26話  皇子の聞いたことには

 十三年も前のことだ。

 帝のきさきが月足らずにして、男子を産んだ。

 きさき大臣おとど家の日女ひめにして、大臣おとど家には待ちに待った皇子の誕生だった。

 しかし、きさきかんばせは蒼白で虫の息。

 生まれた赤子も、風前の灯火のような危うい状態。

 乳の出る女を赤子にあてがうが、心もとない。

 そこで、牢で処罰を待つばかりだったヤチグサのことを、大臣おとどの側近が思い出した。

 たしか、つい先ごろ月満ちて子を産んだはず——。



 妃宮きさきのみやの女が男と通じることは禁とされている。その禁を犯したのであるから、そのままであれば生まれた子とは引きはがし、流刑であったはずの女。


 牢からヤチグサは連れてこられた。

 皇子に乳をやるよう命じられた。


 ヤチグサには、産んだ赤子は死んだと伝えられた。


 子の本当の末路をヤチグサが知ったのは、乳母としての役目が終わった時だった。

 同じく乳母の立場にいた女が明かしたのだ。


 おまえの赤子は予言部が連れて行き、皇子のための、さまざまな術の試験として切り刻まれたのだよ。

 それで、おまえは罪をゆるされたのさ。

 だけど、わたしはゆるさないよ。

 わたしをひっぱたいたことをお忘れかい。

 おまえにいじめぬかれた者のことも、許婚いいなずけまで寝取られて首をくくった者のことも、忘れたとは言わせないよ。あれはわたしの妹だったんだ。


 とっとと去れ。そして、くたばれ。


 ヤチグサは、また、その女をひっぱたこうとしたが、高位の女官の厚底のくつのかかとで足蹴にされた。


 ヤチグサの、その後は知らない。

 故郷へでも帰ったか。

 その辺りで野たれ死んだか。


 えーいや、さっと。

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