16話 解毒
どうか、このかそけき者に加護と智慧をお授けあれ。ユーフレシア皇子の願いが
静かに水をたたえる湖の
(神の喜怒哀楽。その感情の起爆が入るきっかけを、人が知ろうとするのは恐れ多い。怒るときも瞬時だが、機嫌も瞬時におさまるのが、この
『その若者をおぶってェ、
『われの加護と智慧を授けるゥ』
参道を巡りながら、ティフィンは考えていた。
(ともかくも毒消しを、調達せねば)
この旅は、誰かに妨害を受けている。
こうしてシェマが狙われて、ティフィンは、さらに確信した。
(狙いの実は、ユーフレシア皇子だ)
シェマという少年も血筋で言えば皇族。だが、上皇亡きあとは後ろ盾はいない。万が一と暗殺を謀るなら、もうとっくに墓標の下の人になっているだろう。
このように狙われることを、ティフィンは想定していなかったわけではない。
だが、これほどまでに執拗にとは考えていなかった。
(そも、皇子の
だが、古代からのいわれを予言部が重視した。
皇子の
初代の帝が母国を戦乱で追われ、海をわたり、この地にたどりつくまでに、十三の難題と十三の悪鬼を葬った故事による。
試練を乗り越え、世継ぎとしての器を知らしめる行程なのだ。
今では
ユーフレシア皇子の下に、いく人か異腹のきょうだいが産まれてからだ。
だからこそ、身代わりを立ててまで、皇子の
身代わりの術とは、失敗すれば悲惨な術だ。
身代わりの器となる少年は、魂が近しいものがよい。年齢か、見た目か、やはり血か。
だから、ユーフレシア皇子に異腹の少年を差し出させてきた。
今生帝の
母親に子を差し出せとは、どういう説得をしたのだろう。
金と引きかえか。それとも、うまくいけば、ユーフレシア皇子が帝になったあかつきには、側近くに取り立ててやるとでも。泣き叫ぶ母から、いやがる子を引きはがしたかもしれぬ。
ともあれ、その異腹のきょうだいは、シェマが身代わりとなるまでの術の
『……ティフィン』
おぶさっているシェマの、ティフィンの肩に、だらりとかかっていた両の腕が持ち上がり、青年の首にやわらかくまわされた。脚は、うまく持ち上がらなかったが、ティフィンの腰をはさむ意思をみせた。
「皇子、脚が動かせるようになられたのですか」
驚くティフィンの首筋に少年の息が、ふふっと笑うようにかかった。
『
「……五周、しました」
『叔父上は目覚めぬなあ』
ユーフレシア皇子は、どういう気持ちになったのであろうか。両腕に力を込めて、ティフィンの束ねた髪の辺りに顔をうずめてきた。
ティフィンは首筋をくすぐられて、ぴくんと反応してしまった。それが武人にあるまじき子供のようで、ユーフレシア皇子は腹から笑えてきた。
「——同化が
ティフィンは、浮かんだ羞恥をごまかした。
『怪我の功名』
「急ぎ過ぎてはなりませぬ」
『うむ。叔父上を壊してはならぬ』
どこからか、
わう!
あたりまえのように、視界が白い光であふれ、気がつくとティフィンはシェマをおぶさったまま、湖の岸辺に立っていた。
ただし、来たときとは別の岸辺だ。
(ここから
ティフィンは太陽を見上げ、自分の影をたしかめた。
「あれれ、いつの間に」
ティフィンの背で、ようやくシェマが目を開いた。
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