32話 五之宮詣り〈海の路〉
シェマは波打ち際を駆けて行った。
その先に、ふいに
『おや、その気になったか』
しどけない恰好の
『その気もどの気も、ない』
浜に打ち上げられた貝殻のような状態で、シェマの中のユーフレシア皇子が毒づいた。
『少年。何もかもに反抗したい年頃だな。許す』
「わっ、わたしはそんなこと思っていません」
あわてて、シェマは我が身を守った。ユーフレシア皇子が言ったことでも、見た目ではシェマが言ったことになる。
「いえ。でも、皇子はわたしの甥御であるから、皇子が、わたしの中にいる以上は連帯責任ですねっ。すいません!」
勢いをつけて、シェマは板敷の床に頭をすりつけて謝った。
くくっ。
シェマの中のユーフレシア皇子が、『謝りに来たのではない』、シェマの顔をあげさせた。『ティフィンを返してもらいに来た』
それから、するりとシェマのそばに来た。
『
「はい。皇子の供をして参ります」
『難儀なことよのぉ。いまだ
「わたしは都に待っている人もおりませぬし、このようなことでもない限り、都の外へ出ることはなかったでしょうから、案外、楽しめております」
『己の中に他人がいる状態も楽しめておるか。意外と、丈夫な精神の持ち主じゃ。いや、それでなくては身代わりの術など叶うはずもない。そんなおぬしに、われの加護ひとつなど必要ないのではないか』
「え」
『やろうか、やるまいか』
「わわっ。くださいです」
『やろうか、やるまいか』
「いただきたいです。お願いします」
シェマは必死になった。加護をもらえなかったら、こののち大きく影響が出ると、世間知らずのシェマでもわかる。
『この神、わたしたちを
『かわいくないのと、かわいいのが混在しているなぁ、おまえ。とりあえず、かわいいほうにだけ加護をやろうか』
それから、深く口づけをした。
その間、シェマは息をするのを忘れていた。
「ふ、あ!」
離された途端、真っ赤に上気した。
シェマは何か途方もない光の中にいるような、浮遊するような心地であったが、「お
探していた声だ。
「ティフィン!」
「海の
『行くか。せわしないの。はかなき者どもは』
『わが紐を結びせむ』
ティフィンが目線をそらすのを、あきらかに楽しんでいる。
『さて、浜までは送ってやる』
「
シェマは日光を反射する白砂に、目をしばたいた。
「あれは」
それから、彼方の水平線から、白い帯が伸びて来ているのに気がついた。波が引いて、海の中に白砂の
「
ティフィンも目を細めて、水平線を見た。何やら近づいてくる者たちがいる。それが手に手に白木の高台を押し頂いた人であることが、しばらくして見てとれた。
その中から、ものすごい勢いで白い塊が飛び出してきた。
「あれは」
シェマは口元がほころんだ。
「
シェマは待てずに海の
どわっと、白い塊はシェマへ飛びつき、その勢いに押されたシェマを、うしろからティフィンが支えた。
すっかりシェマは
「うっ、う。すっかり犬らしくなって」
ティフィンは勘弁してくれとばかりに、
シェマは身体をずらして、
ティフィンは
それはシェマも同じで、「
「お犬さまの
先頭にいた白装束の男が、シェマたちに声をかけてきた。
「わしは、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます