第2話 冒険者ギルド
「はぁ、気が重い……」
慣れたと言っても、バカにされることは誰だって嫌に決まっている。
一日かけて薬草を数十本ばかり採取したハツカは、冒険者ギルドに帰ってきていた。
薬草採取依頼の達成報告と、報酬を貰うためだ。
受付で薬草を渡して帰るだけなのだが、その間に飛んでくるヤジの事を考えるだけで憂鬱になる。
ここは、中規模街リールカームにある冒険者ギルド。
もちろん、冒険者に仕事を斡旋するための施設だ。
冒険者とは、街の外に魔物が蔓延るこの世界で、魔物退治や危険地帯での素材採取や護衛などの依頼を受ける職業である。
冒険者の実力は冒険者ギルドによってA~Fまでランク付けされており、ランクによって受けられる依頼の難易度が決まっている。
Fランクの冒険者は、危険度Fの依頼しか受けることはできないが、Aランクの冒険者はA~Fまでどの依頼でも受けることができる。
ハツカの冒険者ランクは、もちろん最下位のFランクだ。
一つ上のEランクへの昇格条件に魔物の討伐依頼を複数達成することが盛り込まれているため、魔物と戦う術を持たない【髪の毛使い】では昇格が不可能なのだ。
当然、六年間もFランクを続ける冒険者なんか存在せず、遅くても半年ほどでEランクに昇格する。
「冒険者を辞めようにも、他の仕事もできないしなぁ」
いつまでもここでウジウジしていても仕方ないので、ハツカは覚悟を決め、冒険者ギルドの扉を開けた。
「お、草むしりが帰ってきた」
「今日も薬草ばっかりみたいだぜ」
「草むしりー! 今日はどんな魔物を倒したのー?」
「いやーん! 僕ちゃん冒険者なのに、弱いから薬草集めしかできないのー」
『ギャハハハハハハ!』
入口の扉をくぐると、いつも通りのヤジが飛んできた。
今さら相手をするのも面倒なので、そのまま素通りして受付カウンターに向かう。
その時に冒険者ギルド内に併設されている酒場の横を通るのだが、そこからもヤジが飛んでくる。
「草むしりのくせに無視すんじゃねー!」
「許してやれよ。草むしりに使う長ーい髪が邪魔で聞こえないんだろうぜ」
「違えねえ。草むしりのハツカさんは、世にも珍しい【髪の毛使い】のクラスだもんなー」
『ギャハハハハハハ!』
酒場では今日の依頼を終えた冒険者達がハツカの悪口を肴に一杯やっている。
毎日飽きないものだと思うが、娯楽の少ない中規模街だから仕方ないのだろう。
すべて無視して、受付カウンターに今日採取してきた薬草を全てのせる。
「おかえりなさい、ハツカさんっ」
周りのヤジとは違う澄んだ声でハツカに声をかけてきたのは、このリールカーム冒険者ギルド受付嬢のシルル。
「わぁ! 今日もたくさん採れましたね。薬草はいつも供給不足なので本当に助かります」
シルルは、そう言って少し明るい茶色のショートカットの髪を弾ませて微笑んでくる。
このギルド内でシルルだけは、ハツカのことをバカにせず、こうやって労ってくれるので、ハツカの数少ない心の拠り所になっている。
「そんなこと言ってくれるの、シルルさんだけだよ」
「ふふ、そんなことないですよ。冒険者にとって薬草で作ったポーションは必需品ですから。皆さんもハツカさんにきっと感謝してますっ」
絶対そんなことない。と思ったが、言わないでおく。
「それに隣村からの行商さんが今月は遅れてるみたいで、いつもより街の薬草が不足ぎみなんですよね」
「え、あのオジさんが? 今までそんな事なんて一度もなかったのに、珍しいこともあるもんだね」
「そうなんですよ。ちょっと心配です。じゃあこちらが、依頼の達成報酬になりますので、確認お願いします」
「ひい、ふう、みい、確かに。ありがと……ぐふぁ!」
シルルから報酬を受け取ろうとしたところ、横から何かがぶつかってきてハツカが吹っ飛ばされる。
「いたのか、草むしり。悪ぃな、無能過ぎて見えなかったわ。ガハハハハハ!」
「ゴルデオ!?」
ハツカを吹っ飛ばして受付に割り込んできた男の名前は、ゴルデオ。
【剣使い】のクラスを持つ冒険者だ。
その筋骨隆々とした身体と、強力な【剣使い】のスキルで既に街一番の冒険者と言っても過言ではない。
冒険者としてハツカと同期だが、既にCランクだったりする。
「お前まだ冒険者続けてたのか。雑魚クラスの無能なんだから、とっとと辞めちまえ。ギルドでちょろちょろされるとそのクソ長い髪の毛が目障りなんだよ」
そう言いながらシッシッと犬にするように手を振る。
「くっ……!」
だんっ! と立ち上がりゴルデオを睨み付ける。
「あん? なんか文句でもあんのか、草むしり」
悔しいが、睨み返されると何も言えない。
冒険者にとって、魔物退治が一番の仕事なのだ。
それが出来ないハツカは冒険者として、やはり無能なのだろう。
「無能なんかじゃありません!」
シルルが、ハツカを庇うようにスッと前に出てきた。
「なんだてめぇ」
「ハツカさんは、冒険者としてきちんと貢献してくれています。今リールカームで回復ポーションが安定供給できているのは、ハツカさんが毎日コツコツ薬草を集めてくれるおかげです!」
シルルが自分をそんな風に思ってくれていたことに感動したハツカだが、気付いてしまった。
ハツカからは後ろ姿だけで顔は見えなかったが、シルルの背中が震えている。
当たり前だ。
こんな大男の前に立つなど、誰だって怖いに決まっている。
それなのにシルルは、ハツカを庇うために前に立ってくれたのだ。
「今言った言葉、取り消して下さい!」
「たかが受付嬢のくせにCランク冒険者の俺様に意見しやがって。イラつかせてくれるじゃねえか」
「ランクなんて関係ありません! ハツカさんに謝って下さい」
「あーもうウゼえな。草むしりに俺様が謝るわけがねえだ……ろ!」
ゴルデオが拳を握り、シルルに向かって振り下ろす。
(まずい! ゴルデオは本気でシルルさんを殴る気だ。間に合えっ!)
「待て! シルルさんに手は……へぶぉしっ!!!!!」
間一髪。
ハツカはニ人の間に滑り込むが、ゴルデオの拳を食らって大きく吹っ飛ばされた。
ギルドの壁にぶつかり、少しめり込んでいる。
頭を打ったのだろう。
「きゃーー! ハツカさんっ!」
薄れる意識の中でハツカは、悲鳴を上げながら自分の名前を呼ぶシルルの声を聞いていた。
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● 絶エズ研鑽ヲ重ネシモノ
◯ 研鑽ノ全テヲ失イシモノ
◯ ソレデモ誰ガタメニ抗イシモノ
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