第40話

 というわけで、ゴミを拾いながら上層のエリア8までやってきた。


 オーガちゃんに襲われたのはエリア2あたり。


 それからは特にトラブルもなく、順調にゴミ集めできている──んだけど、ちょっとゴミが大量すぎるのが気になるところ。


 ダンジョンにポイ捨てする人、多いんだなぁ。


 ポーチの中はすでにゴミでパンパンだし、3人いれば大丈夫だと思ってたけど、もう少し協力者を募るべきだったのかもしれない。



「……む、あそこを見ろ。エリア9への通路だ」



 トモ様が指さした先に見えたのは、大きな吊り橋。


 だけど、ボロボロになっていて、いまにも落ちちゃいそうな雰囲気がある。



「ちょ、ちょっと心配な見た目だね。床の板が簡単に抜けそうだ」



 四野見さんも不安顔。


 だけど、エリア8と9はこの吊り橋でしか行くことができないっぽい。


 まぁ、ここを通って先に中層に行ってるメンバーもいるだろうし、大丈夫だとは思うけど。



「とりあえず、まおから行きますね」

「え? だ、大丈夫なのか? まおたん?」

「この中で一番軽いですし」



 正直ヤだけど、まおでだめならトモ様も四野見さんもアウトだろうし……。


《魔王様優しい(´;ω;`)》

《魔王様偉すぎんか・・・》

《これだから魔王様は! 一生ついていきます!!》

《上司にしたい幼女ナンバーワン》

《気を付けてね魔王様!》

《落っこちたら流石に魔王様でもリセットだぞ》


「リ、リセット……ごくっ」



 ちょ、ちょっと怖くなってきた。


 四野見さん、やっぱり先にいってくれませんかね?


 ……なんて言えるわけもなく。


 恐る恐る、一歩目を踏み出す。


 軽く踏み込んでみたけど、橋はぴくりとも動かない。


 意外としっかりしてる。


 なんだ、余裕じゃん。


 ビクビクして損した!



「……トモ様! 四野見さん! 大丈夫みたいです! このまま行きますから後についてきてください!」

「わ、わかった!」



 というわけで、ずんずんと歩いていく。


 床の板が腐りかけているところがあるけど、そこを避けて行けば何も問題はなさそう。


 振り返ると、ちゃんとトモ様と四野見さんもまおの後を付いてきてる。


 よしよし。なんとかエリア9に行けそう。


 なんて思いながら、橋の真ん中くらいまできたときだ。


 突然、ビチッと何かが切れるような嫌な音が、吊り橋のロープから聞こえた。



「うひっ!?」



 なな、何!? 何!? 今の音、何!?


 やっぱり壊れちゃう系ですか!?


 しばらく足を止めて様子を伺ったけど、橋が壊れる様子はない。


 ちょ、ちょっとやめてくれないかな!?


 まおをびっくりさせて楽しんでるでしょ、絶対!



「大丈夫かい!? 魔王様!?」

「へ、平気です、四野見さん! こんなの全然怖くなんてないし──」



 と、次の一歩を踏み出したときだ。


 ズボッと吊り橋の床が抜けた。



「……んぎゃっ!?」

「まおたん!?」

「魔王様!」



 危うく落ちかけたけど、まおの体重が軽かったおかげか片足だけで済んだ。


 だけど、またしてもビチビチッと変な音が聞こえる。


 音のほうを見ると、橋のロープが切れかけていた。


 あ、これ、ダメなヤツだ。



「……おいおいおいおいおい! マジかよっ!!」

「まずい! まおたん急いで足を抜け!」

「え? え? え?」



 慌てて駆け寄ってきたトモ様が、板をぶち抜いてるまおの足を必死に抜こうとしてくれたけど、時すでにおすし。


 ロープがちぎれ──橋が崩壊していく。



「くっ!?」

「うわぁっ!?」

「ひゃああああああっ!?」



 橋の板と一緒に、トモ様、四野見さんとまっさかさま。



《魔王様!?》

《ぎゃああああっ!?》

《魔王様、やっぱり転落死するの!?》 

《ここから入る事ができる保険があるって本当ですか?》

《あるわけないだろ!》



 おまえら、そんなことを言ってる場合かぁあああああっ!



