第32話 隣村へ

「[髪の毛探査]!」


 ハツカは森の中を疾走していた。

 小脇にオッさんを抱え、木々の間をすり抜けるように進んでいく。


 昆虫の触覚のように周辺を探査しているオッさんの髪の毛が、レーダーのように地形や魔物の位置情報をハツカの頭に流し込んでくれる。

 3時方向にブラッドウルフの群れ8匹、11時方向にグール3体、それとハツカ達を取り囲むようにブラッドバッドが多数。


「[髪の毛操作]!」


 探査している髪の毛とは別のオッさんの髪の毛がモゾモゾ動いたかと思うと、それらは勢いよく四方八方に伸びていく。

 伸びながら細く鋭く尖った髪の毛は、先ほど補足した魔物達を全て余すことなく貫く。

 ここからは直接見ることのできる距離ではないが、[髪の毛探査]が全ての魔物を倒したことをハツカに知らせてくれる。


「よし、急ごう」


 オッさんと頷きあって情報を共有すると、ハツカは走る速度を上げた。


「ふむ、[スキル]の使い方も、オッさんとの連携も様になってきたのう、主殿」


「いや……うん、ありがとう」


「なんじゃ、何か言いたいことがあるなら言うてみい」


「言いたいことっていうか何ていうか……」


 ハツカは今、【髪の毛を統べるモノ】として上がった身体能力をフルに使い、全力で走っている。


「それはいったいどういう力で浮いたり進んだりしてるんだろうなぁって」


 メデュラは、そのハツカに後ろ向きで浮遊しながら並走していた。

 羽衣のような綺麗な衣装が優雅にはためいている。


「なんじゃそんなこと。妾のような精霊にとっては造作もないことじゃ」


 得意そうに、ふふんと鼻を鳴らす。

 風で飛ぶわけでもなく、ただの事象として浮いて進むなんてこと、【風魔法使い】や【風使い】のクラスだけでなく、羽根のある有翼人種にも不可能なはずだ。

 しかも、後ろ向きでだなんて。


「……そんなめちゃくちゃな。メデュラが精霊だっていうの、少し信じても良い気がしてきたよ」


「なんと、主殿! まだ妾が精霊だということを信じておらなんだのか」


 横で浮遊しながらメデュラがぷりぷり怒るのを「はいはい」と受け流す。


「そもそも、そんなことが出来るならメデュラが吸血鬼君主を倒せちゃうんじゃ……」


「あー、それは無理じゃな」


「なんで?」


「精霊は、現界との過度な物理的接触は封じられておる」


「げんかい? ぶつりてきせっしょく……?」


「すまん。主殿に難しい単語は厳禁じゃった」


「メデュラの言葉使いが古臭いだけだよ」


「なっ! また言いよったな! 妾は古臭くなどない」


「妾とか言ってる時点でもう古臭いと思うけど」


「ええいっ、アホな主殿には論より証拠じゃ。歯を食いしばれ」


「え」


 メデュラは振り上げた右手を勢いよくハツカの頬目掛けて打ち下ろす。

 全力で走っているハツカは、メデュラの予想外すぎる行動に回避ができない。


「ちょ、ちょっと待って! そんな…………ってあれ?」


 するっとメデュラのビンタが、ハツカの顔をすり抜ける。


「ほれほれほれ、こういうことじゃ」


 往復ビンタの要領でメデュラの平手が次々に打ち込まれるが、そのことごとくがハツカの顔をすり抜ける。


「え、え? どうして? なんですり抜けるの?」


「じゃが、こうやって普通に触ると」


 メデュラは往復ビンタの手を止め、ぽんとハツカの頬に触れる。

 その手は先ほどまでと違い、すり抜けることなく確かにハツカの頬に接触している。


「つまりじゃ。大きな衝撃や痛みを伴うような接触はすり抜けるが、普通に触れる程度なら問題なく、ほれこんな感じじゃ」


 そう言ってメデュラはもう片方の手でもハツカの頬に触れる。


