第33話 三人の吸血鬼
『グァあアアア』
『ウうゥゥゥゥ』
『ハラ、ヘッタ。ハラ……ヘッタ』
廃墟の間から、ゾロゾロとグール達が現れ始める。
『人間ダ』
『食ベル、人間、食ベル』
『オレ、イチバン、人間、食ウ!』
グール達はこちらに向かってくるが、相変わらずスピードは遅い。
ダズヒルに指定された時間まであと一時間以上あるが、彼が約束を守るとは言い切れないので、全てを相手にして時間をロスするわけにはいかない。
「突っ切るよ、二人とも!」
ハツカがオッさんを小脇のオッさんを抱え直して駆け出し、メデュラが浮遊しながらそれに続く。
「オッさん!」
「きゅ!」とオッさんが構えると、ハツカが[スキル]で彼の髪の毛をしゅるしゅると伸ばす。
進行に邪魔な最低限のグールをその髪の毛で捌きつつ、三人が駆け抜ける。
「主殿、受付嬢の場所は分かっておるな?」
「村に入る直前に探査しておいた。シルルがいるのは奥の一番大きな建物、たぶん村長さんの屋敷があったところだ!」
「おそらくそこに吸血鬼君主もおる。油断するなよ」
「うん、何の罪もない人たちをこんな風にして、あいつだけは絶対に許さない!」
吸血鬼君主ーーダズヒルによって魔物へと変えられてしまったグール達を見る。
彼らも、元はこの村でただ生活をしているだけの人間だったのだ。
それが今はただ餌を求めて徘徊し、ダズヒルの命令を聞くだけの魔物にされてしまっている。
「じゃから熱くなるなと言うておる。空を見るのじゃ」
「空?」
メデュラの言葉に、視線だけ上に向ける。
村全体を覆うように暗雲が立ち込めていた。
その雲と、周りを囲う森の木々のせいで村全体に太陽の光が届かなくなっている。
「あの雲も、おそらく吸血鬼君主の仕業じゃ。太陽光は吸血鬼共の弱点。暗く陰った自分に有利な戦場で戦うためにあの受付嬢を人質にし、主殿をここに招いたのじゃろう」
吸血鬼は弱点の多い魔物だ、と言われているがそれらのほとんどが迷信だ。
銀、流れる水、十字架、などなど。
しかし、その中で唯一確実に弱点とされているのが太陽の光だ。
ただ、それで倒せるわけではなく、吸血鬼が直接太陽の光を浴びれば弱体化するといわれている。
ダズヒルがリールカームの冒険者ギルドに来た時、本体ではなく分身体を送ってきたのも、出来るだけ本体が太陽光を避けたかったのだろう。
「本体は分身体の三倍強いなどと言っておったが、あれは誇張ではないぞ。気をつけるのじゃ」
メデュラの言葉を聞いて、オッさんがキュ~……と、不安そうな声をあげる。
「大丈夫だよ、オッさんは僕が守るから。分かったよ、メデュラ。油断せず作戦通りにあいつを倒す」
「うむ、その意気じゃ」
三人はグール達を倒さず、振り切りながら村長の屋敷を目指して駆け抜けた。
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ハツカ達がグールを振り切り、辿り着いた村の一番奥にそれはあった。
崩れはてた廃墟のなか、唯一村長の屋敷だけが無傷で残っている。
外壁は相応に年季を感じさせるが、部屋数も二十は下らないであろう大きな屋敷は、中規模街に隣接する辺境の村の建物としては、破格に立派だ。
今はそこから禍々しい気配を感じる。
「一つは吸血鬼君主ダズヒル、隣にいるのはシルルだとしても……それ以外の反応が三つ?」
オッさんの髪の毛が、虫の触覚のようにぴょこぴょこ動き屋敷の中を探査すると、奥にいるダズヒルとシルルの他に、入り口すぐのホールに三つの反応があった。
それらは、グールのように徘徊するでもなく、ハツカ達が入ってくるのを待ち構えているようだった。
「おそらくその三つの反応は配下の吸血鬼じゃ。さすがにグールだけではないと思っておったが、三人もおるとは」
「その吸血鬼って……」
「まずこの村の住人だった者じゃろう。吸血鬼に血を吸われた者は下位の魔物であるグールになるが、稀に吸血鬼となれる個体がおる」