「ここ、こ、【この指と〜まれ♪】っ! ぴーちゃあああああんっ!!」

「きゅいいいっ!」



 まおの声に誘われ、上空から巨大な鳥がやってきた。


 ライオンの下半身に鷹の上半身をくっつけた、グリフォンのぴーちゃんだ。



《おおおおお!》

《ここに来てグリフォンwwww》

《すげぇ!》

《なんぞこれ!? 見たことないモンスだぞ!?》

《解説しよう! グリフォンは24号レベルのダンジョンに出てくるA級モンスターなのである!》

《解説助かる》

《あ〜、しょっちゅう上空に逃げるクソ面倒なモンスターな・・・》

《イライラ度ナンバーワンのクソモンス》

《いろんな意味で遭遇したくない相手》

《てか、クリドラ戦ではいなかったよな!?》

《うん、いないね》

《秘蔵っ子きたああああっ!》

《大魔王軍の底が見えないのですがwww》


「ぴーちゃん! お助けぇぇぇええ!」

「ぴいいいいっ!」 



 ギュンっと加速してきたぴーちゃんが、崩れ落ちる吊り橋の端っこを掴んで急上昇。


 その反動で、まおたちの体がトランポリンのように空中に放り投げられる。



「うわああああっ!?」

「わあああああっ!」

「……っ!」



 甲高い悲鳴をあげる四野見さんとまお。


 トモ様は……こんな状況でもクールに驚かれてますね!


 そのまま、ぴゅーっと空を飛んだまおたちは、エリア9に落下。


 先回りしてくれてたぴーちゃんのふわふわ背中がクッションになって、なんとか着地できたんだけど、まおは勢い余ってゴロゴロところがってしまい──。



「……どわっ!?」



 ぽよんと何か柔らかいものにあたった。


 もしかしてスライムちゃんかな……と思ってニギニギしてみたんだけど、かなり弾力がある。


 それにあったかい。


 え? なにコレ?



「……あ」



 よく見ると人間様のお尻だった。


 それも、スケスケのシースルードレスを着た──。



「……わ。カワイコちゃんが空から落ちてきた」



 振り向いたお尻の持ち主が、まおに気づいて目をパチクリ。


 スケスケドレスを着た超絶美人な外国人。


 あれ? この人って──。



《おおおお!?》

《セブンスのメリッサたんきたあああああっ!》



 あ、そうそう。


 セブンスレインのメリッサさんだっけ。


 ……え? 待って?


 まおってば、メリッサさんのお尻に顔面アタックしちゃったの?



《てか、改めて見ると格好エロすぎんか?www》

《金髪美女がエロいとか天使》

《スケスケのどエロいドレスってマ?》

《あずき:ふーん、エッチじゃん?》



 魔王軍(+あずき姉)も興奮気味。


 今まで見たことない興奮っぷりだけど、どゆことかな?


 おぼえてろ、今にまおだってグラマラスなセクシー女性になるんだから。



「こんにちは、カワイコちゃん。大丈夫?」

「あ、えと……オッケーオッケー。あっはっは」



 優しく手を差し伸べてくるメリッサさん。


 ええと、英語で「大丈夫」ってなんていうんだっけ?


 アイムマックスパワー?



