第14話 出会い

「おいコラ、オッさん! 人にぶつかっといて謝罪も無しかぁ? あ゛ぁん?」


「おー、痛い痛い。オッさんにぶつかられた右腕が折れたなー。これは慰謝料をもらわないと」


 ハツカとメデュラが騒ぎの中心に近づくと、そんな怒鳴り声が聞こえてきた。

 チンピラみたいな二人組の男に、誰かが絡まれているようだ。

 だが、通りにいる人達は皆、とばっちりを避けて見て見ぬふりをしていた。


「人間とは薄情なものよのう」


 それらを脇目にメデュラが吐き捨てるように言う。


「仕方ないよ。誰だって自分を守るのに必死なんだ」


 そんな人達をすり抜けてハツカ達が近寄ってみると、チンピラに絡まれているのは、身長がハツカの腰にも届かないほど小さいオッさんだった。

 身長が低いので一瞬子供かと思ったが、チョビ髭に中年っぽいずんぐり体系からオッさんであることは間違いないようだ。


 小さいオッさんは、チンピラ2人に威圧され、小動物のようにプルプル震えている。

 オッさんなのに、妙な庇護欲を掻き立てられたハツカは、気づけば彼を庇うように前に出ていた。


「あ゛あ? なんだてめえ!」


「あー、えーと……、なんでしょう?」


 オッさんを庇うために思わず飛び出してしまったものの、ハツカは荒事に慣れていないので、チンピラに睨まれて少し戸惑う。


「てめえその格好、冒険者か。イケ好かねえな」


「戦闘用のスキルを持ってるのが、冒険者だけだと思うなよ?」


 そう言ってチンピラ2人は、懐からナイフを取り出す。


「おおかた変な正義感で出てきたんだろうが、俺らは2人共【ナイフ使い】だ。それでもやろうってのか? あ゛ぁ?」


「やるっていうか……こんなに可愛いオッさんを2人がかりで責めすぎかなーと……。ちょっと落ち着こうよ、ね?」


「おいおい、兄ちゃん。俺ぁそこのオッさんに右手折られたんだ。悪いのはそっちなんだぜ」


 チンピラの片方がそう言いながら、折れているはずの右手でハツカの胸ぐらを掴む。 

 それでハッキリする。

 オッさんがチンピラ2人にぶつかったのは事実だとしても、それの被害を誇張してオッさんから金品をせびろうという算段なのだろう。

 折れてるという右手がしっかり動いているのがその証拠だ。


「それとも、冒険者さんよぉ。あんたがこの右手の骨折の慰謝料を建て替えてくれるってのか?」


 しかも刃物を抜いてこちらを脅してきているので、少々お灸を据えても問題ないだろう。

 ハツカは腹を決めてチンピラ2人相手に右手を上げて見せる。


「その程度で骨折って……、折れてるっていうならせめて僕の腕くらいでないと」


「ん? お前の腕がどうした……って、うわ! なんだこいつの腕!」


「やべえ! 四方向ーーいや、八方向くらいにバキバキに折れてやがる! なのにどうして平然としてられるんだ!?」


(よし、僕の腕に驚いてる隙に[髪の毛操作]で髪を引っ張って転ばせることができたら、その間にオッさんを連れて逃げよう)


 そう考えながら、ハツカはチンピラの片方の髪に意識を集中させる。


(できる限り弱く……最小の力で髪の毛を後ろに引っ張るイメージ……弱く……弱く……)


 グールと戦った時のような力でスキルを使ってしまっては、大惨事になるので細心の注意を払って[髪の毛操作]を行う。


(弱く……弱く……今だ!)


 できる限り優しく弱く[髪の毛操作]で、チンピラの一人の髪の毛を後ろに引っ張る。

 次の瞬間、


ボグシャアアアアア!!!


 尋常ではない力で髪の毛を引っ張られたチンピラの頭が、目には見えない速さで地面にめり込み、道の真ん中に小さなクレーターができた。

 隣にいたもう1人のチンピラもそれに巻き込まれて一緒に地面にめり込んでいる。


 当たり前だが、2人共白目を剥いて気絶している。

 手足がピクピク動いているので、生きてはいるようだ。


 あまりの惨状に、辺りがシーンと静まり返る。

 遠巻きに様子を見ていた周りの人々も、突然の轟音と地響きに何が起きたか理解できず、ポカーンとしている。


「え……?」


 何が起きたのか理解できていないのは、ハツカも同じだった。


(僕、最小の力で髪を引っ張ったよな……?)


「カーッカッカッカ! 絡まれていたチンピラ二人が足を滑らせて転ぶとは、主殿も運が良いのう」


 固まっていたハツカにメデュラが大袈裟に笑いながら声をかける。


「え、転んだ? え?」


「馬鹿者、話を合わせるのじゃ」


「あ、あー! そうだね! 転んでくれなかったら、危なかったなー!」


 周りの人たちに聞かせるように大声で話すハツカが、とてもぎこちない。


「じゃ、じゃあ僕達はこの辺で失礼しようかなー! ほ、ほら! オッさんもいこう!」


 ハツカはそう言うと、後ろでうずくまり震えていたオッさんを小脇に抱えると、メデュラと共にスタコラとその場を立ち去った。

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