第34話 隣村の謎

 村長の屋敷の階段を登った先、扉を開けたハツカ達と向かい合うように吸血鬼君主ーーダズヒルが待ち構えていた。


 多目的に使われていたのだろう、広間のようになっている部屋の一番奥にいるダズヒルの影に隠れて、シルルの様子はここからでは伺えないが、両手を上に縛られているようだ。

 ダズヒルは、長い黄金の髪、黒いマントを見に纏い、冒険者ギルドに現れた分身体と見た目は同じだが、まとっている空気ーーそこから感じる彼の力量は天と地ほどの差を感じる。


(これがSランク魔物 吸血鬼君主の本来の力ーーなんてプレッシャーだ……。けど、ここで臆するわけにはいかない!)


 ハツカは自分を鼓舞するようにダズヒルを睨みつけるが、彼はそんなハツカを嘲笑う。


「くっくっく。まさか吸血鬼三体が足止めにすらならないとは。さすが超越者といったところか」


「なにがおかしい」


「いや、吸血鬼とはいえ元人間をこうも容赦なく殺せるものだなーーと」


「くっ……!」


(挑発にのっちゃ駄目だ。まだシルルの安全を確保できていない)


「シルルは無事なんだな?」


「なに、心配するな。我は約束を守る。女には傷一つ付けていない」


 懐から取り出した懐中時計を確認し、ダズヒルは続ける。


「約束の三時間まで我が思っていたより一時間も早い。くっくっく、まさか街の防衛を捨ててくるとはな」


「捨てたんじゃない。街の守りは任せてきたんだ」


「結果に変わりあるまい。それより、我の退屈な時間を一時間縮めた礼に面白い話をしてやろう」


「そんな時間あるわけ……」


 ダズヒルの配下の魔物に襲われてるはずのリールカームの守りを、冒険者ギルドマスターのフオーコに任せてきたとはいえ、どこまで保つか分からない以上お喋りなんかしている余裕はハツカには無い。


「まぁ聞け。千年ほど昔になるか。暴虐な吸血鬼君主がいた。そやつは自らの赴くままに人を喰らい、同族を増やし、いくつもの人の国を滅ぼした」


 ダズヒルは構わず話始める。


「吸血鬼君主が、世界の西側をほぼ支配下においた頃だ。そやつを封印するために一人の人間が現れた。人間などただの餌としか見ていなかった吸血鬼君主は油断し、封印されてしまった」


(主殿、おそらくこれは時間稼ぎじゃ)


 急に頭にメデュラの声が響き、ハツカはとっさに彼女の方を見る。


(こちらを見るでない! 念話で話していることがバレるじゃろうが)


(そんなこと言ったって! メデュラが急に念話で話しかけてくるのが悪……って念話!? え、今これ頭の中だけで会話できてるの? なんで!?)


(ええいっ、今そんなことを説明している場合ではない。あの吸血鬼君主、わざわざ時間稼ぎをして何かを待っておる)


「人間共は封印が破られぬよう見張るため、封印の周りに集落を作った。決して封印を破らないよう子孫に吸血鬼君主の恐怖を語り継ぎながら」


 ハツカとメデュラが脳内で会話をしていることに気付いていないのか、ダズヒルは語り続けている。

 ちなみにオッさんは念話に加わっていないので、ゴクリと唾を飲み込みながら、ハツカの脇の下で真剣にダズヒルの話を聞いている。


(時間稼ぎってなんで?)


(おそらく下の階で倒した吸血鬼、その復活を待っておるのじゃろう)


(えっ、吸血鬼は倒したはず……!)


