第17話 再び薬草採取

「結局、あんまり眠れなかった……」


 隣にメデュラという美少女が寝ているという状況が、童貞のハツカには刺激が強すぎた。

 ようやく眠れたのは明け方だったが、それでもいつもと同じ時間に目覚めてしまったのは普段生活リズムを整えていた影響だろうか。


「今日も薬草採取頑張るかあ」


 寝不足のハツカは今、中規模街リールカームの外にある平原にいた。

 中規模街ともなると、街の外周には魔物が入って来れないように見上げるほど高い壁が立っている。

 そこに常駐する門番に冒険者証を見せて外に出たハツカは、今日もいつもと変わらず薬草採取を行うつもりだった。


 ただ、いつもと違うのは、薬草採取の場所が隣村との間の森ではなく、街を挟んでその反対側にある平原だということ。

 この平原を真っ直ぐ抜けると、隣国へ渡るための港町や、王都があるため、ちょっとした馬車の通り道も整備されていたりする。


「平原は、森みたいに薬草は多く生えてないけど、森は今調査のために冒険者ギルドが封鎖してるもんなあ」


 今日の薬草採取依頼を受ける時に寄ったギルドで聞いたところによると、グールなどの強力な魔物対策のために、隣村との間の森に対してかなり大規模な調査隊が準備されているようだ。

 その調査隊が森の安全を確認できるまで、森はギルドに立ち入り禁止指定されている。

 ハツカも昨日の今日であんな恐ろしい場所に出向くつもりもないので、代わりに平原に来たというわけだ。


 ただ気になるのは、朝依頼を受ける時にシルルの様子がおかしかったことだ。

 妙にツンケンした態度で依頼の手続きをしていたかと思うと、キッと睨みつけて「私っ、あのメデュラって子に負けませんから!」と詰め寄られた。

 何のことだかさっぱり分からないが、昨日の事情聴取を途中で逃げたのがマズかったのだろうか。


 ちなみにメデュラは気持ち良さそうに寝ていたので、家に置いてきた。


「よし、じゃあさっそくスキルで薬草を探すとしますか」


 ハツカがいつものように頭に意識を集中する。


「[髪の毛探査]! …………あれ?」


 [髪の毛探査]は、髪の毛を触覚のように使って周囲を探索するスキルで、いつもなら薬草や魔物の場所が頭に浮かぶのだが、何も起こらない。

 それもそのはずだ。


「そうだ。髪の毛、もう無いんだった」


 一晩休んだことにより、右腕の怪我が治ったので、ハツカは自分が万全な状態になったと思い違いしていた。

 髪の毛だけはクラスアップした【髪の毛を統べるモノ】の力を持ってしても、再生することは出来ないのだった。

 髪の毛が無くては、髪の毛を使う[髪の毛探査]のスキルは使えない。


 ハツカは、目の前の平原のように真っ平になった自分の頭をペシペシと叩いてみて途方に暮れる。


「いくらクラスアップしても、髪の毛がないとスキルが使えないのか……」


「そんなこと、当たり前じゃ。主殿はやっぱりアホじゃのう」


「うわっ! えっ、あれっ、メデュラ!? どうしてここに?」


 家で寝ているはずのメデュラが急にパッと目の前に現れ、ハツカが驚く。


「どうしても何も、妾を置いていくとは主殿も薄情じゃのう」


「薄情っていうか、メデュラは家で寝てたはずじゃ」


「起きたら主殿がおらなんだのでな。転移してきた」


「転移!?」


 転移というと、家から空間を飛び越えてこの平原まで一瞬で来たということだろうか。

 そんな凄まじいスキルが使えるクラスなんて聞いたことがない。


「別に驚くことでもなかろう。妾は精霊ゆえ、契約した主殿の側まで転移する程度、造作もない」


「……」


 とんでもないことをやったにも関わらず、あまりにあっけらかんとしたメデュラの態度に、ハツカは言葉が続かない。


「それはそうと、主殿や。【髪の毛を統べるモノ】のスキルは髪の毛に対するものが全てじゃ。【髪の毛使い】と違って対象は自分の髪の毛以外も含まれるが、髪の毛が無いと何もできないことは変わらん」


「な、何も出来ないって……」


「そう落ち込むでない。クラスアップの影響で身体能力が上がると言ったであろう。今の主殿なら……ふむ、そうじゃな。人間達がいうところのBランクの魔物くらいなら素手でも余裕で戦えるじゃろう」


「Bランクの魔物と素手!? 無理無理無理!」


 Bランクの魔物といえば、熟練の冒険者が入念に準備し、パーティを組んで挑むような魔物だ。

 それと単独で素手で戦うなど、冒険者ギルドのトップにいるAランクの冒険者でも不可能だろう。

 というか、ハツカとしてはBランクの魔物とか出会うだけで恐ろし過ぎるので遠慮したい。


「そ、そうだ! メデュラの髪の毛を使わせてもらえば、【髪の毛を統べるモノ】のスキルが使えるんじゃない? 誰の髪の毛でも操れるんだよね?」


「無理じゃな」


「そんなバッサリ!?」


「妾は精霊ゆえ、この世の理から概念が摘出されて物質化したものじゃ。見た目こそ人間じゃが、構成物質や機構などは全て似て非なるものよ」


「がいねん? こ、こうせいぶっしつ?」


 メデュラから語られる単語が難し過ぎて理解できず、ハツカの頭からは煙が吹き出しそうだ。

 何の説明をされているのかさっぱり分からない。


「あー……、すまなんだ。主殿がアホなのを忘れておった。論より証拠じゃ。試しに妾の髪の毛を対象にスキルを使ってみるがよい」


「よく分からないけど、スキルを使ってみればいいの? じゃあ[髪の毛操作]使ってみるね」


 理解は出来なかったが、言われた通りメデュラの髪の毛を対象として、[髪の毛操作]のスキルを使ってみる。

 メデュラの髪の毛に意識を集中して、自由に操るイメージを……イメージを……


(あれ? 全然手応えがない?)


 自分の髪の毛や、グールの髪の毛を対象にした時のような感覚が、まったく感じられなかった。

 まるでスキルがメデュラの髪の毛を髪の毛ではないと認識しているかのようなーー


「無理だ。全然操れる気がしない……っていうか、そもそもそういう認識にすらなれない。全ての髪の毛を思いのままにできる【髪の毛を統べるモノ】のスキルが通じないってことは、やっぱりメデュラって……」


「ふむ。ようやく妾が偉大なる精霊であることをその身で実感したようじゃな。よいぞよいぞ、讃えたり、敬ったりするがよいぞ」


「もしかしてメデュラの髪の毛、カツラなの?」


 予想外の答え過ぎたのか、メデュラが派手にズッ転ける。


「違うわ! このドあほう!」


「え、だって髪の毛に似て非なるものってカツラじゃないの?」


「今の流れでどうやったらそんな答えが出るんじゃ! 触ってみい! ほら! 引っ張ってみい! 百パーセント天然の地毛じゃ! 髪の毛の精霊たる妾がカツラなわけないじゃろ!」


 メデュラが無理矢理その桃色の美しい髪の毛をハツカに掴ませる。


「うん、よく考えたらこんなに人間離れした綺麗な髪の毛っていうのも不自然だもんね。やっぱりカツラ……」


「もうこんなアホな主は嫌じゃあーー!!!」

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