第41話 僕のなりたかったもの

「そうか、そういうことだったのか」


「はい、そうなんです」


 リールカーム冒険者ギルドのギルドマスターの部屋にいるのは、ハツカと部屋の主であるフオーコの二人。

 ハツカは今、フオーコに三日前の出来事をまとめて報告していた。

 隣村での吸血鬼君主との激闘から、リールカームを襲ったスタンピードを終息させるまでのことを聞いたフオーコは、その自慢の髭をなでつつ重々しく頷いた。


「それで外壁周辺があんなにゲロ臭かったのか」


「すいません、あれしか方法がなくてー!」


「あの臭いのせいで、極限状態だった冒険者達数十人が貰いゲロしたんだがのー」


「いやほんとすいません!」


 実際、ハツカが魔物を一掃して駆けつけた時、外壁周辺は魔物数百匹の死体と、オッさんのゲロに貰いゲロをした冒険者達で、なんともカオスな状況だった。

 そして安全を確認して、救護にきた後衛の冒険者や、冒険者ギルドの職員たちも駆けつけた瞬間当然のように貰いゲロして、収拾がつかない事態に。


 結局、ハツカが体調を崩した人々を運ぶ羽目になり、冒険者や職員が体調を崩したためこの三日間冒険者ギルドは開店休業状態となり、ハツカの報告が今日までズレ込んだのである。

