4話 一之宮詣り〈保知〉
世間知らずの修道寮育ち。ティフィンの言葉はシェマをさげすむのでなく、相憐れむようなものだった。
吊るし
「そういえば。ここは
ティフィンは、洞穴を抜ける風の音を昔の人は魔犬の鳴き声だと思ったのだろうと。今、たしかに、ふたりの少し先を、白い毛並みの仔犬が先導しているが。
「あのなりそこないも、
ティフィンは、仔犬の同行をうっとおしく思っているにちがいなかった。
あれから、シェマの中のユーフレシア皇子は『疲れた』と言って、眠った。
元々の
「ユ―フレシア皇子は優れた呪術師であらせられるのですね」
シェマは感心しかなかった。
「おそらくは天性の。
ティフィンは少し苦しげに見えた。
そして、進む足元が、あきらかに自然石でなく、
辺りの岩肌は、内側から見た
「
青白く光っている
「
それは、シェマも事前学習した。
「
ティフィンは目を閉じると両の手のひらを胸の高さで合わせた。シェマも、それを真似る。
ここからは、シェマの役目だ。
「
「——もろもろの
言い終わるか終わらないかで、ちいさな石の
『くるしゅうない』
白い衣の、ちいさな女神が立っていた。女神の声も頭の中に直接、響く。
仔犬が、たたたと駆け寄って行くと、はっはっと舌を出して、
それから、シェマを見上げた。
『おまえが調伏したのか』
「いえ、わたしではございません」
『——よい。おまえのようなものじゃと
女神は仔犬の言葉がわかるようだ。『そうか』、『そうか』と、うなずいた。『勝手気ままにしておったが、この者たちに、ついていきたいか。行くがよい』
「え」と言ったのは、シェマではない。ティフィンだ。
「
ございませんとティフィンは言いたかった。言いよどんだのは、神さまに対しておこがましいが察してくれということだ。
『心配に及ばず。
「連戦連勝」
ティフィンの武人としての心が動いたようだ。
『おまえにも。右の手のひらを』
出せ、と、
すると、
(わぁ)
そのふしぎに、シェマは、まじまじと手のひらをみつめた。
『いとし子。
ちいさな女神の輪郭がぼやけていく。
『行け。 さりともと、なほ
気がつくと、ちいさな岩の
その代わりのように、そばの岩肌に、さっきまでなかった洞穴が、ぽっかりと口を開いていた。
「進めということだな」ティフィンの言葉を待たず、たっと白い仔犬が駆けて行った。
もちろん、シェマとティフィンも、そちらへ歩む。
しばらく進むと、夜明けが近くなるように洞穴の中が明るくなってきた。出口が近いのか。
ぐぅぅぅぅ。
鳴ったのは、シェマの腹の虫だ。
「はは……」
シェマは自分の、のんきな腹の虫を
「この洞穴を抜ければ、人里もあろう」
ティフィンの足元では、はっ、はっ、はっと熱い息づかいがして、白い仔犬がまといついていた。しっぽを、ぴんと立てて、時折、はげしく振っている。
ティフィンはつれないのに、仔犬は、いたくティフィンを慕っているようだ。
(ティフィンと戦って負けたから、兄貴分とでも思っているのかなぁ)
シェマは笑いかけて、あわてて、ゆるんだ口元を引き締める。
そして、洞穴は、いきなり終わった。
うららかな日の光に満ちた山間の窪地に、シェマとティフィンは立っていた。
ふりむいても洞穴はなかった。
さもありなん。
だが、仔犬がいなかった。シェマはあわてた。
「仔犬! 名前、何だっけ!」
「
「ぽちー!」
シェマが叫ぶと、少し先の木立から白い仔犬が走り出てきた。
「よかった。日の光に溶解するってティフィンさん、言ってたから」
「女神が、これにも、なんらかの加護を与えた」
ティフィンのまわりを、ぐるぐる
「なるほど」
シェマは足元に来た
仔犬は、しめった鼻先をシェマの手に、ふんふんと押し付けてくる。
「見たところ、ふつうの犬と変わりませんね」
「そうだな。だが、じゅうじゅう気をつけろ。腐っても神の一部だ」
「そうですね。頼りになりそうだ」
「……おまえ、話が、かみ合わないと人に言われたことはないか」
「さて、
仔犬は「承知」とでも言うように、ぴんとしっぽを張った。
「案内してくれるようですよ」
「では、今夜の宿でも探してくれ」
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