第27話 ギルドマスター フオーコ

「誰か! 仲間が! キースがヤバいんだ!」


 冒険者ギルドに飛び込んできた男は、開口一番そう叫んで、肩に背負っていた人物を床に下ろした。

 下ろされた人物を見て、お祭り騒ぎをしていた冒険者達の顔色が変わる。


「おい。背負われてきたやつ、キースじゃねえか!」

「キースは先行して森の調査に行ったはずだろ?」

「それより、すげえ怪我してやがる!」


 床に下ろされた男ーーキースには、ハツカも見覚えがあった。

 彼は、リールカームのCランク冒険者で、【風魔法使い】。

 ハツカはもちろん直接の関わりはなかったが、風魔法を使った探査や補助がギルド内でも評判のベテラン冒険者だ。


 どうやらそのクラスを見込まれて、ギルドの調査隊に先駆けて、森の先行調査に出向いていたようだ。

 そんな彼が体中の裂傷から血を流し、ほとんど虫の息で横たわっている。

 Cランクの冒険者にいったい何があればこんなことになるのか。

 すぐにでも回復魔法で、怪我を癒さないと命が危ないが、回復魔法が使えるクラスは希少だ。


「誰か! 回復魔法スキルを使える方いませんか!?」


 ハツカは立ち上がり叫んだが、これだけ冒険者がいる中でも回復魔法の使い手がいるかどうか。


「ハツカさんっ! わっ、私、回復魔法使えます!」


 受付嬢のシルルが、魔法杖を持って飛び出してきた。


「そうか、シルルは【魔法杖使い】だ」


 普通、魔法使い系のクラスは、炎や水といった一つの属性しか扱えないが、【魔法杖使い】は、杖を媒介にすることで、どれも初級魔法のみという制約があるものの様々な属性の魔法を扱うことができる。

 もちろん、回復魔法もだ。


「[プチヒール]」


 シルルは、キースに向けて杖を構えると、回復魔法のスキルを使った。

 シルルの杖から放たれた淡い光がキースを包む。


 初級の回復魔法なので、傷が塞がる速度こそ遅いが、これでキースは助かるだろう。

 周りの冒険者達も、これで一安心だと胸を撫で下ろしている。

 だが、ハツカは何か違和感を感じていた。


(なんだ? 何かがおかしい気がする)


「ねえ、メデュ……」


「フォッフォッフォ。お前さんも気付いたか?」


「うわっ!」


 違和感についてメデュラに聞こうと振り返ろうとしたら、急にお爺さんがぬっと顔を出してきたので、ハツカが驚く。


「って、え!? ギルドマスター!?」


 そのお爺さんは、この冒険者ギルドのギルドマスターだった。

 彼はその自慢の長髭を整えながら続ける。


「そう驚くでない。ここは冒険者ギルドなのだから、ギルドマスターであるワシがおっても何もおかしくはないだろう」


「それはそうですけど……」


「なーに、今この状況に疑問を持っておるのがお前さんだけのようだからな」


 彼は現役時代Aランク冒険者だったという話を聞いたことがあるが、昔からどうも掴みどころが無いので、ハツカは彼が少し苦手だった。


「自分の感覚なんて常に不確かなものだ。疑えとは言わんが、疑いもせずに盲信すれば必要なものまで見落してしまう。その点、お前さんは心配なさそうだな」


「それはどういう……」


 意味なのか、と尋ねようとしたところで、「きゃっ!」と、シルルの悲鳴がそれを遮った。


 慌ててシルルの方を見ると、回復魔法をかけられていたはずのキースが激しく吐血している。

 彼の下にはもう生きているのも不思議なほどの血溜まりが出来ていた。


「シルル、何があったの?」


「ハツカさんっ、ダメなんです! いくら回復魔法を使っても傷が塞がらなくて。それどころか、キースさんが苦しみだして……私っ……どうしたらいいか」


 キースは裂傷だらけの身体をくの字に折り、ゴホッと何度も吐血を繰り返していた。

 いくら[プチヒール]が初級回復魔法だとしても、ここまで回復速度が遅いのはおかしい。


(いや、遅いというより悪化している?)


