23話  遊び宿

 十三詣じゅうさんまいりの参詣者は、よいお客さま。

 群がってくる商売人たちをシェマたちは、かいくぐってヤチグサの屋敷に着いた。

 赤い灯籠とうろうをさげた門を抜ける。この飾磨郡しかまのこおりでも、立派な建屋ではなかろうか。


「あねさん、おかえりんせ」

「ねえさん、おかえりんせ」


 屋敷の敷居をまたぐと女たちが、いっせいに振り向いた。

 ヤチグサの妹の多さに、シェマはびっくりした。


「おもてなしを頼むよ。十三詣じゅうさんまいりの、御一行さまだ」


「そりゃ、歓迎せにゃ」

 ふふ、と女たちは笑って腰をあげた。


「特別な接待はいらない。犬を土間で休ませてくれ。酒は、ほしい」

 ティフィンが注文を付けた。


 早速、女のひとりがシェマたちを部屋に案内してくれた。

 通りに面した家屋から、いったん外に出て、中庭にある離れのような場所だった。

母屋おもやは板戸一枚で、となりだから、ぼっちゃんには刺激が強いだろ?」

 女はシェマを、ちらんと見てきた。

「もちろん、来てくれてもかまわないんだけどさ」

 意味深にティフィンに目配せして、女は去って行った。


「だんな、ヤマブドウの酒だ」

 入れ替わりに、さっきより若い女が須恵器のほそい首のびんに杯、高台に木の実を盛って現れた。


 離れは、そう広くはなく二間ほどの造りだ。板張りの部屋には、木製の丸火桶まるひおけも据えてあった。


「ありがたいですね。まだ夜は冷える」

 シェマは早速、置いてあったむしろを移動して丸火桶まるひおけのそばへ持ってきた。

 丸火桶まるひおけは木をくりぬき、内側に真鍮しんちゅうを張ってある。中に灰をいれ炭火を用いる。女が炭の火をおこしし、燭台しょくだいのろうそくにも火をつけてくれた。

 

「カグツチ、飲め」

 ティフィンは、カグツチを自分の側に呼んだ。


 カグツチがむしろ胡坐あぐらをかくと、すぐに女がしゃくをしようと、すり寄った。

「おにいさんたら、かっちかちたくましい

 女は杯をカグツチに持たせて、ヤマブドウの酒をついだ。

 カグツチは杯の酒を一気にあおった。

「——」

 そして、どしんと、うしろにあおむけに倒れた。


「なしたまぁ!」

 女が、あきれた声をあげた。

「床、めげてない?」


「思いのほかカグツチは酒に弱かったな……」

 ティフィンは、カグツチより先に、倒れ込んだ板張りの床を点検した。大丈夫だった。

「酒を飲ませれば働くというから……。のように飲まれても困るが」


ほそい首のびんには、まだ酒がたっぷり残っている。

「にいさん、あがりゃんせ」

 女が、ティフィンに酒をすすめてきた。

「ぼっちゃんも」

 シェマにもすすめてくる。


「わたしは飲んだことがなくて」

 シェマは、やんわり辞退した。


「あら。十三詣じゅうさんまいりだ。もう、大人の仲間入りでよ」

 女は、ぐいと酒の杯をシェマに押し付けた。


「そうですね。ヤマブドウの酒は清水で、うすめて薬として飲むこともあります」

 ティフィンはカグツチの、あまりのつぶれように考えたらしい。

「慣れておかれてもよろしいでしょう」


「では一杯だけ」

 シェマは杯の中の赤いヤマブドウの酒を、くんと、まず嗅いだ。

「よい香りです」


「うれしいわァ」

 女は、顔いっぱいで笑った。

「これは、わたすのお里でかもした酒だ。雨上がりに山サ行って、ヤマブドウを摘むのさ。洗っちゃいけないんだよ。それをつぶしてかめに仕込むんだ。つぶすのは処女おとめの役目だ。わ、た、す、は、もう、できねェけどねェ」

 女は語尾ねちっこく、上目使いでシェマを見てきた。

 シェマには、女の言っていることがなまりも強いせいで、よくわからなかったが、「そ、そうなんですね」と、うなずいておいた。

 それから、女がすりよってくるので、シェマは、だんだんむしろからはずれて壁に寄って行った。

「うふふ」

 女も、わざとやっている。


「酒は、もういいので飯を持ってきてくれるか」

 ティフィンが女とシェマの間の床に、どんと手をついて割り込んだ。



 しかし、また別の女が膳を運んできて、そのまま居座ろうとする。

「……飯だけでよい」

 ティフィンは、女を追い返そうと膠着とんちゃく状態になっていると、ヤチグサがやってきた。

「あら、ここはそういう場所でございます。野暮やぼなことは、言いっこなし」

 

 ここはまかせて、とばかりに若い女に目配せして帰すと、シェマとティフィンの側に、ずいと座り込んだ。


女将おかみ。酒のしゃくなら自分でできる」

「味気ないことを言うもんじゃありませんよ」

 ヤチグサはティフィンを、かるくあしらった。

「ぼっちゃんも遠慮なさらずに、あがってください」

 空になっていた杯に、シェマは酒を注がれてしまった。


「は、はい」

 ヤマブドウの酒は口当たりがよい。


「料理は御口にあいましたでしょうか」

 ヤチグサは、客の箸の進み具合でもたしかめに来たのか。


「おいしいです。この菜の入っためし

 シェマは、刻んだ菜が入っためしが気に入った。飯粒の中の菜の緑が来る春を思わせ、絶妙な塩気でめしが何杯もいけそうだった。


「塩をして保存しておいたダイコンの葉っぱですよ。都の方に出すには、はずかしいような田舎料理です」


「わたしたちが都から来たってわかるんですか」

 思わず、シェマは聞き返した。


「言葉と。薬入れの紋章で」

 ヤチグサは視線で、ティフィンの腰の薬入れを指し示した。ヤチグサには、イェルシャーライの紋章がわかったものらしい。


「そういえば女将おかみは、この辺りの言葉ではないな。都の、生まれなのか」

 ティフィンは、うかがうようにヤチグサを見た。


「いえいえ。むかーし、都にいたことがございましたから、そのときの癖が抜けないだけでございます」


「ほぅ。むかし話など聞きたいものだな」


「年増の女のむかし話など、どもないものですよ」


 それでも、どうやらヤチグサは話しはじめるようだった。

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