第37話 三百五万四千七百三髪の一撃

「最後に勝つのは僕ーー【髪の毛を統べるモノ】だ」


 ハツカは黒い霧の固まりとなって浮遊するダズヒルに向かって言い放った。


「なっ! [黒霧化]した我は無敵なのだ! 人間が……舐めるなあ!」


 ダズヒルが黒い霧となった体を、器用に形を変えながら攻撃をしかけてくる。

 触手のように伸びてくるそれらを目先で回避しながらハツカがボソボソと呟く。


「……グールが三十ってことは、だいたいで計算すると……うん、よし。問題なく足りそうだ」


「何をごちゃごちゃ言っている! 余裕ぶっているが、これは避けられるか?」


 霧の体を使っての攻勢を緩めることなく、ダズヒルは空中にいくつかの炎の球を生み出した。

 魔法の炎だ。


 オッさんの髪の毛を使って、[髪の毛探査]で調べると、ダズヒルの周りに出現した火の玉の一つ一つが、元Aランク冒険者【炎使い】フオーコの炎の威力を上回っているようだ。

 さすがにハツカも、あのレベルの炎を受ければひとたまりも無い。

 メデュラもそれに気付いたのか、ハツカに警告をする。


「そうか、その炎で冒険者ギルドの【炎使い】の攻撃を相殺したのじゃな。主殿、その炎は危険じゃ!」


「うん、分かってる! オッさん!」


 「きゅ!」と、[髪の毛探査]で使っていた髪の毛以外の毛を使いやすいようにオッさんが頭の向きを変える。

 スルスルと伸びたオッさんの襟足は、扇状に薄く広がる。

 巨大な扇子のようになったオッさんの髪の毛をハツカが大きく振り下ろすと、生み出された風が凄まじい突風となってダズヒルを襲う。


「ぐっ! そこまで貴様は無茶苦茶か!」


 霧であるダズヒルは風に吹き飛ばされまいと必死で抗う。

 しかし、周りの火の球はそうはいかず、そのまま屋根や壁に飛ばされて爆散する。


ボガアァァアン!!!!


 火の球によって屋根や壁が壊されたため、空や外の村が見えるようになる。

 雲に覆われた薄暗い空、その下の廃墟の村からこの屋敷に向かって集まってくるグール達が見えた。


「まさか我が火の魔法まで防ぐとは。 だが、見るがいい! この屋敷は我が配下のグールに包囲されている。間も無くこの広間まで登ってくるだろう。そうすれば貴様らはもうお終い……」


