第13話 事情聴取
気絶から目覚めたハツカは、メデュラと共にリールカーム冒険者ギルドの応接室に案内された。
応接室の机には、ハツカとメデュラ、シルルとフミが向かい合って座っている。
グールをはじめ凶悪な魔物にハツカとシルルが襲われた件について事情聴取を受けるためだ。
「本来なら私達じゃなくて、専門の職員とかお偉いさんが事情を聞く役なんだけどね。今は皆んなバタバタしてるから勘弁しておくれよ」
フミがそう言って笑う。
今ギルドでは、グール達魔物に対する対策として、調査隊や討伐隊を編成するのに手一杯なのだろう。
捜索対象だったハツカは帰ってきたが、凶悪な魔物が森に多くいることに変わりはない。
調査と討伐は中規模街リールカームを守るために急務だ。
大枠の情報はギルド職員でありEランク冒険者の資格も持つシルルが報告しているはずなので、Fランク冒険者のハツカへの事情聴取はさほど重要度が高くないのだろう。
「で、事情を聞く前にだけど、あんたそれ痛くないのかい?」
「そうですよ! 先に病院いきましょう! 頭だって酷い火傷じゃないですか!」
ハツカのひしゃげた右腕と焼けた頭を見て、フミとシルルが言ってくる。
グールに握り潰された時は折れた骨が飛び出たりしていたのだが、今は歪に曲がりくねっているだけで、痛みもほぼ無い。
頭は……、髪の毛こそ無いものの、火傷はカサブタのようになっており、ほぼ治っている。
メデュラ曰く「クラスアップした生き物は、身体能力や自己治癒力が飛躍的に向上するのでな。その程度の怪我は、一晩もあれば治るじゃろ」との事だ。
「いやいや、大丈夫! 折れてるだけだし、終わったら病院で回復魔法でもかけてもらうよ!」
何にせよ人外の再生能力だ。
医者や回復系の魔法使いに診せるわけにはいかない。
ただ、そんなに凄い自己治癒力なら、ハツカの髪の毛も再び生えていいようなものだが、髪の毛を生やす機能は全て焼けて死滅しているので無理なものは無理だそうだ。
再生はするが、復活はしないということらしい。
ちなみに、病院にいる回復系の魔法使いも怪我は治せてもハゲは治せない。
「なんでハゲだけ……」
「え?」
「なんでもない、なんでもない! ほら、腕も大丈夫だし早く事情聴取やっちゃおう」
ハツカが大丈夫そうに折れた右腕をぷらぷら振ってみせるが、シルルは「うー」と不満そうに唸っている。
「まあ、あんたが大丈夫っていうなら、私はかまやしないけどね。で、ギルドとして聞きたいのはグール達がどうなったかって事さ。複数のグールに襲われて生還なんて、Fランクの冒険者には不可能だろう」
フミは怪しんでいることを隠しもせずハツカに聞いてくる。
だからといって、本当のことを話すわけにもいかないので、ハツカは用意しておいた言い訳を披露した。
シルルを逃した後、必死にグールの攻撃を避け回ったこと。
気付いたら炎でハツカとグールも分断されていたこと。
そのまま必死に逃げて帰ってきたこと。
街中で力つきたところを、このメデュラという少女にギルドまで引きずってもらったこと。
メデュラについては、ハツカの家の近所に住んでいる女の子ということにしておいた。
「というわけで、運良く生還できたんだよ」
嘘まみれの報告を臨場感たっぷりに語り終えた終えたハツカは、満足そうにそう締め括った。
ふう、と汗をぬぐう仕草をするハツカを突き刺したのは、ギルド職員2名の「なにそれ、絶対嘘だろ?(でしょ?)」という鋭い視線だった。
「え、えーっと……、お二人ともいかがしました?」
二人に聞いてみても、じとーっと睨んでくるだけなので、ハツカはハハハとぎこちなく笑うことしかできなかった。
ギルドの応接室に薄ら寒い空気が漂い始め、ハツカももう誤魔化しきれないのかと諦めかけた頃、ぽつりとメデュラが口を開いた。
「主殿、説明は終わったかの?」
「……! お、終わった! というわけで、僕も病院いかなきゃいけないし、そろそろお暇しようかなーと」
「うむ、妾ももう疲れたぞ。早く帰って休みたい」
「そうだね! メデュラも僕をここまで運んできて疲れてるもんね! じゃあお二人とも、失礼しまーす!」
「ちょっと、ハツカさん! まだ聞きたいことが!」
