第4話 上目遣いは反則です

「そいつが心配ならシルルが薬草採取に付いていけばいいじゃん」


「きゃっ!」


「えっ!?」


 突然割り込んできた声にシルルとハツカが驚き、声のした方へ振り向く。


「よ、邪魔するよ」


 そこには、入り口にもたれかかるようにシルルとは別の女性ギルド職員が一人立っていた。


「フミさんっ、ビックリするじゃないですか! 医務室に入る時はノックしてください!」


「あー、悪い悪い」


 全然悪びれもせず言ってのける彼女は、フミというギルドの受付嬢で、シルルの先輩である。

 シルルと仲の良い先輩らしいが、目つきが鋭く怖そうなので、ハツカはあまり接したことはなかった。


「お邪魔かとも思ったけど、薬草入荷に関わる話が聞こえたんでね。草むし……おっと、あんた名前なんて言ったっけ?」


「ハツカだよ」


「そうそう、ハツカだ。ハツカはまだFランクだから、ギルド職員同行研修が適用される」


「そっか! 同行研修! その手がありましたね」


 フミの提案に、シルルが手を叩いて喜ぶ。


 ギルド職員同行研修とは何だろう?

 話が分からずハツカが首を傾げていると、シルルが説明してくれた。


「冒険者になられたばかりのFランクの方に依頼に慣れて貰うために、ギルド職員が依頼に同行してお手伝いさせて頂く制度のことです」


 そういえば自分も冒険者になって初めての依頼は誰かギルド職員の人が付いてきてくれた気がする。


「そ、それって冒険者になったばかりの初心者向けの制度のはずじゃなかったっけ?」


「初心者向けではありますが、Fランクの方は皆さん対象に入ります。もちろん、ベテランのハツカさんの薬草採取に私がお手伝いさせてもらう必要がないことは分かっています。今回は、私のせいで怪我をさせてしまったハツカさんが心配で付いていく口実のようなものです」


「いや、でも、それはさすがにカッコ悪いというかなんというか……」


「ダメ……でしょうか?」


 シルルの潤んだ瞳の上目遣いが可愛い過ぎて思わずオーケーしそうになるが、さすがに依頼に付いてきて貰うのは恥ずかしい。


「ほ、ほら、薬草採取っていっても、隣の森は魔物も出て危険ですし、シルルさんを連れていくわけには」


「あー、それは心配いらないよ。ギルド職員は全員最低Eランク以上の冒険者資格持ちだ。シルルは【魔法杖使い】でたいていの初級魔法は使えるし、自分の身くらい自分で守れるさ」


 フミが逃げ場を塞ぐ。

 それよりハツカは、シルルがEランク以上の冒険者資格を持っている事に衝撃を受けていた。


(僕よりランクが上……いや、僕より下の冒険者なんて存在しないんだけど、まさか受付嬢のシルルさんよりランクが下だったなんて!)


「決して足手まといにはなりませんから! 私がしゃしゃり出てしまったせいでハツカさんが怪我をしたのに、依頼途中でハツカさんの具合が悪くなったりしたら私……わたし……」


「あーあ、泣ーかした。泣ーかした」


 フミが子供のようにおちょくってくる。


「そもそも一晩中シルルが看病してあげてたんだから、そのくらいのワガママ聞いてあげてもいいんじゃないかい?」


「え、一晩中?」


「そうだよ、そんなにあんたを心配しているこの子の同行を、それでも断るってのかい?」


 よく見てみると、涙ぐむシルルの目の下には若干のクマが見てとれた。


「〜〜っ! 分かった! 分かりました! 一緒にいけばいいんでしょ!」


「素直じゃないねー」


 と、ニヤニヤしているフミを横に、シルルは嬉しそうだ。


「じゃ、じゃあ私準備してきます! ハツカさん、絶対待ってて下さいね。置いていっちゃ嫌ですよ!」


 そう言ってシルルは医務室をバタバタと出て行った。


 その時に二人が「お膳立てしてやったんだから頑張りなよ」「そ、そそそそそんなんじゃないですから!」なんて会話をしていたが、なんの事なのかは、ハツカにはよく分からなかった。




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 というわけでハツカとシルルは、中規模街リールカームと隣村との間にある森で一緒に薬草採取を行なっていた。


「探査系のスキルってやっぱり凄いんですね。あんなに見つけにくい薬草をすぐ見つけちゃうんですから」


 シルルがガサガサと茂みの間で薬草を探しながら言う。

 シルルが地道に一本薬草を見つける間に、ハツカは二十本ほど薬草を採取していた。

 その一本も、薬草が見つけられず半泣きになっているシルルのためにハツカがわざと見逃したものだったりするのだが。


「僕の[髪の毛探査]は範囲も狭いし、平面しか対応できないから、こんなふうに魔物が弱くて少ない場所でしか使えないけどね」


 もう少し危険な場所なら、探査範囲外から魔物に飛びかかられてすぐやられてしまうだろう。

 この森は魔物がいても、せいぜいスライムくらいのものなので、探査スキルに引っかかったものを避けて移動するくらい朝飯前だ。


「それでも街の外で魔物と一匹も出会わず行動ができるって凄いことですよ」


「僕はこの森しか知らないからなあ。シルルさんは他の場所で魔物と戦ったこともあるんだよね?」


「んー、……『シルル』です」


「え?」


「『さん』はいりません。『シルル』って呼んでくださいっ」


 少し恥ずかしそうにシルルが言う。


「なっ、なんで急に?」


「なんで……って。いっ、いえ、そんな他意はなく! ギルド職員同行研修とはいえ、今は一緒に依頼をこなすパーティのようなものなので、『さん』付けは他人行儀といいますか、知り合って三年になりますし、そろそろ呼び捨てにして貰ったりしてもいいんじゃないかなーなんて」


 ハツカとしては、三年もさん付けで呼んでおいて、今さら呼び捨ての方が逆に恥ずかしい。

 しかも、シルルを呼び捨てにするということは、逆もあるということに、この人は気づいているのだろうか。


「じゃ、じゃあ逆にシルルさんは僕のこと呼び捨てにできるの?」


「ハツカさんを……呼び捨て?」


 やはり、自分が呼ぶ側になった時のことは考えてなかったようだ。

 ぼっ! と真っ赤になった後、シルルは目を回して倒れた。




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● 絶エズ研鑽ヲ重ネシモノ


◯ 研鑽ノ全テヲ失イシモノ


◯ ソレデモ誰ガタメニ抗イシモノ


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