「まあ、大きな力を持つ精霊が世界に及ぼす影響を最小限に抑えるための措置じゃな。不便じゃが致し方あるまい」


「え、あ、うん……」


「じゃから、妾は吸血鬼君主に攻撃を加えるどころか、そこらのスライムにも傷ひとつ付けることはできん。逆に誰の攻撃も妾に害を為すことはできぬ。基本的にはじゃが」


「……うん、そうか」


「ん? どうした主殿、顔が赤……ははーん。この程度で照れるとは、主殿も初いのう。ほれほれ」


「ちょ、メデュラ! 顔近いっ」


「よいではないか。妾と主殿との仲じゃ、恥ずかしがることもあるまい」


 小脇に抱えてるオッさんは、「じ、自分は何も見てませんから」といったような雰囲気で、「きゃ」っと両手で顔を覆っている。


「オッさんも! 別にそんなんじゃないから勘違いしないっ」


 メデュラの手を振り払い、オッさんの手をどける。


「魔物がうようよいる場所だっていうのに、まったく……」


「よいではないか。主殿にとっては、この程度の魔物達など小物もいいとこじゃ」


「そういう問題じゃないの。あ、そういえば」


 ハツカはメデュラに聞きたかったことを思い出す。


「ダズヒルの言ってた超越者って……」


「うむ、主殿が考えている通りクラスがクラスアップした者は超越者と呼ばれる。もっとも人間がクラスアップしたことなぞ今まで無い故、人間には伝わっておらんと思うが」


「そうだね、聞いたことない。あの様子だと、ギルドマスターも知らなかったみたいだし」


 オッさんもハツカに抱えられながら「きゅー!」と自分も知らないアピールをする。


「けど、人間がクラスアップしたことないってことは超越者は動物や虫がなるってこと?」


 クラスは人間以外でも、魔物でさえなければ持っている。

 人間では無いというのであれば、熊とか虎とかだろうか。


「いや、おるじゃろう。人間でも動物でも、ましてや魔物でもない規格外のが」


「あ、ドラゴンか。……って、え? ドラゴンって実在するの?」


「当たり前じゃ。まぁその辺りの詳しい話は、またおいおいじゃな。ほれ、そろそろ着く頃じゃ」


 メデュラが後ろ向きに進行方向を指差すと、森が途切れようとしていた。

 その先が隣村だ。

 超越者やドラゴンのこと、色々と気になるが、今は目の前のことに集中しなくてはならない。


「ほんとだ。二人共、準備はいい?」


 「うむ!」と、「きゅ!!」という元気な返事を受け、ハツカ自身も気を引き締める。

 ここに来るまでにダズヒルの従える森の魔物はかなり減らしてきたが、倒しきれていない魔物はリールカームの街に向かって進撃しているはずである。

 その魔物の数は[髪の毛探査]で大まかに探っただけでも数百は下らなさそうだ。


 その数の魔物からリールカームの冒険者達が街を守れるか不安はあるが、「街の守りはワシとそこで寝ておる冒険者達に任せてもらおう。あの吸血鬼君主を倒してシルルを助けられるのはお前さんしかおらん」と言って送り出してくれたギルドマスターのフオーコを信じるしかない。

 吸血鬼君主ダズヒルを倒し、なんとしてでもシルルを助けるのだ。

 ハツカがそのままの勢いで駆けていると、森が途切れバッと視界が開ける。


「なっ……!?」


 隣村に着いたのだが、その惨状に面食らう。

 頭上は黒い雲に覆われて日が遮られ、村中の空気が暗く澱んでいる。

 そもそも、村というからには家があるはずなのだが、点在する小さな家屋だったものは瓦礫と化しており、人の気配は一切無い。

 代わりに瓦礫の間を闊歩しているのは、


『グァあアアア』

『ウうゥゥゥゥ』

『ハラ、ヘッタ。ハラ……ヘッタ』


 かつて村人だったグールの群れだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る