



 まおたちにそう言い残して、スカベンジャーさんたちは足早に立ち去っていった。



「ま、まお殿、小生たちはどうしましょう?」

「う〜ん……時間的に帰らなきゃいけないけど、ちょっと気になるよね」

「そ、そうでござるね……大量のモンスさんが現れるなんて、下層で何が起きたのか原因が気になるでござるな」

「ん〜……」



 原因はどうでもいいんだけど、一体どんなモンスちゃんが発生してるのかすんごい気になる。


 ここって9号ダンジョンだから、下層にいるとしたら半分人間のワンちゃん「コボルト」ちゃんとか、半分人間の鳥さん「ハーピー」ちゃんだよね?


 どの子も可愛いから、ぜひともモフモフさせてもらって魔王軍のみんなにも紹介したいところ。


 だけど、早く帰らないとだしなぁ。



「う、うわっ!?」



 と、森の中に叫び声が響いた。


 先ほど地上を目指すと去っていったスカベンジャーさんたちの声だ。



「畜生! モンスターだ!」

「どっから来やがった!?」



 地上に戻ろうとしてたスカベンジャーさんたちの前に立ちはだかっているのは、半分ワンちゃんことコボルトちゃんの群れ。


 ……え?


 あれって、下層のモンスちゃんだよね?


 普通モンスちゃんは階層をまたいで追いかけてくることはないはずなのに、なんで中層に?



「み、見ろっ! 後ろからも来たぞ!」



 スカベンジャーさんたちが、まおたちの方を指差す。


 まおたちの後方……さっき、スカベンジャーさんたちが現れた方向から、別のコボルトちゃんとハーピーちゃんたちが迫ってきているのが見えた。



「まずい! みのりちゃん!」

「はわっ!? ま、まお殿っ!?」



 咄嗟にみのりちゃんの目を手で隠した。


 だってほら、あんなに大量のモンスちゃんを見たら一瞬で気絶しちゃうでしょ?


 だけど、それが恐怖心を煽ったぽくて。



「い、い、一体何が!? 見れないと逆に怖いでござる!」

「多分、非常事態ってやつかもしれない!」

「ひじょ……ええええっ!?」



 わたわたするけど、まおががっちりホールドしているので、その場で地団駄を踏むみのりちゃん。


 可愛い。


 しかし、これは困ったな。


 このままだと、まおたちもコボルトちゃんたちに襲われちゃうよね?


 まおは平気だけど、みのりちゃんがやられちゃう。


 モンスちゃんたちを撃退するにしても、両手が塞がってるしなぁ。


 わんさぶろうを呼んで助けてもらおうかな。



「……ん?」



 なんて思ってたら、横から現れた巨大な影が、迫ってきたモンスちゃんの群れに襲いかかった。


 ──いや、影じゃない。


 黒い鎧を身にまとったスカベンジャーさんだ。


 黒い兜に黒い胸当て。


 そこから伸びる筋肉ムキムキの腕。


 そして、その手には身の丈ほどある巨大な剣が握られている。



「……はああああっ!」



 スカベンジャーさんが、巨大な剣を薙ぎ払う。


 空気を切り裂く鈍い音。


 瞬間、モンスちゃんたちが光の粒になり、地面にコロッと素材が落ちる。


 まさに一撃ってやつだ。



「す、すご……っ!」

「えっ!? まお殿!? どうしたんでござるか!? すごい音がしましたけど、一体何が起きてるでござるか!?」

「す、すごいよみのりちゃん! 筋肉マッチョのスカベンジャーさんが、下層のモンスちゃんを一発で倒した!」

「ええっ!? 筋肉マッチョのスカベンジャーさん!?」



 反応するところ、そっちかい。



「……ふぅ」



 スカベンジャーさんが面具を上げた。


 あ、爽やかイケメンさん。


 黒髪短髪。


 年齢はまおより少し上かな? 


 けど、なんだか見たことがある気がするな?



「大丈夫かい?」



 と、イケメンスカベンジャーさんがまおたちに声をかけてきた。


 まおは慌ててこくこくと頷く。



「あ、はい! 平気です! ありがとうございます!」

「その子、目を怪我したの?」



 目隠しされてるみのりちゃんを不安げに見るイケメンスカベンジャーさん。



「あ、いえ。彼女はモンスちゃんを見ちゃうと気絶するので、こうやってまおが目を隠してるんです」

「……? そうなんだ」



 不思議そうに首を捻られちゃった。


 えへへ、わけわからなくて当然だよね。


 そんな黒鎧のイケメンさんは、さっきのスカベンジャーさんたちも助けていたみたいで、駆け寄ってきた彼らに握手を求められはじめた。


 スカベンジャーさんたち、なんだか感激してるみたいだけど、ちょっとオーバーすぎない?