「まおたん!」



 トモ様たちが駆け寄ってきた。


 どうやらふたりとも無事だったみたい。


 良かった。



「大丈夫か!? 怪我は!?」

「だ、大丈夫です。トモ様たちは?」

「僕たちも平気だよ。キミの機転で助かった。本当にありがとう」

「いえいえ、まおたちを助けてくれたぴーちゃんのおかげですから」



 空を見上げると、ぴーちゃんが楽しそうに飛んでいた。


 あとでありがとうのナデナデしてあげないとね。



「お前ら、BASTERDの神原と四野見か……」



 男の人の図太い声が聞こえた。


 黒いスーツにグラサンをしている男性が、壁を背にして立っている。


 あの人……できればお近づきになりたくない刈谷さんだ。



「……おまえたち、セブンスレインだな?」

「何か問題でもあるか? 神原?」



 トモ様と刈谷さんがにらみ合う。


 あわわ、なんだか不穏な空気。



《一触即発で草》

《てか、面倒な連中に遭遇しちまったな》

《え? もしかして、スカベンジャー同士の戦いが起きる感じ?》

《流石にそれはない・・・よな?》


「……ううむ」



 ちょっと良くない空気だよね。


 八十神さんは「一番最初に誰がダンジョンボスを倒すか競争」って言っただけで、それ以外のルールは設定していない。


 ということはつまり、スカベンジャー同士で邪魔しあってもオッケーってことだし……。



「ねぇ、刈谷? 例の件、この子たちにお願いしない?」


 

 張り詰める空気の中、メリッサさんがそう切り出す。


 刈谷さんは怪訝な表情。



「は? ダメに決まってるだろ。そこにいる子供、噂の魔王だぞ?」



 子供?  


 はて? そんな人、どこにいるのかしら?



「マオウ? あのカワイコちゃんの名前?」

「違う。クリスタルドラゴンをソロで討伐した異世界の魔王だ。メリッサも矢部から聞いてるだろ?」

「マオウ……あっ! MaouMaoちゃんのことか!」



 はっとしたメリッサさんが、突然、まおの手をぎゅっと握りしめる。



「はじめまして魔王様! 私、メリッサ! メリッサ・シャントワールだよ! 以前からお話したいと思ってたんだ! 会えて嬉しい!」

「お? お、お?」



 うえっ? 会えて嬉しい?



《魔王様、目が点になってるがww》

《キョドってる魔王様かわいい》



 バトルは想像してたけど、これはちょっと予想外の展開……。


 というか、流暢な日本語をお使いですね。



「お、お、おっけーおっけー! あ〜、でも、あ〜、あいむ魔王違うね! まいねーむいず、まおね!」

「え? まお? ああ、まおたんね! かわいい名前! ソー、キュート!」

「あ、あ、あいむふぁいんせんきゅー! ええっと……あ、あんど、あいむゆあマスター!」

「こちらこそ……え? MASTER?」



 スッと眉間にシワをよせるメリッサさん。


 あれ? どした?



《いやいやww》

《アイムユアマスターってなんぞww》

《あずき:まお、だから英語勉強しろとあれほど・・・》

《魔王様、一体何って言いたかったんや・・・》

《北欧美女が「なにいってんだコイツ」って顔してて草》

《こっそり北欧美女の師匠になってたなんて、さすまおやで》



 え? どういうこと?

 

 まお、ごきげんようって言いたかったんだけど……。


 あれぇ? 違ったっけ?


 盛大に首をひねるまおをよそに、四野見さんが静かに続ける。



「それで? キミたちはここで何を?」

「お前たちには関係ない」

「ちょっと、刈谷」



 プイッとそっぽを向く刈谷さんに、メリッサさんがちくりと言う。



「吊り橋崩れちゃったみたいだし、後続はなさそうだよ? まおたんたちに頼むしかないと思うけど?」

「……」



 刈谷さんはしばし黙考する。


 そして、渋々といった感じで吊り橋の下を顎で指した。



「アレを見ろ」

「……アレ?」



 崩れた吊り橋の下をひょい覗くまお。


 地下に続いている階段が見えた。


 それと──すごい数のモンスちゃんも。



「あそこがエリア10なんだが、相当な数のモンスターが階段から出てきやがった。スタンピードの影響だろうな」



 モンスターフロアかと思ったけど違ったみたい。


 そっか、あれがスタンピードかぁ──なんて思っている間にも、ぞろぞろと階段からモンスちゃんが出てきてる。


 うわわわ……。



「あの数のモンスターを相手するとなると、俺たちでも流石に骨が折れる。だから、共闘できる相手をここで待っていたんだ」

「……え? 共闘?」



 つまり、協力できる相手ってこと?


