第8話 最後の条件

「シルル、生きて」


「ハツカさーんっ!!!」


 炎の壁が勢いを増し、二人を隔てる。

 もうおそらく声すら届かないだろう。

 けど、これでシルルは大丈夫だ。


「あとは、僕がどこまで粘れるか」


 ハツカが振り向くと、そこには十数体のグール達が追い付いて来ていた。

 踏み台にされた何体かは、そのまま死んだのだろう。

 数が減ったところで、ハツカとグール達の戦力差からすればその程度誤差でしかなく、何の希望にもならない。


『アレ? 女、イナイ』


『人間、減ッタ? タリナイ。ゴハン、足リナイ』


『食ウ、食ウ、食ウ!』


 グール達は、シルルが逃げたことに気付いて怒り、荒れている。

 そこから放たれる威圧感ーー確実に殺される恐怖に、ハツカの足が震える。

 それでも、少しでもシルルが逃げる時間を稼ぐために、足元に落ちている火の付いた枝を拾って構える。


「さあ、来い! ここは絶対に通さないけどね!」


 次々とグールが飛びかかってくる。


『グァア!』『グゥ! グァ!』『食ウー!』


 それぞれが、噛みつき、引っ掻き、掴みかかろうと押し寄せる。

 連携が取れていないのが、唯一の救いだ。


 動きが遅いので、冒険者として最低限の訓練しか受けていないハツカでもかろうじて避けられる。

 避けきれない時は、燃える枝で牽制する。

 これなら少しは持ちそうーーそう頭によぎった瞬間。


 ガシッ! 腕を掴まれ、燃える枝を落とす。


『コレ、邪魔』


 先ほど、仲間を踏み台にした大柄なグールだ。

 大柄なグールは、ハツカの腕を掴んだまま握り潰す。


「あああああぁぁぁああ!!!」


 骨折というには生温い。

 グールの怪力によって握り潰され、ハツカの右腕が一瞬でグチャグチャになる。


 大柄なグールはそのままハツカを自らの眼前に持ち上げ、目を合わせるとニヤニヤと嗤う。

 自分より圧倒的に下位の獲物を見下す目だ。


 その恐怖に心折れそうになるが、ここで怯むわけにはいかない。

 こいつがシルルに追いつくことだけは絶対に阻止する。

 ハツカは掴まれた逆の手で落ちた枝を拾うと、燃える部分を大柄なグールの目に突き刺す。


『グウゥゥウ!!! イタイ! イタイ!」


 たまらず、大柄なグールはハツカの腕を離し、目を押さえて叫び回る。


「ざまぁみろ……」


 精一杯去勢を張るが、振り落とされたハツカは上手く着地できず、そのまま崩れ落ちる。

 もう足に力が入らない。

 目も霞んできた。


(それでも!)


 少しでも時間を稼ぐ、その一心でハツカは目の前のグールの足を掴む。


『コロス! コロス! オマエ、食ウヨリ殺ス!』


 目を焼かれ、怒り狂った大柄なグールが這いつくばるハツカを踏みつけようと足を上げる。


『コロスー!!!』


 ハツカの頭を砕こうとグールの足が踏み下された瞬間ーー


⌘⌘ クラスアップ ノ 条件 ヲ 達成 シマシタ ⌘⌘


 ハツカの頭に声が響いた。

 人の声では無い無機質な声だ。

 違和感があるはずなのに、どこか懐かしい気もする。


 しかも、声が聞こえてから時が止まったようにグールの体がピタリと動きを止めている。

 事実、時が止まっていた。

 周りで揺らめく炎も、木々の影も、日の光さえも、全て微動だにせず固まってしまっている。


「な、なんだ……なにがどうなって……」


 もちろん、ハツカの頭を踏み抜こうとしていた大柄なグールの足も、目の前で止まっている。

 周りにいる十数体のグール達も同様だ。

 わけが分からないが、ひとまずグールの足を避けて起き上がる。


 ぐちゃぐちゃになったはずの右手も、治ってはいないが、痛みが消えていた。

 周りで燃えている炎の熱さも感じない。

 まるでこの世界の時間から取り残されたような感覚になる。


⌘⌘ 髪ノ毛使イ ハ 髪ノ毛ヲ統ベルモノ ニ クラスアップ シマス ⌘⌘


 再び、頭に直接響く声。


「すべるもの……クラスアップ?」


 何を言っているのかは分からないが、何か大切なことを言っているような気がする。


⌘⌘ クラスアップ ニ 伴イ 精霊 ノ 具現化 及ビ 契約 ヲ 行イマス ⌘⌘


 すると目の前に光が発生し、何かを形作り始める。

 それは見る見るうちに人間の少女の姿を形どった。

 少女は年の頃十五歳くらいだろうか。


 彼女は綺麗な薄いピンク色の髪を結い上げており、白い装束の上に神話に出てくる神様が纏っているような羽衣を身につけている。

 あまりに現実離れした光景に見惚れていると、少女と目が合った。


 すると少女は --この世のモノとは思えない美しい顔で-- ニヤリと笑い、


「まことに見事じゃ、人間。さぁ契約の時ぞ」


 そう言い放った。




⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘


● 絶エズ研鑽ヲ重ネシモノ


● 研鑽ノ全テヲ失イシモノ


● ソレデモ誰ガタメニ抗イシモノ


⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘

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