第39話 冒険者ローレンはその日、神を見たと証言した(後編)

「な……なんなんだよ! こりゃあ!」


 リールカームの外壁を通り、外へ出たローレンが見たのは予想とは全然違う景色だった。

 視界いっぱいを埋め尽くすほどのブラッドバッドとブラッドウルフの群れに加えて、ローレンが単独では手に負えないCランク魔物のグールまで多数いるようだ。


『グルルァ!』

『ヒト、食ウ! コロス!』

「うあぁ! 助けてくれ!」

『ガルルアア!!』

「くそっ! 防ぎきれない!」

「誰か! 誰か回復魔法を使える人はいないの!?」


 街の外は、魔物の咆哮と冒険者達の悲鳴が重なり、阿鼻叫喚の渦となっていた。

 ブラッドバッドとブラッドウルフだけでもこの数をリールカームの冒険者が防ぎきるのは難しい。

 そのうえ、Cランク魔物のグールまでいてはリールカームの冒険者では対処しきれず、圧倒的に劣勢を強いられていた。


ボガアァァアン!!!


 魔物の群れを巨大な炎が焼く。

 それでも何とか魔物達に街の壁を越えられず踏みとどまっているのは、冒険者ギルドマスターであり元Aランク冒険者のフオーコがいるからだろうが、この大量の魔物の前では、その個人の力も少々霞んでいた。


「おいおい、こんなの聞いてねえぞ。グールの相手なんかやってられるか」


 産まれ育った街とはいえ、家を出て仲間を失った今となっては大した思い入れもない。


(バレねえようにトンズラこくか……)


 そうローレンが振り返ろうとした時だった。


(ん? あれはリナーナ? あいつ、何でこんなところに出てきてやがる!?)


 スタンピードを防ぐ冒険者達の最前線で、身重のはずのリナーナがグールに魔法を放つのが見えた。

 スタンピード防衛は都市の命運を賭けた戦いになるので、引退を決めたばかりのリナーナが冒険者として出てくるのは個人の裁量に任されるところだろうが、身重ならせめてもっと後方にいるべきである。


(あのバカ! Dランクのリナーナがグールになんて敵うわけが……ってクソ! そういうことか!)


 見ると、リナーナの後ろには手負いのガロムが倒れていた。

 大きな傷を負い意識が無いようで、リナーナはそれを庇うようにグールの前に立ち塞がっていた。


(し、知るかよ! もう俺らは仲間じゃねえんだ。グール相手に助けてなんてられるか)


 だが、足が止まる。

 グールが振り下ろす爪を、リナーナがかろうじて長杖で防いでいる。


(どうせ、俺の知らないところで二人でイチャついて、俺のことを笑ってやがったんだろう……)


 リナーナの長杖が弾かれ、ガロムに被さるように倒れる。


(俺は……俺はずっと仲間だって思っていたのに!)


 倒れたリナーナにグールが一歩ずつ迫ってきている。

 思考はリナーナとガロムへの恨み言ばかりが並ぶーーが、思い出すのは二人との冒険の日々。


 初めて三人で魔物を倒した日に飲み過ぎて倒れたローレンをガロムが抱え、リナーナが介抱してくれたこと。

 護衛依頼中に予想外の魔物が乱入してきて、三人で辛くも勝利したこと。

 スキルが上手く使えず伸び悩んでいる時に、ガロムが遅くまで特訓に付き合ってくれたこと。

 三人一緒にDランクに上がったお祝いに、皆んなで装備を新調しに武具屋を回ったこと。

 依頼の途中で、リナーナが作ってくれた弁当を三人で笑いながら食べたこと。


(ああ……くそっ、俺は大馬鹿野郎だ)


 目の前ではリナーナがガロムを背に庇いながら、引きつった顔をしている。

 グールはそんなリナーナに、ニヤニヤと笑いながら凶悪な爪を振り下ろそうとしていた。


(ちくしょう……!)


