9話  茶色毛皮の語ることには

 むかーし、むかし、ウサギがおったときゃ。

 ウサギには友だちがおった。サメという。

 ふたりは海に浮かぶ小島で暮らしておった。

 

 ある日、ウサギがため息をついているのをサメは聞いた。

「どうしたのだ。哀しそうだ」


 ウサギは言っきゃ。

「わしは天にある、あの月に行ってみたい」


 日に日に、ウサギのため息は深くなった。

 みかねたサメが言うこときゃ。


「そんなに月へ行きたいのなら、方法がある。今度、海の行き当たりにまんまるの月が出たら、わしがおまえさまを背に乗せて、そこまで連れて行きましょう。海の行き当たりに月が半分見えているときなら、そこから月へ行くことができるでしょう」


 まんまるの月が半分、海に出た夜。

 サメはウサギを乗せて、月を目指して泳ぎはじめた。


 ずぅっと、ずぅっと、どん、どん、どん。

 月までは遠くて近かった。

 やっと、月にたどりついたとき、サメは虫の息。それでも、「おたっしゃで」とウサギを送り出した。


 ウサギは月へ着いたうれしさに、サメの方をふりかえりもせず、ぴょーんと月へ飛び乗った。


 月には、月のウサギがすんでいた。

 銀の毛並みのうつくしいウサギと会ったとたん、ウサギは夢中になったときゃ。


 どのくらいの月日がたったのか。

 ある日、うさぎは月から地上を見下ろした。


(そう言えば、サメはどうしているだろう)


 あの小島で、まだ、ひとりでいるのだろうきゃ。

 気になったウサギは、銀の毛並みのうつくしいウサギに暇乞いをして、ぴょーんと小島に降り立った。


 だが、小島には誰もおらん。

 月と地上とでは時間の流れ方がちがったのきゃ。


 サメとウサギが、かつて暮らしていた家すらなく。

 サメのその後も誰も知らん。


 ウサギの心に、どっとさみしさがこみ上げた。


(どうして、わたしは残されるサメのことを考えなかったのだろう)


 ぽたぽたと、ウサギの目から涙がこぼれた。

 その涙が地に落ちると、草が生えてきた。その葉っぱは、ウサギの耳に似ていた。それが、ウサギ草ということきゃ。


 えーいさ、やっと。

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