第24話 覚悟

 三人でパーティ結成の宴会をした翌日。

 ハツカは冒険者ギルドに行く前に、レンタルオッさん店へオッさんを迎えに行く。


 これからオッさんに冒険者としての依頼を手伝って貰うことになったのだが、オッさんはあくまでレンタルオッさん店の従業員。

 筋を通すために、これからもオッさんをレンタルして冒険に着いて来て貰うという形は必要だ。

 メデュラは「本当に人間は面倒くさいのう」と言っていたが、冒険者として生きていくにはそういった細かな信用の積み重ねも大切なのだ。


「はい、これでレンタル手続きは完了ですー。今日も気をつけていってらっしゃい」


 ラージル商会の副会長であり、レンタルオッさん店の店長でもあるレインに見送られて店を出る。

 これから毎日オッさんに冒険を手伝って貰う旨を伝えた時、レインが何やら小さくガッツポーズをしていた気がするが、多分毎日レンタルしてくれるお得意様が見つかって嬉しかったんだろう。


 ハツカも昨日から今日が楽しみでならなかった。

 メデュラが枷を付けてくれたお陰でスキルは安定しているし、オッさんが手伝ってくれるから魔物相手にも臆することはない。

 初めて薬草採取以外の依頼を受けてみてもいいかもしれない。


「さ、今日も一日頑張ろうか」


 色々考えている間にあっと言う間に冒険者ギルドに着き、メデュラとオッさんに元気よく声をかける。


 「うむ」と、きゅー! という二人の気持ちいい返事を聞きながら、ハツカが冒険者ギルドの扉を開けると、


「よぉ、草むしり。よくギルドに面出せたなぁ。あぁん?」


 筋骨隆々な大男ーーゴルデオが仁王立ちしていた。


「てめえのせいでこっちは三日間も謹慎くらったうえに、戻ってきてみれば、草むしりの尻拭いの森の調査をやって来いだとよ……んなこと、許せねえよなぁ?」


 Cランク冒険者にして、中規模街リールカーム最強の冒険者、剣使いのゴルデオ。

 素行に問題が無ければBランク昇格もしていただろうと言われる実力者。


 そのゴルデオが怒りに身を震わせ、こちらを威嚇してくる圧は尋常ではなく、オッさんはギルドに入った途端縮み上がり、ハツカの後ろに逃げ隠れた。


 周りにいる他の冒険者やギルドスタッフも、ゴルデオを恐れて遠巻きに見ているだけだ。

 ハツカも今まで散々虐げられ、痛めつけられた記憶が巡り、萎縮してしまう。


「ご、ゴルデオ……どうして」


「どうしてもこうしてもねぇだろうが。無能のお前のせいで、俺様は貧乏くじばっかりだ。責任とれっつってんだよ」


 ゴルデオは凄みながら、ハツカの頭を掴む。


「おーおー、噂には聞いてたが、本当に髪の毛を無くしてハゲになったみてえだなぁ。【髪の毛使い】なんてクソ雑魚クラスのくせに冒険者になるって伸ばしてた髪、ガキの頃から目障りでしょうがなかったぜ。せいせいする」


 子供の頃からゴルデオにはイジめられ続けてきた。


「これでお前は草むしりすらできなくなったんだろ? 【髪の毛使い】がハゲちまえば何もできねえもんな! ガハハハハ!」


 冒険者になってからも、実力者のゴルデオが「草むしり」とハツカのことを蔑むので、それが街の冒険者全員に広まり、見下され続けた。


「けど、聞いたぜえ。ハゲた草むしりが、優秀な荷物運びととびきりの美人を連れてるって。俺様も鬼じゃねえ。その二人を俺様に寄越せば、今回のことは水に流してやるよ。なあ?」


 ゴルデオがハツカの後ろを舐めるように見やる。


「へえ、その女とオッさんがそうか。お前らもそんなクソ無能の草むしりに付いていくより、俺様に付いてきたほうが良い目見れるぜえ。俺様はこんな田舎の中規模街に収まる器じゃねえ。いずれ王都に出てAランクの冒険者になる男だ」


 下卑た笑いを浮かべ、ゴルデオがメデュラの肩に手をかける。


「確かに美人じゃねえか。そこの小さいオッさんも良く言う事を聞きそうだ。良かったなぁ草むしり! 今日からこいつらは俺様が貰ってやるよ。ガハハハハ!」


「そ、そんな……」


 今まで、こうやっていくつもゴルデオに奪われてきた。

 夢も尊厳も。

 今回もきっとそうだ。

 凄い力が手に入って、仲間もできて浮かれていたけど、こうやって自分は何も出来ず、何も手に入れることが出来ず、生きていくのだ。


 ハツカは諦めたように俯いた。

 そこには、ハツカの足に捕まり、怯えているオッさんがいた。

 だが、オッさんは怯えながらもゴルデオを睨み付けていた。


 何故? ゴルデオに付いていくのが嫌だから?

 違う。

 オッさんは怒っているのだ。

 自分の好きなハツカの尊厳を目の前で踏み躙られることに怒っているのだ。


 ハツカは隣を見る。

 メデュラは冷ややかな目で、自分に手をかけるゴルデオを見ていた。

 こんな目をするメデュラを見るのは初めてだった。

 メデュラもオッさんと同じくハツカをコケにされて怒っているのだ。


 そんな二人を見て、ハツカは気付いた。

 昨日自分は何と言った?


ーーオッさんは僕が守る! ーー


(自分のことをバカにされるのは良い。尊厳だってくれてやる。ただーー僕のためにここまで怒ってくれる二人だけは渡すつもりはない!)


「あ? なんだ草むしり。その目は」


「その手を離せ。ゴルデオ」


ハツカがメデュラに回されたゴルデオの腕を掴む。


「おいおい、何のつもりだよ草むしりが。まさか俺様に逆らうのか?」


「二人を渡すつもりはない」


「へえ、そうか。俺様に逆らうってのか。草むしり風情がよお!」


 怒りのまま、ゴルデオがハツカの手を振り解く。

 肩に背負った長剣を抜き、ハツカに突き付ける。

 メデュラがそれを鼻で笑う。


「逆らう? ハッ、当たり前じゃ。主殿が貴様のような小物に従うわけがなかろう」


 オッさんも「そうだそうだ!」と言うように隣で拳を挙げている。


「俺様が……小物……だと?」


 長剣がゴルデオの怒りで震えている。


「もういい……てめえら全員ぶっ殺してやる!」


 そのまま振り上げた長剣を斬り付ける。

 ハツカはメデュラとオッさんを抱えて後ろに飛び退いた。


「メデュラは後ろに下がってて。オッさん、やれる?」


 「きゅー!」とオッさんが返事をすると同時にゴルデオの追撃がきた。


「無能のくせに避けてんじゃねえ! 死ねや!」


「……[髪の毛操作]」


 ガキンッ!


 しゅるると伸びたオッさんの髪の毛が、ゴルデオの長剣を真正面から弾き返す。


「な……、なんだと!? 俺様の剣を!」


「もう僕は逃げない。覚悟しろよ、ゴルデオ」

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