 ただ、冒険者達が魔物相手に奮闘してくれた事と、ハツカが駆け付けるのが早かったので、街自体は無傷で済んだ。


 臭い以外は。


「いやほんとあれはまじで……うっぷ、思い出したら吐きそう」


「ああー! ごめんなさいー!! オッさんに紙袋持たせておけば良かったー!」


「……ぷっ。フォッフォッフォ、すまんすまん。街を救った英雄殿をイジメ過ぎたわい。なんせあまりに荒唐無稽な話過ぎての」


「えっと……それであの……。超越者やクラスアップのことは」


「心配せんでよい。絶対に口外せんと誓おう」


「ありがとうございます!」


「礼を言うのはこちらの方だ。此度は本当に助かった。後日ギルドから褒賞は出させて貰うし、お前さんの秘密は守る。だが……」


「だが?」


「あれはもうワシにはどうしようもないぞ」


「あれですよね……あはははは」


 ハツカとフオーコは冒険者ギルドの窓からそれを見ながら、乾いた笑いを浮かべた。

 冒険者ギルド前の広場には「街を救った英雄」として、オッさんの銅像が建てられようとしていた。



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「お。主殿、遅かったの。こっちはもう終わったぞ」


「ハツカさん、お疲れ様ですっ」


 ギルドマスターの部屋を出て冒険者ギルドのロビーに行くと、メデュラとシルルが出迎えてくれた。


「見るがよい! これで妾も立派な冒険者じゃ!」


 そう言って、Fランクと書かれたカードをメデュラが見せてくる。

 ハツカがギルドマスターに報告している間に、今後の活動や生活のことも考えてシルルにメデュラの冒険者登録をお願いしていたのだ。

 冒険者カードは身分証にもなるし、自称精霊のメデュラがこの街で暮らしていくには必要だろう。


「シルル、あれから調子はどう?」


「全然大丈夫ですっ。ハツカさんが助けてくれたおかげです」


 そう言ってシルルがにっこり笑いかけてくる。

 ダズヒルは本当にメデュラに傷一つ負わせていなかったようで、シルルは帰ってきて目を覚ますなりすぐ冒険者ギルドの受付業務に復帰した。


「けど……あれからなんだか少し首、というか肩がこるんですよね」


 シルルのその発言にハツカとメデュラがギクっ! となる。


「き、気のせいじゃないかなー」


「そ、そうじゃそうじゃ! 髪のボリュームが百倍に膨れあがっていたわけでもあるまいし」


「ちょ、メデュラ!」


「???」


 ハツカとメデュラのやり取りがよく分からず、シルルが首をかしげている。


 あの日、ハツカがシルルの髪を毛根から復活させた際、イメージとコントロールが悪かったのか、通常の百倍のボリュームでシルルの髪が伸びてしまった。

 リールカームに連れて帰ってからすぐに散髪して事なきを得たが、メデュラ曰く「頭が重過ぎて、異空間で寝ている間、相当うなされておったぞ」との事だった。

 魔物を倒すような大雑把なコントロールはともかく、女性の髪型を再現するような繊細なスキルコントロールは、まだハツカには難しいようだ。


「あ、あはははは。そうだ、オッさんはどこ行ったの?」


 確か、オッさんはメデュラと一緒に待っていてもらっていたはずだが見当たらない。


「あー……、彼でしたら」


「あそこにおるぞ、すっかり人気者じゃ」


 シルルが少し言い辛そうに、メデュラがあっけらかんと、オッさんがいる方を指差す。


「髪の英雄様! この依頼をご一緒できませんか!」

「それより私たちとパーティを組んで下さい、髪の英雄様!」

「どうやれば髪の英雄様みたいにスキルを使いこなせますか!?」


 声のした見ると、複数人の冒険者に追いかけられたオッさんが「きゅ、きゅ~!」と悲鳴をあげながらギルドのロビーで逃げ回っていた。


 三日前に街最強の冒険者であるゴルデオを倒したことと、スタンピードの魔物を全て一瞬で倒したことから、オッさんは冒険者達からリールカームを救った英雄として持て囃されていた。

 もちろん、実際はどちらもオッさんの髪の毛を使ってハツカが行ったことなのだが、周りで見ている人からすれば全てオッさんの行いにしか見えない。

 それに加えて事実を知る人達がこの三日間忙しかったこともあり、今ではハツカが真の英雄だなどと言っても誰も信じないほど「オッさん英雄説」がリールカームで浸透していた。

 冒険者ギルド前の広場に建てられているオッさんの銅像も、スタンピードでオッさんに救われた(と思っている)有志の冒険者達が【銅使い】クラスの職人に頼んで勝手に作ってしまったようだ。


 というわけで、皆の認識上リールカーム最強にして街の英雄であるオッさんは今「髪の英雄様」と呼ばれ、冒険者達から依頼やパーティのお誘いをひっきりなしに受けている。


「僕も頑張ったんだけどなー……よよよ」


 ハツカとしてはシルルと街を救えただけで満足なので別に英雄視されたいわけではないが、少し……ほんのすこーしだけ寂しい気持ちがないわけでもない。

 そんなハツカの様子を見て、ちょこちょこと近寄ってきたシルルがハツカの耳元で囁く。


「私は本当の英雄様が誰か、ちゃーんと知ってますからね」


「えっ!」


 耳に彼女の優しい吐息がかかり、ハツカが思わずたじろぐ。

 わたわたと取り乱すハツカを見て、シルルがクスッと笑う。


「待ってる間にメデュラちゃんから全部聞いちゃいました。私を助けてくれたのがハツカさんだってことも、実は誰よりも強いってことも」


「えっ、えっ……?」


 慌ててメデュラの方を見るが「勝手にやってろ」とばかりに、こちらも見ずヒラヒラと手を振っている。


「森でグールに襲われた時も、吸血鬼君主に攫われた時も、ううん……そのずっと前から、私の英雄はハツカさんですよ」


「え、えと……ありがとう」


「なにを言ってるんですか、お礼を言うのは私の方ですっ。ハツカさん、ほんとうにありがとうございます」


 そう言って満面の笑みを向けてくれるシルル。


 その笑顔を見てハツカは気づいた。

 「黄金鎧の勇者」に憧れているけど、別に誰かに感謝されたいわけじゃない。

 最強の英雄になりたいわけじゃない。

 ただ、自分はこういう笑顔を守る冒険者になりたかったのだ。


(諦めないで冒険者を続けていて良かった)