 てか、このイケメンさん、やっぱりどっかで見たことがある気がするけど……どこだったっけ?


 ん〜、確か、どこかの配信で──。



《うお、四野見しのみさんじゃん!》

《うわ、マジだ》

《かっけぇ!》

《なんで四野見さんがこんなところにww》

《四野見って、BASTERDの?》


「……あっ!」



 そうだ、思い出した!


 この人、トモ様と同じBASTERDに所属してる四野見さんだ!


 ソロでダンジョン探索をしてるダンジョンストリーマーで、ダンTVの登録者数は90万人……だったっけ?


 爽やかイケメンの見た目からは想像できないくらい、大胆で男勝りな戦い方がうけてBASTERDにスカウトされた実力派。


 だけど、四野見さんの主戦場って、もっと高ランクのダンジョンだよね?


 なんで9号ダンジョンなんかに?



「配信中、すまない」



 と、四野見さんが再び声をかけてくる。



「キミたちも早く上層に戻ったほうがいい。下層にありえないほどのモンスターが出ているらしい」

「そうみたいですね。一体何が起きてるんですか?」

「僕にもわからない。さっきまで別のダンジョンにいたんだけど、ここに潜ってる知り合いから救助要請が来て」

「あ、そうだったんですね」

「ああ。だからここは僕に任せて、キミたちは今すぐ避難して──」



 と、そのときだ。


 再びダンジョンが大きく揺れた。



「う、わっ!」

「わわわあっ!?」



 さっきよりも大きい揺れ。


 地の底から何かを突き上げているような衝撃。


 ついに周囲の木々がバキバキと折れはじめ、砂塵が上がる。


 揺れは1分ほど続き、ようやく落ち着いた。



「み、みのりちゃん、大丈夫?」

「は、はい。小生は無事で──」



 と、そこでみのりちゃんが言葉を飲み込んだ。


 一体どうしたんだろ?


 そう思って彼女の視線を追ってみると、その理由がわかった。


 舞い上がる砂塵の中から、キラキラと光る何かがぬうっと姿を表した。


 体は森の木よりも大きくて、巨大な羽が生えている。


 コレは何って表現したらいいんだろ。


 水晶で作ったドラゴンちゃん──って言えばいいのかな?


 体が透き通っていて、ほのかに青白く輝いている。



「ま、まさか……こいつ」



 四野見さんが息を飲む声が聞こえた。



《え? え?》

《なんぞこれ?》

《初めて見るモンスターなんだが》

《水晶で出来たモンスターって、クリスタルドラゴン?》

《ダンジョンWikiに載ってるSS級の?》

《んなわけあるかwww 都市伝説モンスターだぞwww》

《モンスターマニアの魔王様なら知ってるんじゃね?》


「……え? まお?」



《確かに、魔王様モンスター大好きだからな》

《知らなかったらまずいよね》

《ありえないよね》

《沽券に関わるね》


「し、知ってるよ! く、くり、く、くりす、たるどらごん!」


《く↑り↓す↓た↑る↓》

《イントネーションが雑》

《だめだwww》

《これは知らなさそうw》

《知ってるよ(知らない)》

《絶対知らねぇやつwwww》


 

 ちょ、ちょっと待って! ちゃんと知ってるから!


 ……クリスタルドラゴンは10年前に一度だけ現れたことがあるという、言わば都市伝説モンスター。


 気性はとても荒く、誰彼かまわず見境なしに襲ってくる。


 当時のトップスカベンジャーチーム「七本指」がクリスタルドラゴンに襲われ、多くのランカーがリセット送りになった。


 その後、主軸のランカーを多く失った七本指は解散の危機に陥るも再起し、今は中堅どころのスカベンジャーチームに落ち着いている。


 ──って、今見たダンジョンWikiに書いてあった!


 なるほどなるほど。


 都市伝説のモンスちゃんか。


 でも、なんでそんなモンスちゃんが9号ダンジョンなんかに?


 ていうか、待って。


 改めて見るとこのモンスちゃんって、とてつもなく──。



「キ、キラキラしててかわいいっ!」

「カ、カッコいいでござるっ!」



 思わずみのりちゃんとハモっちゃった。


 あまりの綺麗なハモリように、四野見さんも「……え?」ってぽかんとしちゃってるよ。


 えへへ、はずいなぁ。


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