20話 四之宮詣り〈加具土の民〉
もう
「さぁ、ここからですよ」
ティフィンに言われるまでもなく、風景が変わった。
樹木も草も生えていない。岩が、ごろごろところがった荒れた山肌となっていた。
「はるか昔にオロチが暴れたという跡です。今になっても、草も生えない
びみょうに消耗する。
「やはり、
仔犬は足元がくずれにくい場所を本能的に嗅ぎ分けるのか。たっ、たったっと歩んでいく。
全員、みな黙って進む。
じんわり、太ももや
目の前に大石が見えてきた。
自然石には、人の背の高さの倍の裂け目があった。
「あれが
その裂け目は、人ひとりしか通れそうもない。先は見えず、暗い。
「参りましょう」
一礼して進もうとするティフィンに、「あの」と、シェマは。「
強がりなど、すてている。
「ああ。しっかりとつかまってください」
ティフィンは笑ったりしなかった。
十歩。二十歩、歩いたろうか。
迫るようだった岩肌を抜け、向こうに出た。
そこは火口の中ほどだった。
シェマたちは、巨大なすり鉢の途中に立っていた。
「この火口こそが、
ティフィンの言葉に、シェマは祝詞をあげる。
「
火口に火はない。
「——もろもろの
一時あって呼応するように、すり鉢の底、火口の底から、一陣、紅い光が立ちのぼった。
「
ティフィンが高らかに述べる。
「そうか……」
紅い光の中に人型が浮く。
それは、ちいさい
「……」
眠ってしまったのか。
「——御休み中デス」
どこからか、くぐもった声がした。
どこか、わからない。
「
言われたとおりだ。
石と石の隙間に、両の手の人差し指と人差し指、親指と親指で輪を作ったほどの穴があった。
「捧げものに
「はい」
ティフィンはぬかりなく、
「ソレを穴に注ぎタマエ」
ティフィンから薬酒の入った
薬酒すべてを穴は飲み込んでいった。
ふ、しゅう。
かるい蒸気があがったかと思えた。
それから、白濁した、とろりとした液が穴から、ぽこぽこと湧き上がってきた。
それは白から赤金色に、それから黒みを帯びてきた。
「
こここご。
かるい振動がして、穴の辺りの岩が崩れた。
土煙が鎮まると、穴のくずれた辺りに人型が、すっくと立っていた。
それは荒削りの岩人形のようだった。目鼻も荒く、どこか苦悶の表情だった。
腹の辺りから、また荒削りな縄のようなものを生やしている。
「
荒削りの人型は、自分の腹を指さした。
生まれたての赤子が、
「
ティフィンはシェマをうながした。
「なんで切ったらいい?」
シェマは及び腰だ。
「
ティフィンの言葉で、シェマは守り刀のように手拭いでくるんで、ふところに入れていた水晶を取り出した。
シェマは、その水晶を赤黒い人型の腹に沿わせ、腹から生えている岩の縄を削ぐようにした。
果たして切れるものかと思っていた岩の縄は、人の耳に聞こえぬ音をたてて、きんと切れた。そして、縄は空中に
「おぉ、生まれたな」
目覚めたらしい。
「おいで。そのままでは里の者が驚く」
ひょこ、がく、ひょこ、がく。
赤黒い人型は不器用ですから、といった感じで、
その足が一歩を進めるたびに、赤黒い肌が落ち着いた。なだらかになった。人の肌に近くなった。髪も生えた。爪も生えた。
「
「カグツチ」
シェマはうなずいてしまってからティフィンを、ちらりと見た。
「御礼、申し上げます」
ティフィンが岩土の地面に座礼していた。
受け取るべきらしい。
「よろしくオネガイしマス」
すっぱだかの岩人、
「では。成就!」
一声、
「ああ、驚いた」
シェマは静まり返った火口を、ゆっくりとながめた。
今、見たことは夢かと思っても、となりに岩肌色の男がいる。現実だ。
「この人のことは、なんと呼べば」
「
ティフィンも、自分より背の高い大男を見上げた。
「荷を持ってもらえるのはありがたい。でも、このカグツチの食料もいるから、逆に荷がふえるのでは」
ぼやくと、大男は答えた。
「カグツチは食べなイ。時々、酒を飲ましてクレ」
「それは効率がよい」
ティフィンはうなずいた。
「……ともあれ、この従者が
そして、少し、とまどっている。
『われらに対する、大盤振る舞いではないか』
シェマの中のユーフレシア皇子が起きた。
『それか、あの神、寝起きで、ぼんやりしていたからではないか』
「ユーフレシア皇子とおんなじですね」
シェマが、いらないことを言った。
ユーフレシア皇子も寝起きで気がつかなかったようだ。
『
「さてモ、よぅ」
岩肌のカグツチが語りはじめた。
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