 気付けばローレンは、リナーナとガロムの前に飛び出していた。


「ぐっ!」


 グールの爪が、飛び込んできたローレンの体を肩から斜めに裂く。


「ローレン!? どうしてここに!」


「うるせえ、知るかよ。とっととガロムを連れて下がりやがれ」


 爪で抉られた傷から血が溢れてくる。

 後ろからリナーナが声をかけてくるが、振り返る余裕すらない。


「けど、あなた一人でグールの相手なんか!」


「うるせえって言ってんだろ! 今のお前ら二人じゃ足手纏いなんだよ!」


『オマエ、邪魔スルナ!』


 ローレンを避けてリナーナに飛びかかろうとするグールを槍で受け止めるが、先ほどの傷で上手く力が入らない。


「おいおい、せっかく格好つけて出てきたんだ。通すわけねえだろ」


「……ローレン、あなた……」


 ローレンの言葉に何かを察したのか、リナーナは決意したようにガロムを担いで立ち上がる。


「死なないでね、ローレン」


「けっ、とっとと行きやがれ」


 リナーナ達が後方で支援している冒険者達の後ろに下がっていくのを横目で見ながら、ローレンは二人への気持ちを実感していた。


(ああ、俺は二人が好きだったんだな……)


 二人が避難したのを確認して、気が緩んだせいか、ローレンの膝が折れる。


『グガ? オマエ、ヨワイ?』


 ローレンが限界なことを察したのか、グールが嗜虐的に笑いながらどんどん彼の方に体重をかけてくる。


『オマエ、ヨワイ。オマエ、クウ! 食ウ!』


「くそっ……!」


 完全に膝が着く前に、ローレンが後ろへ飛び退く……が、


『逃ガサナイ』


 グールに左腕を掴まれ、逆に引き寄せられる。


『オレ、オ前、食ウ』


「ぐああああああああ!!!」


 そのまま、グールに左肩を食いつかれた。

 食い込んだ牙が、肉ごと肩の骨を引きずり出す。

 そのまま左腕がちぎれたため、グールの拘束からは逃れられたが、力が入らずローレンがその場に尻餅をつく。


『ウマイ、人、美味イ』


 もう終わりなんだな、とローレンは悟った。

 グールが自分の左腕を食べながら、だんだん近づいて来るのが、ぼんやりと見える。

 思い返せば、至って普通の特に何も無い人生だった。


 だが、最後に大好きな仲間とその子供の命を救えたのだ。

 自分にしては上出来じゃないか。

 少し後悔があるとするなら、せめてーー


(リナーナに告白くらいしときゃ良かった……)


『イタダキマ……』


 グールの牙がローレンの首に喰らいつこうとしたその瞬間。


 ズドン!


『ア゛?』


「え?」


 何か細くて黒い棒状の物が、グールの頭をてっぺんからアゴまで突き抜け、そのまま大地に突き刺さった。

 頭を貫かられたグールは当然事切れたようで、黒い棒状の物に刺さったまま、ズルズルと地に頭をつけた。


「え? いったい何が……」


 ローレンのその問いに、答えは返ってこなかったが、代わりに空から無数の黒い槍が降り注いできた。


ズドガガガガガガガガガガガガ!!!!!


 その黒い槍はなぜか人間を避け、正確にグールやブラッドウルフなどの魔物だけを貫いていった。


 見回すとどうやら、その槍はスタンピードの魔物全てを屠ってしまったようで、先ほどまで悲鳴と叫び声で満たされていた空間が、シーンと静まり返る。

 その槍は長くーーとても長く、どこから落ちてきたのかと見上げてもまだ根本は見えず、やがて空中のある一点で無数の黒い槍が全て収束しているのを見つけた。


 その一点にいたのは、天高く浮かぶ小さなオッさんだった。

 魔物を貫いた黒い槍は全て、彼の頭から生えてきているように見えた。

 彼は、冒険者ギルドでゴルデオを倒した変なオッさんに似ている気がしたが、西陽に照らされ神々しく輝くオッさんはまるで神のようだった。

 いや、きっと神なのだろう。


(髪の神様……ってか)


 ローレンは、そのままパタンと倒れるように気を失った。



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