第11話 精霊とクラスアップ

「どうしよう……」


 中規模街リールカームにある冒険者ギルド。

 その入り口の前で、ハツカは立ち尽くしていた。


 頭皮は焼け焦げ、右手はかなり複雑にひしゃけている。

 服は破れた上に、血と煤と泥でぐちゃぐちゃだ。


「中に入れば良かろうよ」


 隣にいる少女が言ってのける。

 神が纏うような羽衣を身に付けた、桃色の髪の超美少女だ。


「あのね、メデュラ。そう簡単にいかないのが人間の世界なんだよ」


「ふむ、人間というものは面倒なんじゃのう」


「そうだよ。Fランク冒険者の僕がグールを倒したって言っても、誰も信じてくれないんだから、何か言い訳しないと」


「そう言って帰ってくる間中、ずっと言い訳を考えておったが、良い案なぞ浮かばなかったではないか。もう良い、妾は疲れたから入るぞ」


「ちょ、ちょっ、ちょっと待って! あと! あと五分だけ!」


「ええい、うるさい。主殿も覚悟を決めるのじゃ」


 ハツカと謎の美少女ーーメデュラは、中規模街リールカームに帰ってきていた。

 森から帰ってくる道中、このメデュラと名乗る少女にクラスアップや【髪の毛を統べるモノ】について説明を受けたが、現実に頭が追いついていない。


「あー! やめてー、ひきずらないでー」


 メデュラに引きずられ、ギルドへ入って行く間、ハツカはメデュラから受けた諸々の説明を反芻しながら、グールについてギルドになんと報告したものかと考え続けていた。




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「妾の名はメデュラ。髪の毛の精霊じゃ」


 少し時間を遡る。


 十数体のグールとの激闘の後、中規模都市リールカームに帰還するため、ハツカは先ほど突然現れた謎の美少女と森の中を歩いていた。

 その道中、君は何者かと質問したハツカへの少女の答えがこれだった。


「は? 精霊?」


「は? とは何じゃ、主殿。妾の言うことが信じられんと申すか」


「いや、だって精霊って言われても……」


 精霊といえば、昔からの言い伝えで、魔物以外の生き物全てにクラスを与えてくれる神にも等しい存在だ。

 人々のクラスと密接に関係している分、神よりも信仰の対象になっていたりする。

 現に精霊を信仰する精霊教は世界の三大宗教の一つだ。


 そんな存在が今目の前にいる女の子ですよ、と言われてもピンとこない。

 ただ、人間離れした美しさに加え、少女が急に何も無い空間から現れたことと、先ほど自分がグールを倒せたとんでもない力。

 彼女が精霊だと言うのはともかく、異常な存在であることは確かなようだ。


「仮に君が髪の毛の精霊だったとして、なんで僕のところに現れたの?」


「それは主殿がクラスのクラスアップ条件を全て満たしたのでな。クラスアップはそれぞれのクラスに対応した精霊が直接契約せねば行えぬ」


「クラスアップ?」


「どのクラスも3つの条件を満たすことで、上位のクラスへとクラスアップさせることができるのじゃ。主殿の【髪の毛使い】が【髪の毛を統べるモノ】へとクラスアップしたようにな」


 【髪の毛を統べるモノ】が【髪の毛使い】よりも上位のものだということは、分かる。

 クラスアップする前の自分は、薬草をとるのが精一杯で、あんな風にグールを一瞬で倒してしまうなど、不可能だったのだから。

 それに、自分以外の髪の毛をああも自由に操れてしまう程の力、今回は魔物か相手だったが、おそらく人間相手でも有効だろう。 


 果たしてこれは人間が手にしていい力なのだろうか。


「普通、人間に三つの条件を全て満たすのは、不可能なんじゃがの。三つの条件を満たしたこと、身に覚えはあるかの?」


 ハツカに、そんなものあるわけがなかった。

 そもそもクラスがクラスアップするなど、聞いたこともないのだ。

 少なくともハツカが知る限り、そんな人間は存在しないはずだ。


 メデュラと名乗った少女は、肩をすくめて説明を続ける。


「他のクラスの条件は知らぬが、【髪の毛使い】のクラスアップ条件はこの3つじゃ」


 どんな方法なのか、メデュラはスラスラと空中に指で光の文字を書き始める。


⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘


絶エズ研鑽ヲ重ネシモノ


研鑽ノ全テヲ失イシモノ


ソレデモ誰ガタメニ抗イシモノ


⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘


「この言葉はあの時の……!」


 メデュラが空中に記した文字は、ハツカがキスされた時に、脳内に流れてきた言葉の羅列と同じだった。

 だが、


「意味が分からない」


 「ふふん、思い出したようじゃな」と、少しドヤ顔をしていたメデュラが、ズコーンとズッこける。


「なんでじゃ!」


「なんでも何もないよ! こんな古臭くて回りくどい言い回しで理解できるわけないよ!」


「理解できぬのは、主殿がアホだからじゃ!」


「アホって言わないでよ! 君の喋り方が古臭いから説明も古臭くて分からないんだよ!」


「わ、わ、妾が古臭いじゃと……!? ならば、この際はっきり言わせてもらうがの!」


 ワナワナと怒りに震えるメデュラは、ハツカの頭を指差して言い放った。


「主殿はハゲたからクラスアップしたのじゃ! このハゲー!」


「な、なんだって……!?」


「【髪の毛使い】が【髪の毛を統べるモノ】へクラスアップする条件の一つは、ハゲることじゃ」


「そ、そんな……人が気にしないようにしてたことをズケズケと」


「今まで人間でクラスアップした者はおらぬ。【髪の毛を統べるモノ】となった主殿は、おそらく人類最強であろう。ハゲじゃけどの! 今後一生ハゲじゃけどの!」


 ハツカは、【髪の毛使い】として、今まで髪の毛の手入れには人一倍気を使っていた。

 シルルを守るためなら、その髪の毛を失っても惜しくはないと思っていたが、改めてハゲと言われると、こう、胸にクるものがある。


 だってハツカはまだ二十代だ。

 結婚どころか、彼女すらできたことがないのだ。

 それなのに、二十一歳でハゲは致命的過ぎる。


「くそっ、【髪の毛を統べるモノ】っていうくらいなんだから、髪の毛を生やしたりはできないの!?」


「無理じゃの。存在するものを操る事はできても、無から有を生み出すのは、神でもないと不可能じゃ。やーい、ハゲー。主殿のハゲー」


 世の中、何かを得るには代償が必要だが、まさか力の代償にハゲるとは思っていなかった。

 この自称精霊が三つの条件と言っていたから、ハゲがクラスアップ条件の全てではないのだろうが、その内の一つがハゲることなのは間違い無いのだろう。

 なんにせよ、このハゲ頭をどうにかすることが今後の課題だとハツカは強く思った。


「あとは、どうやってグールを倒した言い訳をするかだなぁ」


 Fランク冒険者のハツカが、Cランク魔物であるグールを倒すのは現実的に考えて不可能だ。

 【髪の毛を統べるモノ】の力は強大だが、得体が知れない。

 冒険者ギルドや周りの人に知られる事はできれば避けたいので、どうやってグールを凌いで街に帰って来られたのか、別の言い訳が必要だ。


 ギルドへ向かうのに、今までとは違った意味で、気が重いハツカだった。

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