第15話 可愛いオッさん

「この辺まで来たら安心かな?」


 先ほどの騒動があった場所から三区角ほど離れた場所でハツカ達が立ち止まる。


「カッカッカ。大人しい顔をしておいて、主殿は豪快じゃのう。あのニ人、右手どころか全身の骨がボキボキじゃ」


 メデュラが言うあのニ人とは、先ほどハツカが転ばせた(地面に叩きつけた)チンピラ二人のことだろう。


「え、そんな酷いことになってるの? やっぱり戻ってせめて病院に」


「やめておけ、やめておけ。死んではおらんし、奴らの自業自得じゃ」


「うーん……、そうは言ってもなぁ」


「それより主殿は、まず【髪の毛を統べるモノ】の力をコントロールできるようにならねばな」


「それは確かに……反省してるよ」


 先ほどはできるだけチンピラ達に怪我をさせないように力を使ったのに、あまりに巨大な力を御しきれずに大惨事になってしまった。

 ハツカは、とんでもない力を手に入れたと再認識しつつ、早く力をコントロールできるようにならないといけないと決意した。


「今回のことは、妾が煽った部分もあるしの。徐々にできるようになっていけば良いのじゃ……っと、主殿。そろそろそれを降ろしてやったらいかがかの?」


「ん? それ?」


 メデュラの視線を追って自分の左手を見てみると、小さなオッさんが「むーっ! むーっ!」と、降ろして欲しそうにジタバタしていた。

 まるでハムスターのように短い手足を必死に振り回している。


(え、なにこの可愛い生き物)


 小動物的な可愛さにドキーンッと、ときめきそうになるが、自分が小脇に抱えているのが、先ほど助けたオッさんだということを思い出し、ハツカは慌てて下に降ろす。


「ごめん! ずっと抱えたまま忘れてた」


 下に降ろされたオッさんは、しばらくポカーンとこちらを見上げていたが、途中で何かにハッと気付き、ペコリペコリと何度もお辞儀を繰り返す。

 オッさんは、どうやらチンピラから助けてもらった感謝の意をこちらに伝えたいようだ。


「ピョコピョコと忙しない生き物じゃのう」


「生き物って……オッさんは僕と同じ人類だし、たぶん僕よりだいぶ歳上だよ」


 身体的特徴的におそらく種族は違うのだろうが、人間であることに変わりはない。


「こんなにちっこいのにか。人間の年齢感はよく分からんのう」


「そりゃ僕もこんなに可愛いオッさんは、人間の中でも特殊だとは思うけど……ん? どうしたの?」


 オッさんがハツカのズボンの裾を両手で一生懸命「んーっ! んーっ!」と引っ張っている。


「オッさん、どうしたの急に」


「ふむ、どうやら主殿をどこかに連れて行きたいのでは無いかの」


 メデュラの解説が当たっていたのか、オッさんはパァっと笑顔になると、何度もウンウンと頷く。


「どこかってどこさ?」


「妾が知るわけないじゃろ。たぶん主殿にお礼でもしたいのではないか」


 「それ、正解!」とでも言うかのように、オッさんが更に激しく頷く。


「凄いな、メデュラ。オッさんの言いたいことがそんなに分かるなんて、髪の毛の精霊を辞めてオッさんの精霊になった方が良いんじゃない?」


「そんな精霊存在せぬわ! そもそもオッさんの精霊ってなんじゃ!」


「冗談だよ、そんなに怒んないでよ。けど、まいったな。お礼なんてしてもらうつもりなかったから」


 ハツカとしては、お礼が欲しくて助けたわけでは無いので、わざわざお礼など申し訳ない。


「お礼なんて気にしないで。次からはあんな輩に絡まれないように気をつけるんだよ」


 しゃがんでオッさんと目線を合わせたハツカは、オッさんの頭にポンっと手を乗せながら優しく告げる。


「それじゃあ、僕たちは行くから。気をつけて帰ってね」


 そう言ってハツカが立ち去ろうとすると、オッさんはお礼が出来ないことが悲しいのか、見るからにしょんぼりしている。

 ウルウルと、捨てられそうな子犬のような目でハツカを見てくる。


「おいおい、主殿よ。あの目を無視するのかの?」


「くっ……! その目は反則……いや、でも!」


 オッさんの可愛いさの前に苦悩するハツカ。

 見かねたメデュラが、オッさんのカバンに何かを見つけ、助け舟を出す。


「オッさんよ、そなたのカバンに入っているその紙の束は何かの?」


 メデュラのその言葉に、ハッと何かを思い出したオッさんは、自分のカバンに入っている紙の束から、一枚を抜き出してこちらに差し出してくる。

 どうやらその紙を貰って欲しいようなので、ハツカはそれを受け取る。


「ん? なになに?」


 オッさんから受け取った紙はどうやらチラシのようだ。

 チラシにはこう書かれていた。


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「あー、レンタルオッさん。リールカームにも支店ができたんだ」


 ハツカがメデュラにも分かるようにチラシの内容と、レンタルオッさんについて説明してやる。


「ふむ、つまりレンタルオッさんとは、金品を支払い、時間単位でオッさんを雇うサービスといったものか。要するにオッさんが行う何でも屋じゃな」


「理解が早くて助かるよ」


「なに、これでも神が創りたもうた世界の理の一端を担う身。精霊にとっては造作もないことじゃ」


「あはは、そうだね」


 そんな大袈裟なことでは無いとは思いつつも、否定はしない。


「ということは、先程このオッさんは、そのレンタルオッさんのチラシ配りをしているところ、チンピラに絡まれたということじゃな」


 メデュラの言葉に「うん! うん!」と頷きつつも、オッさんはチラシの裏面を指差してこちらに見せようとしてくる。


「ん? 裏面に何か書いてあるの?」


 改めてハツカがチラシの裏面を見てみると、そこには「所属オッさん一覧」と書かれており、幾人ものオッさんの似顔絵が並んでいた。

 ダンディなオッさん、ムキムキなオッさん、優しそうなオッさんなど、十数人の色んなオッさんが、レンタルオッさんリールカーム支店には在籍しているようだ。


 その中の一つに、この小さいオッさんの似顔絵もあった。

 小さいオッさんは、自分の似顔絵の部分を指差してピョンピョン跳ねている。


「なるほど。主殿や。オッさんは、お礼の代わりにサービスするから店に来て欲しいそうじゃ」


 メデュラに翻訳して貰いながら、オッさんは「任せろ!」と言わんばかりに胸を張る。


 オッさんとしては、なんとしても先程のお礼をしたいようだ。

 ハツカも、ここまでされてはオッさんの提案を無下にするわけにもいかない。


「分かった。じゃあまた近いうちにお店に寄らせて貰うよ。その時はよろしくね」


 ハツカがそう言うと、オッさんはパァッと明るく笑い、嬉しそうに辺りを駆け回る。

 そして、そのままチラシを貰ったハツカとメデュラは、オッさんと別れ、ようやく帰路についたのだった。

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