「そうか……」
ハツカが悲痛の面持ちで唇を噛み締める。
「グールより手強いが、大丈夫じゃな?」
「うん、ありがとう。大丈夫」
メデュラが確認してくれているのが、単純に戦闘力のことを言っているのではないとハツカには伝わっていた。
グールではなく、吸血鬼ということは魔物になりつつも、より人間としての意識を強く持っていることを意味する。
だが、どれだけ相手が人間味を残していようが、元は何の罪もない村人だろうが、吸血鬼は魔物。
決して相容れないその存在を相手に容赦なく戦えるのか、ということをメデュラは聞いてくれているのだ。
「正直、まだそのあたりの覚悟はできてないと思う。魔物と戦うことだけですら足が震えるよ。けど」
ハツカは小脇に抱えたオッさんを見、次に正面の扉ーーその奥の更に奥にいるシルルの反応を見る。
「それでも自分が戦わないと守れない人がいるなら、僕は戦うよ。相手が誰であっても」
「黄金鎧の勇者」のように、誰かを守れる冒険者になりたいのだ。
ハツカは屋敷の扉に手をかけ、バンっと勢いよく中に入る。
そこは屋敷というに相応しい豪華なロビーになっており、赤い絨毯に沿って太い柱が荘厳に並ぶ正面奥には、大きな階段があった。
そこの階段に腰掛け、ハツカ達を待ち構える影が三つ。
「くけけけ、来たぜ。あれが君主様のいう超越者か」
「そうですね、君主様から聞いている特徴と一致します」
「わざわざ死にに来るとは、酔狂なやつだ」
それぞれ仕立ての良い礼服を身につけ、口元からは人間には存在しない牙が覗いている。
吸血鬼だ。
しかし、まるでそこには何もいないかのような態度でハツカ達は彼らの前を素通りし、階段に足をかける。
「おいおい、いきなり無視かよ」
「超越者とはいえ、人間が舐めた真似をしてくれますね」
「万死に値する」
「君達も被害者なんだって分かってるんだ」
吸血鬼の一人がハツカの肩に手をかけるも、ハツカはそれでも歩みを止めない。
「あ? 被害者がなんだって?」
「少しでも話をすると、情が移って戦えなくなるといけないから」
ハツカ達は振り返らずに階段を登り続ける。
「話など、私達もするつもりはありませんよ」
「そうだ。お前は俺らの餌なんだからよお!」
「死ね」
吸血鬼達がその無防備な背中に牙を剥き、飛びかかる。
「だから、入る前に終わらせてもらった」
『は?』
それが三人の吸血鬼の最後の言葉だった。
今にもハツカに飛びかかろうとしていた三人の頭から股まで、一直線に亀裂が入ったかと思うと、全員そこから真っ二つになる。
左右にゆっくりと倒れるそれらは、きっと最後まで自分に何が起きたのか理解できなかっただろう。
彼らを両断したのは、ハツカ達が屋敷に入る前。
扉の隙間から中へと差し込んだオッさんの髪の毛を使い、茹でた卵を細い糸を使って切る要領で、気づかれぬよう一瞬で切り裂いたのだ。
「ごめんね。あとでちゃんと弔いにくるから」
階段に重なるように倒れている吸血鬼達だったものを背にハツカは進む。
一度魔物になった人間は元に戻ることはないので、討伐するしかない。
分かってはいるが、そうすることしかできない自らの無力さに、ハツカは奥歯を強く噛み締める。
彼らだって、ただ普通に生きているだけの村人だったのだ。
オッさんを抱える手にもつい力が入り、「きゅ?」と心配そうな顔を向けられる。
「主殿が悪いわけではない。こうするしかないのじゃ」
「うん、ありがとう……」
二人の優しさが胸に刺さるが、今は歩みを止めるわけにはいかない。
シルルを助け、こんな事態を引き起こした吸血鬼君主を倒し、街を救うのだ。
「いこう」
階段を登りきった先、絢爛な装飾の施された大扉に手をかける。
その向こうに吸血鬼君主ダズヒルと捕えられたシルルがいた。
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