23話 遊び宿
群がってくる商売人たちをシェマたちは、かいくぐってヤチグサの屋敷に着いた。
赤い
「あねさん、おかえりんせ」
「ねえさん、おかえりんせ」
屋敷の敷居をまたぐと女たちが、いっせいに振り向いた。
ヤチグサの妹の多さに、シェマはびっくりした。
「おもてなしを頼むよ。
「そりゃ、歓迎せにゃ」
ふふ、と女たちは笑って腰をあげた。
「特別な接待はいらない。犬を土間で休ませてくれ。酒は、ほしい」
ティフィンが注文を付けた。
早速、女のひとりがシェマたちを部屋に案内してくれた。
通りに面した家屋から、いったん外に出て、中庭にある離れのような場所だった。
「
女はシェマを、ちらんと見てきた。
「もちろん、来てくれてもかまわないんだけどさ」
意味深にティフィンに目配せして、女は去って行った。
「だんな、ヤマブドウの酒だ」
入れ替わりに、さっきより若い女が須恵器のほそい首の
離れは、そう広くはなく二間ほどの造りだ。板張りの部屋には、木製の
「ありがたいですね。まだ夜は冷える」
シェマは早速、置いてあった
「カグツチ、飲め」
ティフィンは、カグツチを自分の側に呼んだ。
カグツチが
「おにいさんたら、
女は杯をカグツチに持たせて、ヤマブドウの酒をついだ。
カグツチは杯の酒を一気にあおった。
「——」
そして、どしんと、うしろにあおむけに倒れた。
「なしたまぁ!」
女が、あきれた声をあげた。
「床、めげてない?」
「思いのほかカグツチは酒に弱かったな……」
ティフィンは、カグツチより先に、倒れ込んだ板張りの床を点検した。大丈夫だった。
「酒を飲ませれば働くというから……。うわばみのように飲まれても困るが」
ほそい首の
「にいさん、あがりゃんせ」
女が、ティフィンに酒をすすめてきた。
「ぼっちゃんも」
シェマにもすすめてくる。
「わたしは飲んだことがなくて」
シェマは、やんわり辞退した。
「あら。
女は、ぐいと酒の杯をシェマに押し付けた。
「そうですね。ヤマブドウの酒は清水で、うすめて薬として飲むこともあります」
ティフィンはカグツチの、あまりのつぶれように考えたらしい。
「慣れておかれてもよろしいでしょう」
「では一杯だけ」
シェマは杯の中の赤いヤマブドウの酒を、くんと、まず嗅いだ。
「よい香りです」
「うれしいわァ」
女は、顔いっぱいで笑った。
「これは、わたすのお里で
女は語尾ねちっこく、上目使いでシェマを見てきた。
シェマには、女の言っていることが
それから、女がすりよってくるので、シェマは、だんだん
「うふふ」
女も、わざとやっている。
「酒は、もういいので飯を持ってきてくれるか」
ティフィンが女とシェマの間の床に、どんと手をついて割り込んだ。
しかし、また別の女が膳を運んできて、そのまま居座ろうとする。
「……飯だけでよい」
ティフィンは、女を追い返そうと
「あら、ここはそういう場所でございます。
ここはまかせて、とばかりに若い女に目配せして帰すと、シェマとティフィンの側に、ずいと座り込んだ。
「
「味気ないことを言うもんじゃありませんよ」
ヤチグサはティフィンを、かるくあしらった。
「ぼっちゃんも遠慮なさらずに、あがってください」
空になっていた杯に、シェマは酒を注がれてしまった。
「は、はい」
ヤマブドウの酒は口当たりがよい。
「料理は御口にあいましたでしょうか」
ヤチグサは、客の箸の進み具合でもたしかめに来たのか。
「おいしいです。この菜の入った
シェマは、刻んだ菜が入った
「塩をして保存しておいたダイコンの葉っぱですよ。都の方に出すには、はずかしいような田舎料理です」
「わたしたちが都から来たってわかるんですか」
思わず、シェマは聞き返した。
「言葉と。薬入れの紋章で」
ヤチグサは視線で、ティフィンの腰の薬入れを指し示した。ヤチグサには、イェルシャーライの紋章がわかったものらしい。
「そういえば
ティフィンは、うかがうようにヤチグサを見た。
「いえいえ。むかーし、都にいたことがございましたから、そのときの癖が抜けないだけでございます」
「ほぅ。むかし話など聞きたいものだな」
「年増の女のむかし話など、どもないものですよ」
それでも、どうやらヤチグサは話しはじめるようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます