第35話 ダズヒルの罠
ハツカがハッとしてダズヒルの方を見ると、
その吸血鬼君主はーーニヤリと笑った。
その笑みに、ぞくっーーとハツカの背筋が凍る。
その類の笑顔に覚えがあった。
冒険者ギルドで、自分を草むしりと見下し、悪戯に貶めることを楽しんでいた冒険者達の笑顔。
横を通り過ぎる時に足を引っ掛けてやろうとするような、下卑た企みを含んだそれらと、ダズヒルの笑みは同種の臭いがした。
(間違いない。ダズヒルは僕達が吸血鬼復活を予想していることを予想していた……!)
ということは、この状況はダズヒルが仕組んだ罠。
このまま計画通りに動けば危険だが、今さら勢いよく飛び出した体を止められない。
この状況からどうすればシルルを無事に助けられるか、ハツカは思考を巡らすがまとまらない。
(どこからどこまでが、ダズヒルの計画のうちだ……!? シルルの状態は? 本当に無事なのか。最悪の事態を考えるなら、シルルは血を吸われて既にグールに……くそっ、やぶれかぶれだ!)
後ろからは吸血鬼三人が迫ってきている。
もう考えている暇は無かった。
ハツカは、シルルを庇うように二人の間に滑り込むと、当初の予定通りシルルの髪の毛にスキルを使う。
「[髪の毛操作]!」
シルルの髪の毛を伸ばして、彼女を守る髪の毛の繭を作ろうとするーーが、
「えっ、どうして……」
シルルの髪の毛に対して、ハツカの[髪の毛操作]のスキルが発動しない。
そもそも、シルルの髪の毛の存在が感じられない。
「そんな……! 【髪の毛を統べるモノ】の力で髪の毛の存在が感じられないなんて、あるわけが……」
ハツカがシルルの方を振り返ると、先ほどまでとは違いシルルの姿がよく見えた。
その頭には、髪の毛の一本すら生えておらず、彼女はツルツル頭だった。
「ーーえ?」
シルルの少し明るい茶色の、弾むように可愛いショートカットは、その面影すら残さず全て刈り取られていた。
(シルルがーーはげ?)
シルルがハゲているというあまりに予想外な展開に、ハツカが固まる。
目の前のダズヒルがゆっくりこちらに歩を進めてくる。
その手には、シルルの髪を剃ったであろう剃刀が握られていた。
「くっくっく、何か策を考えていたようだが、所詮は人間の浅知恵。敵の虚をつくというのはこうやるのだ」
「主殿っ! 危ない!」
「きゅー!」
メデュラとオッさんが叫ぶが、固まっているハツカは即座に反応できない。
目の前では、ダズヒルが拳を振り上げている。
「ほら、冒険者ギルドでの借りを返すぞ」
ボグスッ!
吸血鬼君主、全力の拳がハツカの頬に叩きつけられる。
その威力は凄まじく、ハツカは部屋の反対側まで吹っ飛ばされ、入り口横の壁にめり込むように激突する。
「ぐはっ!」
咄嗟にオッさんだけは衝撃から守れるように抱え込んだため、受け身がとれなかったハツカが吐血する。
「大丈夫かっ、主殿!」
メデュラが駆け寄ってきて、倒れ込むハツカを支える。
「僕は……大丈夫。オッさんは?」
「問題ない。少々目を回しておるくらいじゃ」
「良かった」
ふらつきながら、オッさんを抱え直す。
ダズヒルを含む吸血鬼達が、そんなこちらを見てニヤニヤと笑う。
「くっくっく。我はやられたら必ずやり返す。分身体が貴様にやられたこととはいえ、まずは返しておかねばな」
「ヒャッハー! 超越者の野郎、ざまぁねえな」
「さすが吸血鬼君主様です」
「そのまま這いつくばるがいい」
「おっと、そうだ。念のため教えておいてやる。女には傷一つ付けていない。貴様に扱われると邪魔な髪の毛は剃らしてもらったがなあ!」
ダズヒルはそう言うと、シルルの拘束を解き、こちらに向かって放り投げてくる。
「なっ……!」
飛んできたシルルの身体を慌てて抱きしめるが、先ほどのダメージもあり、ハツカがフラつく。
「その女は返してやる。そもそも貴様をこの屋敷に招くための口実だからな。貴様がここを訪れた時点でその女は用済みだ」
ハツカは自分の腕の中、気を失ったままのシルルを見る。
身体に傷は無いし、グール化の兆候もない。
ダズヒルの言う通り、本当に無傷なのだろう。
だが、その頭はどう見てもツルツルだ。
完全にスキンヘッドーーハゲだ。
『ハツカさんっ、おかえりなさいっ!』
そう言って振り向く時に、小さく弾む彼女の短めの髪が好きだった。
『わあっ、今日も薬草いっぱいありがとうございますっ」
冒険者として、まともに活躍できず、バカにされ、夢を諦めそうになった時も、彼女のその姿、言葉、それら一つ一つが自分に元気をくれた。
シルルは女の子だ。
自分の髪の毛が失われたなんて知れば、悲しみは男の自分の比ではないはずだ。
自分に元気をくれた、支えてくれたあの笑顔が曇る。
そんなことーー
「絶対に許さない」
ハツカは胸にシルルをぎゅっと抱きしめると、部屋の奥にいる吸血鬼達を睨んだ。
「どう許さないというのだ。超越者とはいえ、所詮人間。吸血鬼君主である我に敵うわけがない」
余裕ぶったダズヒルの態度に、取り巻きの吸血鬼達が続く。
「そうだそうだ、吸血鬼君主様のーーあべひゅ!」
「うばっ!」
「ぶずんっ!」
その三人の首を一瞬で切り飛ばす。
ハツカがその場からオッさんの髪を薄く伸ばして斬りつけたのだ。
「ふ、ふんっ、そんな配下などまた我が復活させれば……」
ズババババッ!
ダズヒルの言葉が終わらないうちに、残った三人の首から下も斬り刻む。
「なっ、貴様! 何を!」
「復活だって無限にできるわけじゃないんだろう?」
いくらS級魔物の吸血鬼君主とはいえ、死んだ者を復活させるような大それたスキルを何回も回数制限無しで使えるわけは無いはずだ。
それに復活させるための肉体の損傷が大きければ、復活にかかる力も必然的に大きくなるだろう。
その予想は当たっていたようで、バラバラになった配下達を見て、ダズヒルが歯噛みする。
「くそっ! まぁいい。貴様など元より我一人で十分だ。我を怒らせた代償、高くつくぞ」
「別にいいよ。僕を怒らせた代償をお前は払いきれないだろうから。メデュラ、シルルをお願い」
ハツカは、シルルをメデュラに預けて、オッさんを小脇に抱え直す。
「う、うむ……、主殿?」
「ん?」
「……いや、なんでもない」
「そう。じゃあ頼んだよ」
メデュラが、少し気圧されたように口ごもっていたが、ハツカは気に留めずに小脇に抱えたオッさんに声をかける。
「オッさん。大丈夫?」
「きゅー!」と元気な声が返ってきた。
先ほどダズヒルに殴られた時の衝撃で目を回していたので心配していたが、どうやら大丈夫のようだ。
「さっきはごめんね、もう大丈夫だから」
ハツカは「気にするな」というようにこちらを見てくれるオッさんを抱え直し、ダズヒルと向き合うように構える。
「決着をつけよう。ダズヒル」
「人間ごときが決着などとおこがましい。格の違いを教えてやろう」
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