13話  あだなす者の影 2

 シェマとティフィンが、屋敷の土間に横たえられた病人すべてに薬を飲ませ、様子を看たりしていたら、辺りは、とっぷりと日暮れていた。

 それから、ぱちんと火がはぜる囲炉裏端いろりばたに、ふたりは招かれた。


 下座に若者と、はげ頭がいた。

 はげ頭が村長むらおさで、若者が村長むらおさの長男だということだった。


 シェマとティフィンの顔を見ると、村長むらおさは居心地悪そうにちぢこまった。布でまいた右腕を無意識にさすっている。保知ぽちが噛んだところだ。おそらく加減はしたのだろうが、あれは仔犬と思えぬ圧だった。


「お犬さまは、土間のかまどの前で休んでおられます」

 若者の報告を受けた。保知ぽちも、ずいぶんと、よい待遇らしい。

「さぁ。なんもございませんが。だんご汁です。召しあがれ」


 囲炉裏いろりには、三脚の五徳ごとくに鉄鍋がかけられていた。

 ちなみに火力調整は高さちがいの五徳でする。

 鍋の中で、くつくつと煮立っているのは、白めの味噌仕立ての汁のようだった。


 今日の一件で、村長むらおさの役は代替わりしたように、若者が取り仕切っていた。

「わしのちいせぇ息子も毒水を飲んで、あぶないところでした。さっき、顔、見に行ったら、すやすや寝ておりました。ありがとござんした」

 

 下働きの女だろうか。シェマとティフィンに、だんご汁をよそってくれた。

 大ぶりの木の椀を、シェマは両手で受け取った。

 具材多めの汁だ。それでいて、具材はこまかく刻んである。そうすると、よそったときに不公平が出ない。そして火の通りが早い。修道寮の食堂で出る汁もそうだった。

 今は、この屋敷は病人を抱えているから、いつもより具材がこまかいのかもしれない。だんご汁と言っていたから、だんごが入っている。粒々茶色の穀物まじりの、それだけは、そこそこの大きさのまんまるなのを、ぺたんと指でへこましてあるのだった。歯でかみきると、もっちりとした。

(病人たちが、この汁を飲めるまでに回復すればいいなぁ)

 シェマは願った。



「—―気になるのは、まじなという者だ。その女は、われらの見かけを魔物として伝えたのだな」

 ティフィンは食事を終えた後も、若者と村長むらおさと話していた。

「あなたがた垂水たるみの村人に、われらを討たせる目論見もくろみであったとしか思えぬ。家族を殺されれば、いかな者でもいきり立とう」


 はげ頭、村長むらおさはちぢこまった。

「お許しを。今は、もう、ご一行さまを魔物などとは思っておりません」


(っぽい何かではあります)

 床に、はげ頭をすりつけんばかりの村長むらおさに、シェマは恐縮した。


 自分の中にいるユーフレシア皇子は、術による出現だし、たしかに呪術者。ティフィンも魔導を扱う。保知ぽちは、仔犬の皮をかぶった神さまのひとかけらだ。


「しかも、われらを討ったなら、イェルシャーライはゆるさない。帝の軍隊がくりだし、村の男は全員、打ち首、女子供は奴婢ぬひに落とされ、村ごと消滅したであろう。それこそ、山の魔物に蹂躙じゅうりんされると同等のことになったであろうよ」

 ティフィンが自覚なく低い声で言うと、本当に恐ろしい光景が想像できた。


「ひぃぃ」

 若者と村長むらおさは青ざめた。


「これからは、流れのまじなには気をつけよ。イェルシャーライのまじななら、必ず鳳凰の象嵌をした勾玉認可証を持っている。たしかめよ」


「はいっ。いらっしゃーいの印を必ず、たしかめます!」

 村長むらおさは、それはもう反省しているのだ。

 しかし、、言いまちがっている。


 シェマは言いたかったが、ティフィンが表情をくずさない上、言いまちがいを訂正する気配もないので、若輩者の自分が出過ぎた真似ができない。


『イラッシャーイ……』

 ずっと、頭の中でユーフレシア皇子が笑っているのが、ただうっとおしかった。




 その夜は、そのまま囲炉裏端いろりばたで、シェマとティフィンは休ませてもらった。


 シェマは横になると、すぐに寝入った。

 寝入ったはずのシェマの目が、冴え冴えと開く。

 そこに宿っているのは、ユ―フレシア皇子の目の光だ。

『ティフィン、誰かが、この十三詣じゅうさんまいりを阻止しようとしている』


「そのようです」


しろになれなかったきょうだいの親族か。はたまた、生きている者のさしがねか。恨まれる筋合いは、いくつもあるゆえ、しぼれぬな』


 シェマは、つまり今はユーフレシア皇子は、どうにか思い通りに動かせる右腕を伸ばした。指先が、やっと、胡坐あぐらをかいたティフィンのひざに触れる。その手をすくいあげるように、ティフィンは己の手で包み込んだ。


『ひざを、ティフィン。おまえのひざで眠りたい』

 ユ―フレシア皇子の言葉に、ティフィンは身体からだをずらして、シェマの頭をそっと持ち上げ、ひざをすべり込ませた。


 シェマの口元が笑った。

 そして、すぅと、寝息をたてはじめた。

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