 目頭に少し熱いものが込み上げてきたが、恥ずかしいので、頭を振って振り払う。

 そして、ハツカはいつもと変わらずこう言うのだ。


「よしっ! 今日も薬草集め頑張るか!」




◯◆◯◆◯◆◯◆◯◆◯◆◯◆◯◆◯◆




「義父上ー! 義父上!」


 中規模街リールカームの中心にほど近い場所にある街役場。

 その広い廊下を鎧をまとった筋骨隆々な大男が大声を張り上げながら歩いている。

 Cランク冒険者のゴルデオだ。


 先日変な小さなオッさんと戦って負けたうえ、気を失ってスタンピードの魔物討伐に向かえなかった彼は、ここ数日冒険者や街の人間から冷ややかな視線を向けられていた。

 オッさんに負けたのはまだしも、スタンピードから街を守るという冒険者として最優先される仕事に参加できなかったという事実は、故意ではなくても「街最強の冒険者」という信頼を全て失するのに十分だった。


(どいつもこいつも俺を馬鹿にした目で見やがって。俺様はゴルデオ様だぞ! これも全部あの草むしりのせいだ!)


 彼の怒気を含んだ態度に、街役場の職員達が怯えながら慌てて道を空けている。

 そうしてスムーズに目的地へ辿り着いた彼は、街長室の前で立ち止まるとノックもせずに勢いよくドアを開け放った。


「義父上!」


「どうしたゴルデオ。ノックぐらいしろと教えたはずだが?」


 迎えたのは部屋の奥の執務机に座るこの部屋の主、リールカームの街長ーーグレイツカ・リールカームだ。

 細いーーというよりは鋭いと形容した方が似合う長身に、灰色のスーツを着た彼は、読んでいた新聞を置き、黒い前髪をかき上げながら無作法な来訪者を睨みつける。


「それどころじゃねえよ、義父上!」


「ノックぐらいしろと教えたはずだが?」


 グレイツカが語気を強めて繰り返す。

 比較して明らかに体格負けしているはずのグレイツカの言葉に、ゴルデオがたじろぐ。


「うっ……すまねえ、義父上。次から気をつけるよ」


「そうしてくれると助かるな。それで、何の用だ?」


「もう我慢ならねえ。リールカームから追放して欲しいやつがいる」


「追放? ずいぶん穏やかじゃないな」


 魔物が蔓延るこの世界で、高い壁のある中規模街以上の永住権を持つということは平穏な生活を送るうえで大きな意味を持つ。

 追放とは、その永住権を奪い、魔物溢れる外に放り出し、再び戻ることを禁止するということだ。


「大丈夫、義父上も目障りに思っているやつだ」


「私がか。心当たりはあるが、念のため聞いておこう。それは誰だ?」


 ゴルデオはニヤリと笑い、その名を告げる。


「追放して欲しいのは、ハツカ・リールカーム。義父上に勘当された草むしりの無能冒険者だ」



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 あとがき


 「無能な【髪の毛使い】はハゲてから最強です~自分の髪が無いのでレンタルおっさんを小脇に抱えて無双する~」第一部完!

 ここまで読んで頂いてありがとうございます。


 この作品は「電撃の新文芸5周年記念コンテスト」に応募中でもあるので、少しでも「面白い」や「続きが読みたい」と思って頂けましたら、応援や評価(★★★)を頂けると嬉しいです。


 ただ、正直ここまで読んで貰えただけで凄く嬉しいです。何度でも言います。ありがとうございます。

 PVが1つでも増える度に「読んで貰えたんだなぁ」とニコニコしておりました。

 これからも色々書いていくつもりですので、よろしければ「 路地浦ロジ 」をフォローお願いします!

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無能な【髪の毛使い】はハゲてから最強です~自分の髪が無いのでレンタルおっさんを小脇に抱えて無双する~ 路地浦ロジ @roji041

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