 四野見さんが感心するように言う。



「へぇ? 武闘派のキミたちが他人に助けを乞うなんて珍しいじゃないか。てっきりRTA最速記録を狙ってると思ってたけど」

「俺もメリッサも関東チームリーダーなんぞに興味はない。さっさとこのくだらないゲームを終わらせたいだけだ」

「なるほどね。でも、それは僕も同感だな」



 爽やか笑顔を覗かせる四野見さん。



「あ、あの……四野見さん?」

「ん? どうした魔王様?」

「ええと、まおとしてはセブンスのおふたりに協力してもらえるとありがたいんですけど……」



 ほら、丁度ゴミ拾いの協力者がほしいって思ってたところだし。


 願ったり叶ったりすぎるっていうか。



「ん〜、そうだね。僕としてもセブンスレインと共闘できるなら、ぜひお願いしたいんだけど……神原はどう思う?」

「え? 私ですか? まおたんが良いというのならかまいませんが」



 サラッとクールに答えるトモ様。



「ふむ……問題はなさそうだね。それじゃあ、よろしくたのむよ刈谷さん」

「……フン」



 刈谷さんは不服そうに鼻を鳴らす。


 だけど、メリッサさんはすんごく嬉しそうで。



「わぁっ! やったね、まおたん!」

「うぎゅっ!?」



 突然抱きつかれ、ふたつの柔らかいものが、まおのかおにむにゅっと……。



「私、以前からまおたんと一緒にダンジョン探索をやりたいなって思ってたんだよね! ジャパニーズヨウジョ大好き!!」

「ジャ、ジャパニーズヨージョ……?」



 何だろう。盛大にディスられたような気がしなくもない。


 ──けど、メリッサさんいい匂いがするしお肌すべすべだし、おっぱい最高だし、幸せだからオッケーです! 



《魔王様、顔ww》

《なんだろう、このエロ空間》

《まおたんとエッチな金髪美女が抱き合っとる・・・》

《・・・ふぅ》

《うらやまけしからん》

《いいぞもっとやれ》

《あの、魔王様? ちょっとだけ僕と代わってくれませんかね?》


「やだ」



 こんな経験、二度とできないかもしれないし。


 この幸せタイムはまおだけのものだもんね!


 というわけで、メリッサさんのいい匂いを胸いっぱい堪能してから、「よしっ」と気合を入れ直す。



「それじゃあ、早速4人で最下層を目指しましょう! ええと、まおはゴミ掃除をしてるから、モンスちゃんたちはトモ様たちにお任せしていいかな?」

「ああ、もちろんだ! 戦闘は私たちに任せてくれ」



 トモ様が気合を入れるようにパシンと手のひらに拳を打ち付ける。


 だけど、メリッサさんが不思議そうに首をひねった。



「……ねぇ刈谷。まおたんが言ってる『ゴミ掃除』って何のこと?」

「わからんが、隠語の可能性が高い。あまり詮索しないほうが身のためだ。なにせ相手は、あの魔王だからな……」

「わお、デンジャラス」

「……??」



 変な目でまおを見るメリッサさんと刈谷さん。


 な、何だろう?


 もしかして、メリッサさんたちもゴミ拾いやりたいのかな?



「あの、よかったら、メリッサさんたちもまおと一緒にやります? ゴミ掃除」

「えっ?」



 メリッサさんが、ギョッと目を見開く。



「あ、あ~、ええっと、私はノーサンキューかな……?」

「い、いや、俺たちはいい。お前に任せるよ、

「そ、そうですか」



 よくわからないけど、まぁいっか。


 では、4人で頑張ってお掃除続けましょうかね!


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