第26話 ゴルデオの[スラッシュ]
「今まで俺様のスキルーー[スラッシュ]を食らって生きていた魔物はいねえ」
ゴルデオは、剣を振りかぶるように構えた。
「おい、まさかゴルデオのやつ、こんなところで[スラッシュ]を使う気なんじゃ……」
「逃げろ! 巻き込まれるぞ!」
「逃げるって言ったってどこへ!?」
ゴルデオの構えを見て察した冒険者達がパニックになる。
入口側はゴルデオの標的であるハツカとオッさんが立っているし、反対側はゴルデオが立ち塞がっているので、彼らに逃げ場は無い。
ゴルデオの[スラッシュ]の噂は、ハツカも聞いたことがあった。
【剣使い】のスキル[スラッシュ]は単に斬撃を前方に飛ばすだけのスキルだが、Cランク冒険者であるゴルデオの[スラッシュ]となると普通ではない。
十数頭の魔物を一撃でまとめて討伐できる威力と攻撃範囲があり、このスキルが彼をCランク冒険者へと押し上げたと言っても過言ではないほどだと、リールカームの冒険者なら誰でも一度は耳にしたことがある。
多数の人がいるこんな屋内で使用したら、巻き込まれて怪我をする人間は数人では済まない。
最悪死ぬことだってあるだろう。
「ゴルデオ、スキルを使うのをやめるんだ! 皆んなを巻き込む気か!」
ハツカが叫ぶ。
「あぁん? 誰が何人巻き込まれようが俺様の知ったことじゃねえ。てめぇらさえぶっ殺せればそれでいいのよ」
構えたゴルデオの剣が淡く光り、力が込められているのが分かる。
「死ねえ! これが俺様の[スラッシュ]だ!」
ゴルデオが剣を斜めに振り下ろすと、切っ先から巨大な三日月型の斬撃が放たれる。
その斬撃は全てを飲み込むようにギルドの床板を吹き飛ばし、空気を裂きながら飛んでくる。
「ああああ! ダメだ!」
「死ぬううぅ!」
「誰か助けてええええ!!!」
冒険者達の悲鳴がギルド中に響いたーーその時、
ぺちん
そんな間の抜けた音をさせ、オッさんの髪の毛がゴルデオの[スラッシュ]を床にはたき落とす。
はたき落とされた[スラッシュ]は何事も無かったかのように霧散し、阿鼻叫喚だった冒険者ギルドのロビーが、しーんと静まり返る。
『……え?』
『ええええええええええ!!!?』
一瞬の静寂の後、ギルド中にいた冒険者達の驚きの声が響き渡る。
ゴルデオも目を丸くして固まっている。
なんなら、顎も外れるくらい口を広げて驚いている。
「……お、俺様のスラッシュだぞ? Dランクの魔物ですら一撃で倒すゴルデオ様のスラッシュだぞ……それを、ぺちん?」
「きゅ?」と、ギルド中からの視線を受けたオッさんが「俺、なにかやっちゃいました?」みたいな顔で首をかしげている。
実際、髪を操られているだけのオッさんは何もやってないのだが、周りから見ればゴルデオの[スラッシュ]をはたき落としたのはオッさんなのだ。
「カーッカッカ! そんな豆鉄砲ごとき我が主殿に届くわけなかろう。分をわきまえよ、分を」
「確かに速度は遅いし、威力も焦るほど強くなかったから簡単に髪の毛ではたき落とせたけど、豆鉄砲っていうのは言い過ぎじゃ……」
ハツカがメデュラを嗜めるが、ゴルデオにはしっかり聞こえていたようで、怒りでフルフル震えている。
「豆鉄砲だと……? 俺様の[スラッシュ]が? こんなオッさんに……止められてたまるかあ!」
ゴルデオが再び[スラッシュ]を放つ。
「ゴルデオのやつ、また[スラッシュ]を!?」
「今度こそ終わりだあ!」
「誰か助けてええええ!!!」
ぺちん
ハツカがオッさんの髪を操って、[スラッシュ]をはたき落とす。
「まだまだあ!」
[スラッシュ]を放つ。
ぺちん
「今度こそお!」
ぺちん
「く、くそお!」
ぺちん
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「こ、これ……で、どう……だ……あ」
ぺちん
「あ、あ……」
計二十四回の[スラッシュ]を放ち、その全てをオッさんの髪の毛に(ぺちんと)防がれたゴルデオは、体力の限界で前のめりに倒れてくる。
ぺちん
「うべし!!!!」
「あ……」
ハツカは止めようとしたが、今までリズムよく連続で[スラッシュ]をはたき落としていたため、その流れで倒れてくるゴルデオを床にはたき倒してしまった。
ゴルデオは顔面から床にめり込み、気を失っている。
「あ、ごめ……、そこまでする気は……」
ほぼ体力を使いきっているゴルデオに追い討ちをかけるつもりがなかったハツカとしては、なんとなく気まずい。
オッさんも、なんとなく微妙な空気でこちらを伺っている。
だが、ギルド中から、ワァ! という歓声が広がる。
「あのオッさんすげえ!」
「ゴルデオの[スラッシュ]を防ぎきって倒しやがった!」
「けどあんなオッさん、冒険者にいたか?」
「んな事ぁどうでもいい! ゴルデオに勝ったってことはあのオッさんがこの街最強じゃねえか」
「違いねえ! リールカーム最強のオッさんだ!」
そのまま、オッさんは冒険者達にもみくちゃにされた後、胴上げまでされている。
それはゴルデオの[スラッシュ]から守ってくれたからかもしれないし、日頃から素行の悪いゴルデオに対して溜まっていた鬱憤を晴らしてくれたからかもしれない。
どちらにしても悪いようにはされないだろう。
最初は気まずそうにしていたオッさんも、胴上げされながら勝利のポーズ? を決めているので、満更ではなさそうだ。
そんな喧騒から少し離れたところで、ハツカは腰を下ろした。
なんといっても、[スキル]を使った実戦はこれが初めてみたいなものなのだ。
「ふぅ……」
「主殿、お疲れ様じゃ。とは言うても、あの程度の相手にへばっているようでは、先が思いやられるの」
「メデュラは厳しいなー……」
「じゃが『もう僕は逃げない』じゃったかの? あの啖呵は、なかなかに格好よかったぞ」
メデュラがこちらと目線を揃えるようにしゃがみ、よしよしと頭を撫でてくる。
「ちょ、メデュラ、恥ずかしいって!」
前にもこんなことをされた気がするが、今回は人前なので、それに輪をかけて恥ずかしい。
「なーに、遠慮するでない。妾は褒めるべきところは褒める性じゃ」
そう言って笑うメデュラが、良い表情をしていたので、ハツカはそれ以上何も言えなくなる。
目の前で胴上げされているオッさんほど、人から讃えられたいわけでないけど、自分のやったことを認めて褒められることは、くすぐったいけど嬉しい。
その気持ちを彼女に悟られるのがまた恥ずかしくて、ハツカは少し顔を伏せた。
その時、バンッ! と、大きな音をたてて、冒険者ギルドの扉が開く。
「誰か助けてくれっ! 仲間がやばいんだ!」
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