「お終いなのはお前だ、ダズヒル」


「何を言う! 我の攻撃は防げても、霧を攻撃できぬ貴様では我には絶対に勝てない」


「確かに。僕には霧状になったお前を、髪の毛で斬ったり殴ったりはできない」


「そうだろう! 貴様の負けだ、超越者!」


「だけどその黒い霧を構成する一粒一粒を正確に全て貫いたら、どうなると思う?」


「は? え? ……貴様いったい何を?」


 ハツカの言葉に、ダズヒルが狼狽する様子をみせる。


「冒険者ギルドで、死んだ分身体を霧状にして吸収した時点から推測していたんだ。分身体を作るスキルと、霧状になるスキルは同一なんじゃないかって」


「待て、待て待て待て! まさか貴様!」


「さっき[髪の毛探査]で調べさせてもらった。[黒霧化]したお前の霧一粒一粒が小さなお前の分身体だと言うことを。お前の本体が小さな分身体の集合体だと言うことを!」


「あ、本当じゃ。あの霧、拡大して見たら小さい吸血鬼君主の集まりじゃのう。うげ、気持ち悪」


 どうやって拡大して見ているのかは、さっぱり分からないが、メデュラが黒い霧になったダズヒルを見てえずいている。


「そ、それが分かったところでどうだと言うのだ! 我を構成する分身体は全てで三百万を超える。それを同時に攻撃する術などここにあるわけ……あ」


 ダズヒルは何かに気付いたように周りを見渡す。

 屋敷の外にはダズヒルが呼び集めたグール達が中に入ろうと蠢いていた。


「気付いたみたいだね。僕の武器はお前が集めてくれたグール達の髪の毛だ。一人あたり十万本としてもちょうど三百万だ」


「ちっ!」


 霧の状態で器用に舌打ちし、ダズヒルは逃走のために踵を返す。


「もう遅いっ! [髪の毛操作]!」


 ハツカが手を掲げて叫ぶと、外にいた三十体のグールの髪の毛が、天に向かって噴き上がるように伸びる。

 それは屋敷の屋根を超え、村を覆う暗雲を貫いてまだ伸びる。

 髪の毛に穴を開けられた雲の隙間から、次々と太陽光が差し込んでき、そのうちの一本の光がダズヒルを照らし出す。


「ぐあっ! 太陽の光が!」


 太陽の光は吸血鬼を弱体化させる最大の弱点だ。

 特にハツカの攻撃を受けて弱っているダズヒルには、太陽光を浴びることは猛毒を浴びるにも等しい。

 逃げようとしていたダズヒルの動きが止まり、蠢く霧の様子も緩慢になる。


「これで終わりだ! ダズヒル!」


「く、くそお! 人間めがああああ!」


 ハツカが掲げた手を振り下ろすと、天まで伸びたグール達の髪の毛が暗雲を裂きながら降り注いでくる。

 太陽の光をまとった髪の毛は、雨のように満遍なく、そして容赦なく、ダズヒルの霧を一粒ずつ貫いていく。


 ズドガガガゴガガガガガゴガゴゴコガガゴ!!!!!


『ぐああああああああ!』


 三百万の分身体が、それぞれ悲鳴をあげるせいか、ダズヒルの声が微妙に幾重も重なって聞こえる。


「うっわあ……えぐいのう」


 その分身体が一粒ずつ貫かれる様子を拡大して見ているのだろう、メデュラがボソっと呟いたが、ハツカは聞こえない振りをした。

 ダズヒルの悲鳴が止み、ハツカがグール達の髪の毛を元に戻すと、そこにはもう霧の一粒も残っていなかった。


「今度こそ、本当に終わった……かな?」


 ハツカが念のため[髪の毛探査]で撃ち漏らしがないかしっかり確認した後で、腰をおろす。


「うむ、あそこまでダメージを受けた状態で太陽の光と同時に主殿の総攻撃を受けたのじゃ。霧どころか塵一つとして残るまいよ」


「良かった。ありがとう、二人とも。二人がいなかったら多分、勝てなかった」


「ふん! 本当はあの程度の相手、片手間で倒してもらわんと困るんじゃがな! じゃが……」


 メデュラがしゃがみ、またいつものように頭をくしゃくしゃと撫でてくる。


「よくやった。さすが妾の見込んだ主殿じゃ」


 オッさんもその横でくるくると勝利の舞を踊っている。


(なんだこの可愛い生き物は……!)


 メデュラに頭を撫でられつつ、オッさんを眺めていたハツカだったが、大事なことを思い出す。


「そうだ、メデュラ! シルルは!?」


 きょろきょろと辺りを見回すがメデュラに頼んでいたシルルの姿が見当たらない。


「おー、そうじゃった。さすがに気を失った人間をこの場におらすのは危険じゃったのでな。ここに入れておいた」


 メデュラはそう言うと、懐からにゅるっとシルルを出してきた。


「え、今どこからシルルを出したの?」


「異空間じゃ。ちょっと時間と空間をいじって、そこにこの受付嬢をしまっておったのじゃ」


「へ、へー……。そうなんだ」


 色々追求したい部分はあったが、とりあえず今はスルーする。


「良かった、まだシルルは目を覚ましてないんだね」


「うむ、異空間では時間の流れがほぼ止まっておるからの」


「じゃあ今のうちに」


 ハツカはシルルのハゲた頭にそっと手を置いて、集中するように目をつぶる。


「良かった。シルルも毛根が残ってる!」


 ダズヒルとの戦いの最中気付いたが、毛根さえ残っていれば、ハツカの【髪の毛を統べるモノ】の力が効くはずだ。


(これでシルルの髪を元通りにできる……!)


 安心したハツカはシルルのショートカットを思い浮かべながら、力を使う。

 毛根から髪の毛を超スピードで育て直し、記憶の中の髪型に整えるのだ。


「……[髪の毛操作]」


 ボサッ!


「え……?」


「あ、主殿、これは……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る