第16話 ど、どどどどど
「ほう、ここが主殿の家か」
「一人暮らしだから、狭いのは勘弁してよ」
「なに、妾はそんなこと気にはせぬ。主殿がいるところが妾の居場所じゃ」
中規模街リールカーム、その中央部を挟んで冒険者ギルドの反対側、一般居住区に立つアパートの一室が、現在のハツカの家だ。
ワンルームの質素な部屋、特に変わったところといえば、少し本が多いことくらいであろうか。
本の中心は、魔物図鑑や髪の毛のケアに関する物が大半で、ハツカの冒険者に対する姿勢が滲み出ていた。
「これが、主殿の言っておった絵本か」
その中でも特に年期の入った一冊を見つけて、メデュラが手に取る。
ところどころ色が剥げて擦れているが、大事に何年も読まれ続けてきたので、本としての体裁はしっかりしている。
その絵本のタイトルには「黄金鎧の勇者」と書かれていた。
「よほど好きなのじゃな」
「この歳になって絵本なんて恥ずかしいけどね」
「なに、憧れや夢は人それぞれじゃ。妾は笑わぬよ」
そう言いながら、メデュラは優しく微笑み、絵本の表紙をなでる。
今日出会ったばかりだというのに、この自称精霊の少女は、ずっとハツカのことを認め、尊重してくれている。
今まで夢や憧れを馬鹿にされ続けてきたハツカにとってそれは、くすぐったくはあるが、嬉しいことでもあった。
「ありがとう、メデュラ。それじゃあ今日は色々あって疲れたし、もう寝ようか」
「そうじゃの。妾ももう眠い」
メデュラがあくびをしつつ、背伸びする。
その時に思っていた以上の体のラインが服の上から見え、ハツカは目を反らす。
(シルルほどじゃないけど、メデュラもなかなか……って、僕は何を考えてるんだ!)
「せ、精霊でも眠くなるんだね! 僕は床で寝るからメデュラはベッドを使って!」
照れ隠しもあり、ハツカは毛布だけ被って床に横になる。
「待つがよい。主殿を床に寝かせるわけにもいくまい。妾が床で構わぬ」
「そうは言っても、メデュラも女の子だし! 僕は下が固くても寝れる人だから!」
「ここは主殿の家じゃ、妾に気を使う必要はない」
「ダメだよ!」
「ならぬ!」
ハツカとメデュラがそういったやり取りをしばらく続けた後、結果として……
(どうして僕は今日初対面の女の子と一緒にベッドで寝てるんだー!!!)
ワンルームに一つだけのベッドの上、ハツカとメデュラは並んで横になっていた。
最終的な決め手としては、「よもやその歳で童貞ではあるまいし、同衾など大したことではなかろう」というメデュラの挑発に「ど、どどどどど童貞なわけないし!」と見事にハツカが乗せられたことだった。
(ど、どどどどどどうすればいいんだ!)
もともと一人用のベッドなので、顔を右に倒せばすぐ目の前でメデュラが「すぅ……すぅ……」と、寝息を立てている。
しかも、改めて見てもメデュラは人間離れした超ド級の美少女である。
綺麗なピンク色の髪の毛の束が少し、顔にかかっていて妙に色っぽい。
二十一歳にして、童貞のハツカの心臓は、落ち着かないどころか破裂寸前だった。
(女の子とキスすらしたことないのに、いきなり一緒に寝るとかどんな展開!? ……いや、キスはしたのか?)
グールとの戦いの最中、急に現れたメデュラに口づけされたことを思い出して顔が熱くなる。
(あの時はいきなりだったから覚えてないけど、柔らかかった……ような)
思い出そうとしながら、当の唇が目の前にあるものだから、つい見入ってしまう。
「ん……んぅ……」
「……!!!」
メデュラが少し身じろぎをする時にこぼす声にドキっとする。
しかも、視界の下の方に映る谷間はもしかして……
(ダメだ! ダメだ! そんなの見ちゃダメだ!)
必死の自制心でガン見はせずに、チラ見する。
(これは、たまたま視界に入っただけだ。見ようとしていたわけじゃないから仕方ないんだ。それにしても……)
視界の下の方をチラ見しつつ、ハツカは今日の出来事を反芻する。
(今日は本当に色々あった……)
シルルとの薬草集め、魔物との戦闘、【髪の毛を統べるモノ】へのクラスアップ、メデュラとの出会い。
(ってそうだよ! よくよく考えたら何で初めて出会ったばかりのメデュラと自然に一緒に住むみたいな流れになってるんだ!?)
ハツカ自身、不思議に思うほどメデュラと一緒にいる時間が自然なものになっていることに驚く。
更に驚くことに、
(それも別に嫌じゃないんだよなぁ……)
メデュラは本当に不思議な少女だ。
(突然現れて、キスしてきて、そしたらいきなりクラスアップして……分からないことだらけだ)
分からないけど、不思議と居心地がいい。
(もしかしたら、本当に精霊なのかも)
難しく考えなくても、今はそれでも良いかとハツカは思えた。
ただ、それは置いておいて。
隣の美少女に対して胸の動悸が治らないことに変わりはない。
いつまでも胸をチラ見しているわけにもいかないので、ハツカは一晩中バキバキの右手が自然回復していく様を眺めて気を紛らせようと努力するのであった。
(ひーん! ね、眠いのに、眠れない……!!!)
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