(そんなことは分かっておる。じゃが相手は吸血鬼君主で、ここはやつの領域。配下である吸血鬼の復活くらいやってのける可能性は十分ある)


「しかし、それから千年。その集落から発展した村では、語り継がれるうちに吸血鬼君主に対する恐怖も薄れていった。自分達の村に封印されているものが何かすら朧気になっていった」


(ってことは……)


 ハツカは振り向きたい気持ちをグッと堪える。

 吸血鬼の様子を確認するために、今から階下に探査の範囲を広げれば、おそらくダズヒルに感づかれるだろう。

 それは避けたい。


(うむ、妾達は吸血鬼君主と吸血鬼三体に挟み撃ちされることになるであろうな。じゃが、それを逆手にとる。誰であれ、獲物が罠にかかった瞬間は勝ちを確信して気が緩む)


(そうか、挟み撃ちの不意打ちを受けた振りをして油断を誘うんだね)


(その通りじゃ。そのタイミングで主殿は一気に受付嬢まで距離を詰め、助け出すのじゃ)


(うん、分かったよ)


「そうやって吸血鬼君主の恐怖を忘れた愚かな人間の中でも特に愚かだったのが、村長の息子とその取り巻きだ。何もない辺境の村が退屈だったのだろう。千年経って弱まってきていた封印の祠を怖いもの見たさで壊してしまった。自分達の先祖が守ってきたものが何かも知らず、自分達が今壊したものが何かも知らず」


 話続けているダズヒルの話を聞きつつ、油断しないようハツカは神経だけを研ぎ澄ます。


「その吸血鬼君主がお前だっていうことか、ダズヒル」


「おいおい、せっかくの語りのオチを奪うとは、本当に冒険者とやらは礼儀を知らぬ」


 話に水をさされ、ダズヒルが不機嫌そうにため息をつく。


「だが、本当に傑作なオチはこれからだ。貴様は我がこの村を滅ぼしたと考えているだろう?」


「今さら何を言ってるんだ。お前が村の人たちの血を吸い、魔物に変えたんだろう」


「間違いではないな。だが、我が直接手を下した者はそう多くはない。村人を多く手にかけたのは、我を復活させた褒美に吸血鬼にしてやった村長の息子とその取巻き二人だ」


「なっ!」


「本当に人間の欲は凄まじいな。我が静止する間もなく三人で村人のほとんどを食い尽くしてしまった」


 本当におかしいといった様子でダズヒルは続ける。


「自らの欲しいまま喰らい、殺す。やつら元人間の方がもはや魔物だとは思わんか? そう考えると貴様に三人とも討伐されたことが当然な気もするな」


「詭弁だっ! 三人が人を殺したのはお前に魔物に変えられてからだ」


「そんな問答に興味は無いな。あとは当人同士でやってくれ。貴様に殺された恨みを晴らしたくてうずうずしているようだからなっ!」


 ダズヒルがそう言うやいなや、ハツカ達の後ろにある広間の扉がバタンッと勢いよく開く。


「さっきはよくもやりやがったな、死ねえ!」

「人間ごときが、私をよくもぉ!」

「殺す!」


 ハツカ達の予想していた通り、先ほどまで真っ二つだったとは思えない十全の状態で復活した吸血鬼三人が、その扉から飛び込んできた。

 三人ともハツカに対する殺意に目が地走っている。


「主殿っ!」


「大丈夫、分かってる! いくよ、オッさん!」


 メデュラは精霊なので、襲われる心配はない。

 ハツカは、シルルを助けるために後ろの三人は無視し、オッさんを小脇に抱えたまま前に飛び出した。


 ハツカの作戦はこうだ。

 まず、シルル自身の髪の毛で彼女を保護する繭のようなものを作って安全を確保した後、オッさんの髪の毛でダズヒルや吸血鬼を牽制しつつ、彼らから距離をとる。

 この後どう戦うにせよ、シルルを助けてからでなくては身動きがとれない。


(よし、やるぞ!)


 ハツカは頭の中で反芻していた作戦を実行するため、シルルとの距離を詰めるべく足を進めるーーが、その途中で違和感に気付く。


(待て、おかしい。ダズヒルはどうしてシルルの隣から動かない?)


 後ろからは吸血鬼三人が迫ってくる気配がするが、前方のダズヒルはハツカに向かってくる様子が一切見られない。

 余裕の表情で、ただこちらを見ている。


 ダズヒルは吸血鬼三人と一緒にハツカ達を挟撃しようとしていたのではないのか。

 それならば、ダズヒルも吸血鬼達と同時にハツカへと向かって来ていなければおかしい。


(どうしてだ? この絶好のチャンスにどうして攻めてこないーーまさか!)


 ハツカがハッとしてダズヒルの方を見ると、

その吸血鬼君主はーーニヤリと笑った。

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