手を伸ばすシルルをかわして、メデュラと共に勢いのまま応接室を飛び出る。
シルルの「その女の子とどういう関係なんですか!? っていうか主殿ってどういう意味なんですかー!」という叫びが、冒険者ギルドの廊下にむなしく響き渡った。
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「ふう、何とか逃げきった」
「結局逃げるなら、説明など不要じゃろうに」
冒険者ギルドから外に出ると、ハツカとメデュラは一息ついて、ゆっくり歩き出す。
「ちゃんとギルドの指示に従って、一応報告するっていうのが大事なんだよ。何事も形が肝心ってね」
「本当に人間は面倒よのう。主殿がそれで良いなら良いが」
「そもそもメデュラがもう少し時間をくれたら、もっと良い言い訳ができたのに」
「い、いやー……それはどうじゃろうなー……」
そう言いながらメデュラが視線を泳がせる。
「それにしても、どうして主殿は冒険者になったのじゃ。髪の毛の精霊の妾が言うのも何じゃが、【髪の毛使い】が魔物に挑むなど無謀もいいとこであろうに」
「あー、メデュラは知ってるか分からないけど、「黄金鎧の勇者」っていう冒険者に憧れたんだ」
「黄金、鎧……とな?」
「うん、昔から伝わるおとぎ話に出てくる英雄なんだけど、僕は子供の頃から「黄金鎧の勇者」が大好きでさ。いつか僕も彼みたいに世界中を飛び回って色んな人を助けるんだーって」
「……」
「親に反対されても子供の頃からバカみたいに冒険者になるんだって。自分のクラスが【髪の毛使い】だって分かっても諦めきれずにズルズルと……メデュラ? どうしたの?」
「……因果はそこで収束を……いや、だからといって人間にどうこうできるものでは……」
「え、なんて?」
「……! いや、なんでもない! そうか、主殿はそれで冒険者になったのじゃな。なら良かったではないか。クラスアップした今、主殿が間違いなく世界最強の冒険者じゃ。その黄金鎧とやらも夢ではないかもしれぬぞ?」
「急に与えられた力で最強って言ってもなぁ。いまいち実感が……」
グールを倒したのは自分だと理解していても、ハツカはいまだに【髪の毛を統べるモノ】という与えられた力に対して自分のものだとは信じられずにいた。
「ふむ、そういうことか……」
そう言うと、メデュラは空中に光でサラサラと字を書き始めた。
⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘
絶エズ研鑽ヲ重ネシモノ
⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘
「これは……」
「主殿のクラスアップ条件の一つじゃよ。ハゲただけでは【髪の毛を統べるモノ】の力を受け入れることはできぬのでな。これは与えられた力ではあるが、主殿が自ら掴みとった力でもある。自信を持たれよ」
「メデュラ……」
ハツカは、急に手に入れた強すぎる力に不安があったが、自分の努力が身を結んだものでもあると聞いて少し気持ちが軽くなる。
「うん、まだどう扱っていいか分からないけど、この力を使いこなせるように頑張ってみるよ。ありがとう、メデュラ」
「……なっ! ふん! 礼を言われるほどのことではないわ! 【髪の毛を統べるモノ】として、主殿にはしっかりしてもらわんといかんからじゃ!」
それにこの精霊を名乗る少女も、古臭い喋り方をするし、得体が知れないと思っていたが、案外優しいのかもしれない。
「そういうことにしておこうか」
「む、むむぅ〜……ん? 主殿。その力、さっそく実感できるやもしれぬぞ」
「え、どういうこ……」
ガシャーン! と、大きな音がした方にハツカが目を向ける。
通りの向こうが何やら騒がしい。
「なにかあったのかな?」
「いってみれば分かるじゃろう。ほれほれ、主殿、急ぐのじゃ」
「え、え、ちょっと! メデュラってば!」
ハツカがメデュラに促され駆け出すと、騒ぎの中心から怒声が聞こえてきた。
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