 シルルは、跳ねた血を浴びながらも懸命に回復魔法をかけ続けるが、キースの傷が治るどころか血を吹き出している。

 おかしいことは他にもあった。

 街の入り口から冒険者ギルドまでの道の間に、少なくとも何件か病院があるはずなのだ。


(あんなに重傷な人間を連れているのに、何故病院を素通りして冒険者ギルドに連れてきた?)


 ハツカの中で疑問が膨らむ。


「なんだ、どうして回復魔法で傷が治らない?」

「嬢ちゃんの[プチヒール]はちゃんと届いてるはずだぞ」

「キースっ! 大丈夫か! おい!」


 周りの冒険者達も状況が普通ではないと認識し始めたようで、にわかに騒がしくなり始める。


(回復魔法は届いているはずなのに状態が悪化するなんてこと……まさか!)


 ハツカが気付いて見ると、キースの目がぐるんと裏返り、白目になる。

 更に、吐血と共に唸り歯を剥き出しにした。


『グルァ!』


 叫び声と共にキースの全身が黒くただれ、崩れ、腐臭を放ち始める。


「えっ、キースさん? 大丈夫ですかっ……」


 シルルが心配そうにキースを覗き込んだ瞬間、


『グルルアァ!!!』


 キースがその腐った腕で、シルルの肩を掴み、噛みつこうと顎を広げる。


「シルル! 危ないっ」


 間一髪のところで、ハツカがキースに体当たりをして、突き放す。

 突き飛ばされた痛みで低く呻いているキースの口元には、およそ人には似つかわしくないほど、歯が牙のように剥き出しになっていた。

 キースの変化に、ハツカが気付くのがあと少しでも遅れていれば、シルルの喉はその牙に食いちぎられていただろう。


「ハツカさんっ、これはいったい……!?」


「シルルは後ろに下がってて!」


 ハツカはそのまま、シルルを後ろに庇うように立ち、キースに向き合う。

 キースはゆらりと緩慢な動きで立ち上がりながら、こちらに振り返る。

 その顔はもう既にキースの面影薄く、ハツカにとっては出来れば二度と見たくないものに変貌していた。


「これは……まさかっ」


「そうみたいだね。2日ぶりの再会だ」


 シルルの言葉にハツカが頷く。

 キースは、その身をグールへと変えていた。

 おそらく、冒険者ギルドに運び込まれてきた時には彼のグール化は始まっていたのだろう。


 グールはアンデット系の魔物だ。

 死者が元となるアンデットには、回復魔法は癒しどころか、毒物に等しい。

 シルルの[プチヒール]を受けて苦しんでいたのも納得だ。


「グールだっ!」

「キースがグールに!?」

「嘘だろ!? キース!」


 冒険者達が次々に、グールとなったキースに呼びかけるが、彼は応えることなくシルルの方を睨み唸っている。

 幸い、グールには髪の毛がある。

 ハツカはグールを無力化するために、髪の毛を操ろうと意識を集中した。


「髪の毛そう……」


『グギャアアアアアア!!!!!』


 ハツカがスキルを使おうとした瞬間、何の前触れもなくグールが大きな炎に包まれる。

 グールを包んだ炎は火力を増し、炎の柱となって立ち昇る。

 グールは抜け出そうともがくが、炎の勢いが強すぎて身動きが取れない。


『グ……グガァ……』


 為す術なく、元から黒い体を更に黒い消し炭に変えられていく。


「えっ、なにが!?」


「フォッフォッフォッ。ここはワシに任せてもらおうかな」


 ハツカが振り返るとそこには、ギルドマスターである老人ーー元Aランク冒険者【炎使い】のフオーコが立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る