第40話 神が纏うのは

「早く! 急がないとリールカームが」


 ダズヒルを倒した後、村に残ったグール達を殲滅したハツカは中規模街リールカームへの帰路を急いでいた。


 あまりにハツカが急ぐので、小脇に抱えたオッさんが少し酔って「きゅ……きゅうっぷ!」と、時々えずいている。

 その度に横で浮遊しながら着いてきているメデュラが、「え、吐くのか? 今度こそ吐くのか?」と慌てて紙袋を出したり引っ込めたりしている。

 ちなみに、シルルはまだ気を失ったままだったので、またメデュラに異空間に入れてもらった。


 ダズヒルは倒したが、まだ配下の魔物が数百匹、リールカームを襲っている。

 その規模はダンジョンから魔物が溢れる魔物災害、スタンピードに匹敵するだろう。

 リールカームには元Aランク冒険者のフオーコがいるとしても、一人で抑えられる魔物には限界がある。

 街を守る冒険者達は劣勢になっているはずなので、一刻も早く戻って加勢しなくてはいけない。


 ハツカ達が森を抜けた時、視界の先に小さくリールカームの城壁が見える。

 戦闘によって起こる砂煙が舞い、多少視界が悪いが、壁が破られ魔物がリールカームに侵入する最悪の事態は避けられているようだ。

 だが、まだ遠い。

 クラスアップして強化されたハツカの身体能力をもってしても、一瞬で辿り着ける距離ではない。


「[髪の毛探査]! ……くそっ、遠くて街の様子まで探れない!」


 こうしてる間にも犠牲が出ているかもしれない。

 ハツカは焦るが、[髪の毛探査]が届かないということは、同じ能力効果範囲を持つ[髪の毛操作]も届かない。


「主殿、妾に策がひとつある」


「本当!? なんでもする! 教えて!」


「しかし、この作戦は危険過ぎるかもしれん」


「それでも! 今目の前で失われるかもしれない命を救えるなら……僕はどんな危険だって」


「いや、この策で危険なのは主殿ではない」


 メデュラは、そう言ってハツカの小脇の方を見る。


「え?」


「きゅ? ……うっぷ」



------------------



「じゃあ、オッさんいくよ?」


「きゅ! きゅきゅーーーー!」


ふるふるふるふるふる!


 ハツカの腕の中、オッさんは激しく首を横に振る。


「覚悟決めるのじゃ、そなたも男児じゃろう」


「きゅ! きゅきゅーーーー!」


ふるふるふるふるふる!


 「まじ無理だって!」という顔で、オッさんが瞳を潤ませて首を振りながら器用にこちらを見てくる。


 メデュラの作戦はこうだ。

 ハツカの[髪の毛操作]の効果範囲がリールカームまで届かないのであれば、届くところまでオッさんに先に行ってもらう。

 効果範囲ギリギリまでオッさんにリールカームに近づいてもらえば、そこから伸ばすオッさんの髪の毛で魔物達へ攻撃を行うというシンプルなもの。


 問題はどうやってオッさんに先に進んでもらうかということだったが、メデュラは容赦なく言い放った。


「オッさんを、主殿が、全力でぶん投げればよい」


 人外の速度で走るハツカを上回る速度でオッさんに先行してもらう方法はそれしかないーーが、Sランク魔物の分身体を殴り殺せるほどのハツカの腕力でぶん投げられるのだ。

 まず間違いなく死ぬほど怖いだろう。

 というか死ぬかもしれない。


 というわけで、オッさんは全力で拒否しているのだが、一刻も早くリールカームを助けるにはこれしか方法が無いのも事実だ。


「オッさん、リールカームを守るためなんだ! お願い!」


「オッさんよ……、そなたが何のために主殿に同行したかを思い出すのじゃ。あの街に、守りたいものがあるのだろう?」


「きゅ……」


 ハツカとメデュラの言葉にオッさんは推し黙る。

 少し考えたあと、顔をあげたオッさんの表情は決意を固めた男の顔をしていた。


「きゅ!」


「オッさん! やってくれるんだね!」


「さすが、そなたはやる時はやる男だと信じておったぞ!」


「じゃあ、さっそくいくよ。準備はいい?」


「きゅ!」


 ハツカの掌の中にちょこんと丸まるように座ったオッさんが頷く。


「じゃあ、ここからリールカームまでの中間くらいをめがけて……せーのっ!」


 ハツカが大きく振りかぶり、手の中のオッさんをぶん投げる。


「きゅぎゃあああえああえあえらえあいあああああああああえあああああオロロロロロロロロロ!!!!!!」


 凄まじい速度で、凄まじい悲鳴をあげながらオッさんが飛んでいく。

 先ほどまでの酔いも限界がきたのだろう、悲鳴の後半は吐きながら飛んでいった。

 横でメデュラが紙袋を取り出しながら「渡しておけば良かったのう……」と飛んでいくオッさんを温かい目で見ていた。


 オッさんが街を守るためにここまで体を張ったのだから、ハツカが頑張らないわけにはいくまい。

 正直、ダズヒルとの戦いで体力は限界を超えていたが、歯を食いしばり、オッさんにスキルの標準を合わせて構える。


「あと少しなんだ……[髪の毛探査]! ……よし、届いたっ」


 作戦通りスキルの効果範囲は問題無いようだ。

 前方空中に豆粒のように小さく見えるオッさんの髪の毛を中継するようにして、リールカーム外壁周辺の状況を確認する。

 魔物の数、配置がレーダーのように脳に直接表示される。


(残りの魔物は……グールが三十、ブラッドウルフが百三、ブラッドバッドが三百四十七。戦っている冒険者達に当たらないように避けながら……)


「[髪の毛操作]!」


 オッさんの髪がウネウネと動き、ハツカのスキルによって四百八十本の黒い槍と化す。


「いっけえええええ!」


 オッさんの髪の毛ーー黒い槍は自由自在に曲がりながら、標的にした魔物だけを狙って放たれる。


 ズドドドドドドドドドドドドド!!!!


(あと百四十二匹……八十七……三十……ゼロ!)


 ここからは目視できないが、[髪の毛探査]で全ての魔物を貫き、倒したことを確認する。

 一息つきたいところだが、ハツカにはまだやるべきことが残っている。


「あ、主殿、急ぐのじゃ! オッさん、気を失って落ちてきておる」


「大丈夫! 絶対に受け止める」


 空から落ちてくるオッさんの体に付着した液体が、西陽に照らされてキラキラと輝いている。

 それでもしっかり両手で受け止めようと心に決め、ハツカは落ちてくるオッさんに向かって駆け出した。

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