7話  二之宮詣り〈天之岩船〉

 十三詣じゅうさんまいりは、はじまったばかりだというのに。

 シェマが、少しばかり沈んだ気持ちになっていると、外が騒がしくなった。ティフィンと保知ぽちが戻ってきたのだ。

 ウサギ五羽をしとめて帰って来た。


「どうやって⁉ 五羽も! この辺のウサギは、すばしっこいんですで!」

 男が興奮をおさえられない様子だ。


「仔犬が追い詰めてくれてだな」

 ティフィンが説明している。どうやら、保知ぽちが、すばらしく役立ったらしい。


 それよりも、土間の丸太の椅子に腰かけていたシェマが驚いたのは、目の前を、ちいさなわらしが、「わー」っと、ころがるように、ふたり横切って行ったことだ。

「すごいー」

「すごいー」

 保知ぽちに負けないぐらい飛び跳ねている。


「あっ、あっ、すいません。子供たちがっ」

 シェマのそばにいた女が、あわてた。

「お客さんがいる間は奥にいるように言ってるのに」


「えっ。あなたは宿の主の娘さんじゃなかったんですかっ」

 奥さんだったのかー。

 みえなかったー。

 娘さんかと。


 無邪気なシェマの言葉に女は目を丸くして、それから、はじらった。

「やっぱり、ええおかただ」


 その日の夕餉ゆうげは、雑炊とウサギの串焼きだったが、シェマの盛りだけが格別に多かった。





 次の日、夜のうちに降った雨は朝にはやんだ。

 こうやって、一雨ごとに春に近づいていけばいい。

 旅立つシェマとティフィンに、稲喰イナハミ村の宿の男は、にぎり飯をたくさん持たせてくれた。

 今度は、ティフィンの銀の粒のおかげだけではないだろう。女と、子のふたりも手を振って見送ってくれた。



「中級者向けのみちで行きます」

 シェマとティフィンは、ややけわしいみちを進みはじめた。

 昨日、みちをふさいでいた大枝小枝は除いていておいたから、思ったより早く、岩筒之男神いしつつのおとこがみの祭壇石までたどりついた。


 ティフィンは、近くのやぶから笹の葉を小刀で切ってきた。笹の葉にたまった露か雨粒を、さんと、一度はらって大岩のたいらな面に置いた。

 その笹の葉の上にシェマは持ってきたにぎり飯を、ていねいに三つ並べた。


石筒之男神いしつつのおとこがみさま、石筒之男神いしつつのおとこがみさま、お詣りいたします」

 シェマが手を合わせて祈ると、ぱぁっと日差しにも似た光が、大岩のたいらな面にあふれ、にぎり飯が、しゅんと消えた。

 と、大岩に胡坐あぐらをかいた青年神が、ひざに笹の葉ごと、にぎり飯を抱え、もう、もごもご口を動かしていた。


朝露あさつゆの民、十三詣じゅうさんまいりには絶好の日和じゃな』


石筒之男神いしつつのおとこがみさまに申し上げます」

 ティフィンが地面に平伏して、うかがいを立てた。


』、青年神の反応をたしかめて、ティフィンは懸念していたことを切り出す。

「このみちの先、倒木があるとのことでしたが、われら進んでよろしいものでしょうか」


『子供連れでは難儀であろうよ』と、青年神は。


「ですが、上級者向きの路は、さらに難儀」


『了解しておる』、石筒之男神いしつつのおとこがみは、にぎり飯を持っていない左手で、シェマとティフィンに、おいでおいでと手招きした。

 真意を図りかねていると、さらに青年神は、おいでおいでをするもので、保知ぽちが大岩に飛び乗った。「あっ」、シェマたちが止めるすきもなかった。


よしよし』、石筒之男神いしつつのおとこがみ保知ぽちの頭をなぜた。そして、『それ、おまえたちも』と、シェマとティフィンをうながしてきた。


「大岩に乗れと?」

 シェマがティフィンにたしかめる。

「そういうことのようだ」

 ティフィンも神の意向を図りかねたが、「乗ろう」と、大岩に足をかけた。


『さ。準備はできたか』

 いつの間にか、にぎり飯を完食した岩筒之男神いしつつのおとこがみは笹の葉を手慰みに降る。

しおもかなひぬ 。今は漕ぎいでな。天之岩船あまのいわふね


 こう、と輝きで応えたのは、大岩だった。


 とどろくこともなく大岩は、青年神とシェマ、ティフィンと一匹を乗せて、空中に浮きあがっていた。


二之宮にのみやまで送ってやろう。にぎり飯の礼じゃ』


「うわぁ」

 シェマは腰を抜かしかけていた。


『落ちぬようにな』

 ひひっと、岩筒之男神いしつつのおとこがみは笑った。


「ひぇえう」

 うつぶせになって涙目で、シェマは大岩にへばりつくのが精いっぱいだ。


「大丈夫だ。シェマ殿。結界で下までは落ちぬようになっておる」

 そう言いながら、ティフィンも片ひざ立ちで姿勢を低くしていた。


『お、武人はえるくちか。そうだ。結界を網のように張っているから、もし落ちても引っかけてやる。安心せえ』


「安心、できるならですねぇ」

 シェマは、ようやく身を起こした。


 天之岩船あまのいわふねは、二之宮のある山の山頂を目指している。

 山肌をぬっていく参道が、ほそく見える。その収束する先に、鳥居とほこらが見えてきた。


『二之宮、わが兄よ。十三詣じゅうさんまいりの男子を連れてきてやった。よしなに』

 青年神はほこらに向けて念を送った。どうやら、石筒之男神いしつつのおとこがみと二之宮の神は、兄弟神きょうだいしんらしかった。


『行け』

 空中に大岩は停止した。


「行け?」

 シェマには、わからない。


『人的には飛び降りるという動作じゃな』

 何でもないことのように岩筒之男神いしつつのおとこがみは言う。


「うわわわ、ん」


『ここまで楽をみてきて。最後ぐらい、困難に立ち向かえ』


「連れてきてくださいなんて言ってません!」


『産んでくれとは言ってないというのと同義の逆切れか。思春期じゃの』


 そのときだ。わう! と、保知ぽちが大岩を蹴って、空中へ飛び出した。


『犬に手本を示されておるではないかー』

 石筒之男神いしつつのおとこがみには、大うけだった。


「シェマ殿」

 ティフィンが、うしろからシェマを抱きかかえる。

「わたしがついております」


「う……う」弱弱しく頭を横に振るシェマに、『大丈夫だよ』、シェマの中のユーフレシア皇子が励ましてきた。

『わたしたちがついている』


「うん……」やっとシェマが決心したときには、ティフィンがシェマを抱えていて、シェマの足裏には空中しかなかったから、どのみち、飛び降りたんだとは思う。

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