14話 三之宮詣り〈湖底の晶洞〉
寝込んでいた病人に回復の兆しが見えたところで、先に進まねばならないという焦燥がティフィンをうながした。
(この
その確信があった。
こうなると
(下々の流行りのように、一社、二社でお
だが、シェマとユーフレシア皇子、特にユーフレシア皇子にとっては、すべての加護と智慧を手に入れねば意味をなさない。
「ゆっくり養生するのですよ。無理はいけませんよ」
シェマは、まだ床上げできない病人にひとりひとり、別れの声をかけていた。
『言葉かけは、たやすいな』
ユーフレシア皇子は皮肉を込めて、シェマだけに聞こえるようにつぶやいた。
「えぇ。でも」
自給自足の山村で、休んで英気を養うなど無理な話だろう。
それでも、シェマは願わずにいられなかった。
「毒消しを、すべて出してしまいましたね」
今後の道中を薬なしで行くのは心もとない。シェマはティフィンにどうするのかを聞きたかった。
「修行寮に特急で薬を届けてもらうよう、知らせを放ちました。それまでに、山に薬草を集める役の者がおります。そこへ行って調達しましょう」
今朝がた、ティフィンが山鳩を呼んでいた。おそらく、魔道の従属の術で、その山鳩に都の修道寮への知らせを託したのだろう。
「この
「——そうですね。それは別便ででも」
ティフィンはシェマの、つぼみのようにみずみずしい顔立ちを見た。
(この少年は、いつも他者に心を配る)
どのような生い立ちをしたものだろう。
上皇の落としだねとあれば、不遇ということもなく優遇ということもなく。母方の後ろ盾もなく、やっかい者という立ち位置であると聞いていた。
今、山道をうねうねと、ふたりは歩いている。
「昼すぎには三之宮のほとりへ着きましょう」
「ほとり?」
「三之宮は湖の中の
山間の木立の間に現れる湖は、幻のようだという。
今日のように、風もなく晴れた日とあらば。
木立が切れて、湖を認めたシェマは「わぁ」と、声をあげたのだった。
「こんな、うつくしいものを見たのは、はじめてかもしれません」
湖面は磨きあげられた鏡のように、空を映していた。
向こう岸は、けぶって見えない。
「あれが三之宮の
ティフィンが言ってくれなければ、シェマにはわからなかった。
湖の真ん中ほどに、水晶の鳥居があった。
最初、(どこに)と、シェマがいぶかしんでいると、「手を目のうえにかざし見て」と、ティフィンがコツを教えてくれた。鳥居は水晶であるがゆえに、空、または水を映して風景に溶け込んでいたのだ。
「ほんとうに幻のような風景ですね」
シェマが感じ入っていると、「いや、幻なのかもしれぬ」とティフィンが言う。
「あそこへはどうやって? あ、舟で行くのですか」
湖の岸辺に小舟があるのに、シェマは気づいた。
「そう。行けるときも行けぬときもある」
「……?」
「舟を出してはみよう」
岸辺の杭に小舟はつないであった。
「
ティフィンは杭と小舟をつないでいる縄をたぐった。
小舟の底が土砂にあたらない絶妙な加減で留め置く。
シェマはティフィンにうながされて、小舟に乗り込んだ。多少、頼りなさそうな小舟だ。その気持ちを代弁するように、
「残していきますか」
無理に乗せて小舟の上で暴れられてもと、シェマは思った。
「また、この岸へ戻ることができるとは限らぬ」
ティフィンは思案して、「抱っこ!」と、
うぁぅ!、と、はずむ声をあげて、
「うっ」
けっこうな重量だったらしく、ティフィンが、かすかにうめいた。
「こいつは……、見た目より重い」
「ですよね」
「シェマ殿、舟は
ティフィンは小舟の前寄りに、
「このように波のない場所なら、どうにか?」
にぎる部分を
シェマは、おっかなびっくり
『ふふふ』
シェマの中でユ―フレシア皇子が笑った。最近、彼は起きている時間が長くなった。
『このわたしに
「はっ。申し訳なく」
ティフィンが、めずらしく動揺した。
「わっ、わっ。ティフィンさん、座っていてください」
小舟がゆれる。シェマは舟の制御ができるほどの技量はないのだ。
「
『ふふふ』
「皇子も、お静かに。集中させてくださいよ」
この頃では、シェマも自分の中のユ―フレシア皇子と対話するのに慣れてきた。何なら、声を発することもいらないのだ。頭の中で思えば通じた。
すぃーっと、水晶の鳥居が近くなってきた。
近づくと、さらにおおきさがわかる。
鳥居の台石までも水晶の結晶であった。鳥居中央にかかげられている
「さて、どうであろうか」
ティフィンは鳥居に向けて一礼した。
シェマも
「シェマ殿、このまま舟を進め、鳥居をくぐってください」
「わかりました」
鳥居の二柱の間は大人がふたり、両手を広げたより広い。ゆうに余裕はある。と、思っている端から、ティフィンの指示が入った。
「鳥居の真ん中は神の通り道です。下座の左側からお入りください」
「えええ」
なさけない声をシェマはあげた。
(そんな器用にできませんて)
『大丈夫だ』
シェマの右腕に自分のではないちからが加わった。
『わたしも御する』
ユーフレシア皇子だ。
「ありがとう」
シェマは、ほっとした。
シェマとユーフレシア皇子、ふたりは鳥居の真ん中をはずし、左を目指した。
小舟の
小舟は、吸い込まれるように鳥居の下をくぐった。
小舟が完全に鳥居をくぐったとき、湖は消えていた。
小舟すら消えていた。
シェマとティフィンは、どこかの
辺りは、すべからく水晶だった。
考えずに歩を進めたシェマの左腕の衣を水晶の先をかすめ、引っかかった自覚もなかったのに、衣は直線に断たれていた。
「気をつけて。水晶の切っ先がするどい」
「この先って、進めるんですか」
「
よく見ると地面は、
「
「あぁ、人が通ることによってできた
壁の水晶の結晶に、いくつもの彼らが映っていた。
いつのまにか、シェマは、そのティフィンと
ほどなく
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