第29話 吸血鬼の戯れ

 吸血鬼が冒険者ギルドのドアに何らかの力を働かせているのだろう、退路を断たれ冒険者達は更にパニックになり、ドアとグールの間で右往左往している。


「まぁ、有象無象に興味は無いがな。目的の獲物に逃げられでもしたら、我もつまらぬ」


 そう言って吸血鬼は、シルルとハツカの方を見やるが、それを遮るようにギルドマスターが立ち塞がる。


「目的はこの二人というわけか」


「一度手を出した獲物は逃さぬ主義でな。森で手下の魔物をけしかけたが、まさか逃げられるとは思わなかった」


「ということは、お前さんが森を?」


「既に分かっているのであろう。我が森の動物を全て魔物に変え、森の中にあった村の人間共をグールに変えてやった」


「なっ!?」


「なんてことを……!」


 吸血鬼の発言に、後ろで聞いていたハツカとシルルが戦慄する。

 彼の話が本当なら、もう既に隣村の人達は皆魔物に変えられていることになる。

 ということは、森でハツカが殺したグール達は、元は隣村の人間だったのだ。

 もしかしたら、リールカームに行商に来ていた顔馴染みのオジさんもその中にいたかもしれない。


「主殿よ、気にするな。彼らは決して元に戻れぬ。ああするのが一番の救いなのじゃ」


 俯き、自らの行いを顧みるハツカに、メデュラが声をかける。


「そうだけど……」


 例え、それが救いなのだとしても、ハツカは自分の中に割り切れないものを感じていた。


「我が血を吸った人間は、全て我に従うグールへ変わる。なかなか滑稽であったぞ。日々隣人達が魔物へと変わる様に怯える人間共の姿は!」


「そんな酷いことっ……」


 シルルがショックを受けて膝をつく。


 ハツカも怒りに震えていた。

 生き物である以上、生きるうえで他の生き物を殺すことはある。

 しかし、この吸血鬼はそれをさも楽しいことのように語ったのだ。

 村一つというとんでもない人数の人を殺しておきながら。

 ハツカが睨み付けると、吸血鬼がこちらに向き直る。


「しかし我は驚いたぞ。貴様、我が森から逃げるだけでなく、我の戯れに気付いてそこの女を守るとは」


「戯れ……だと?」


「何か気に入らないのか? 人間など食料か、我を楽しませる娯楽でしかないだろう。ほら、見てみるがいい」


 吸血鬼がグールに襲われる冒険者達を見やる。

 盾を構えた冒険者を先頭に何とか凌いではいるが、逃げ場がないのでグールのパワーにすぐ押し負けてしまうだろう。

 その顔は恐怖に染まり、泣きそうになりながら必死で盾を構えている。


「無理だというのに必死に足掻く人間はかくも面白い」


「くそっ! 今助けに……」


「行かせぬよ」


 ハツカが冒険者達を助けに動こうとしたが、[透明化]で気が付かないうちに回りこまれ、行く手を阻まれる。

 【髪の毛を統べるモノ】として身体能力が上がっているハツカの動体視力でも、消えてしまわれれば、目で追うことはできない。


「それならっ! オッさん!」


 ならばスキルで応戦しようと、オッさんを呼ぶが、見当たらない。


「……オッさん?」


 少し目線を下げて辺りを見回すと、どうやら逃げ惑う冒険者達に挟まれてもみくちゃにされたのだろう、床に伏せて「きゅー……」と目を回していた。


「オッさーーーん!?」


「ありゃ駄目じゃの。完全に目を回しておる」


「ええー!? じゃあどうす……」


 カチンと、火打ち石が鳴る音と共に、ゴウッと燃え上がる炎が、冒険者達を襲うグールを瞬く間に消し炭にする。

 ギルドマスターであるフオーコの炎だ。


「ワシに任せてもらうと言っただろう。引退した身だが、まだまだ若いもんには負けんよ」


「け、けど……」


 Fランクである自分の出る幕では無いかもしれないと思いながら、ハツカは目の前の敵に吸血鬼であること以上の不安を感じていた。

 しかしフオーコは、ハツカの肩をぽんと叩いて後ろに下がらせる。


「こんな老いぼれにも面子や情がある。日に二人もワシのギルドの冒険者に手をかけさせられて黙っておれん」


「ギルドマスター……」


「吸血鬼よ、ただではすまさんぞ」


 白い豊かな眉毛の下から、フオーコは吸血鬼を睨みつけた。


「ギルドマスターだ!」

「そうか! ギルドマスターは元Aランク」

「Aランク魔物の吸血鬼だって倒せる!」


 グールが倒され、冒険者達が歓声をあげる。

 その希望が含まれた声に、吸血鬼は顔をしかめた。


「ただではすまさん、か。人の分際で不遜な。そやつらも、せっかく良い絶望の表情をしていたのに、耳障りな声をあげる」


 吸血鬼がパチンと指を鳴らす。


「少し黙っていろ」


 すると、冒険者達がバタバタと倒れ始める。


「うっ……」


 シルルも小さく呻いて、力なく倒れたので、ハツカが慌ててそれを抱き止める。


「シルル! なっ、何が!?」


「取り乱すでない、主殿。皆、眠っておるだけじゃ」


「え、眠って?」


「おそらくあの吸血鬼の能力じゃ。多彩な術も吸血鬼の得意なところよ。用心するのじゃ主殿」


 ハツカが周りを見回すと、オッさんも、冒険者達もスヤスヤと寝息をたてていた。

 この冒険者ギルドの中で、眠らず立っているのは、ギルドマスターのフオーコと、ハツカ、メデュラの三人だけのようだった。


「くっくっく。やはり我が術に耐えられたのは貴様ら三人だけか。そこの老いぼれはともかく、さすが人の身で超越者に至っただけのことはある」


「ちょうえつしゃ……?」


「ふん、森でグール共を屠った時視線を感じると思ったら、おぬしグールの目を使って妾達を覗いておったな?」


 聞き覚えの無い単語にハツカが首をかしげる横で、メデュラが忌々しそうに吸血鬼を睨む。


「これはこれは。まさかこのようなところでお会いできるとは。世界の一柱。最も根源に近きお方」


 吸血鬼が恭しく大仰な動作でメデュラに向かって頭を下げる。


「白々しい。直系の貴様にとって、妾など目の上のタンコブ以外の何物でもなかろうよ」


「直系? はて、なんのことでしょう」


「気付かんと思うてか。貴様から西のやつの臭いがプンプンしておるわ」


 ゴウッ! と、メデュラと吸血鬼の間を割くように炎が上がる。


「フォッフォッフォッ。年寄りにも分かるように話をして欲しい。これでも気が立っておるんでな」


「これは悪いことをした。だが、老い先短いというのに、死に急ぐこともあるまい」


「死ぬのはお前さんだ」


 フオーコは、右手に持った二つの火打ち石をカチンと打ち鳴らした。

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