№23 『最強の召喚士』

「……俺たち、話し合えないかな?」


「…………」


 ジョンの返答はなかったが、その沈黙ははっきりと拒絶を示していた。


 『最強の召喚士』が愁いに満ちたため息をつく。


「やっぱり、君はどこまでも『最強狩り』なんだね。いや、『最強狩り』でしかない、というか」


「……っ!」


 その言葉を聞いたジョンは、発作的に飛びかかっていた。難なく『最強の召喚士』の首を捕まえ、締め上げる。


 意識を失いかけながら、『最強の召喚士』は、もうジョンにはどんな言葉も届かないということを悟った。


 眼球に向かって指を突き立てようとする。ジョンはそれを回避して、首を絞めるのもやめた。『最強の召喚士』が息を乱す。


「げほっ、げほっ!!」


 せき込む『最強の召喚士』を間合いの外から観察して、肉食動物のようにぐるぐると歩き回るジョン。


 ようやく呼吸も収まってきたところで、『最強の召喚士』は申し訳なさそうな顔をして告げた。


「……ごめん。もうこうするしかないみたいだ」


 ジョンに向かって手をかざし、意識の流れを構築する。魔素が集まっていき、足元には魔法陣が出現した。


 ずぶり、ずぶり。


 その魔法陣から巨大な影が出現する。赤い鱗によろわれた象ほどの大きさのトカゲ。ずらりと並んだ牙から白い蒸気を吐き出し、金色の瞳をジョンに向けるそれは、絵本の中でしか見たことのないドラゴンだった。


 この世界に完全に姿を現したドラゴンは、大きく馬のようないななきを上げる。木々から一斉に鳥たちが羽ばたいて去っていき、大地は揺れ天が曇った。


 圧倒的なプレッシャーを感じながらも、ジョンはあくまでも戦う姿勢を見せた。


 が、ドラゴンを前にしてはどんな人間も赤子同然だ。


「……悪いな」


 つぶやいて目を伏せると、『最強の召喚士』がドラゴンを操り命令する。


 ドラゴンの口から膨大な光がこぼれ出し、それは光の帯となってジョンに襲いかかった。森や周辺の大地ともども光に飲み込まれ、ジョンの姿が消える。


 レーザーブレスだ。ドラゴンの象徴であり、必殺の技でもある攻撃。これをマトモに食らって立っていられる人間はいない。


 せめて遺体だけでも残してやりたかったが、消滅してしまっただろう。


 光が収まり、辺りの光景が目に飛び込んでくる。レーザーブレスは直線状に大地を削り取り、辺り一帯は焦土と化していた。森だったはずの場所は荒野になっている。生きているものは……


「……なにっ!?」


 レーザーブレスの通った道筋の真ん中の大地だけが、えぐれずに原形を保っている。その上には、光の膜に包まれたジョンが立っていた。


「……ドラゴンのレーザーブレスを、防御魔法で防いだ……!?」


 神の声に従って構築した魔法は、たしかに単なる防御魔法、魔素で出来た壁だ。理論上はドラゴンのレーザーブレスも防ぐことはできるが、それは人間には到底不可能な集中力で編み上げられた魔法でなくてはならなかった。


 しかし、ジョンはたしかに防御魔法でレーザーブレスを防いだのである。人知を超えた強固な壁が、ジョンを守った。そんなことはおとぎ話の中の英雄でもできない。ドラゴンを前にした人間が生存している。それだけで奇跡のような出来事なのに。


「……くそっ、二撃目だ!」


 まさか一撃必殺を破られるとは思ってもみなかったが、これだけの集中力、二度目はないはずだ。『最強の召喚士』は再びドラゴンにレーザーブレスの発射を命じた。


 ドラゴンの喉の奥から光が沸き上がり、破壊のちからへと変わっていく。


 ジョンはちからをためているドラゴンに向かって飛びかかり、今まさにレーザーブレスを放たんとしているあぎとを無理矢理大きくこじ開けた。鋼鉄すら噛み砕くドラゴンのあぎとを、である。


 レーザーブレスにやられる方が早い。そう判断した『最強の召喚士』は、最大出力で放出するよう命じる。今度こそチリも残さず消えてしまう。


 そのはずだった。


 ジョンは解き放たれる直前のレーザーブレスの中に手を突っ込み、ドラゴンの喉を内側から素手で貫いた。なんの武装もしていない、ただの手刀。防御魔法だけに守られたその一撃は、ドラゴンの喉を脊椎ごと突き破り、首の後ろから指先が出てきた。


 鋼よりも強靭なドラゴンの鱗を貫通した!? しかも素手で!?!?


 かつてない出来事に、『最強の召喚士』は混乱した。今まで召喚してきたドラゴンよりも、今回のドラゴンが劣っているとは決して考えられない。だというのに、ジョンは単身でドラゴンを撃破した。


 ジョンがドラゴンの喉から手を引くと、大量の血しぶきが上がった。いのちを失ったドラゴンが重々しく崩れ落ち、黒い灰となって魔法陣の中に消えていく。


 返り血で真っ赤に染まったジョンが、うつろな琥珀の瞳を開いた。


 これが、『最強狩り』……!!


 なるほど、バケモノだ。


 『最強の召喚士』が呼んだどのバケモノよりも、ジョンは規格外のバケモノだった。


「……くっ……!」


 歯噛みする『最強の召喚士』がまた魔素を構築し、足元に魔法陣が浮かび上がる。まばゆく光る円から姿を現したのは、巨大な白銀の狼だった。


 シルバーフェンリル。神々の戦争で主神を食ったとされる、伝説級のバケモノである。口元には鋭い牙がずらりと並び、死神の鎌のような大きな爪が荒廃した地面を掻いた。どんな攻撃も跳ね返すという白銀の毛並みをなびかせ、先ほどのドラゴンと同じ程度の大きさの狼がこの世界に現出する。


 遠吠えをすると、びりびりと地面が共鳴した。鼓膜が痛くなる。喉の奥でうなるシルバーフェンリルは、『最強の召喚士』でもめったに呼ばないバケモノだった。たいていは先ほどのドラゴンで事足りるからだ。しかし、まさかこいつを呼ぶ羽目になるとは。


 ヨダレを垂らして牙を鳴らすシルバーフェンリルは、ジョンを獲物と見定めてにらみつけた。前足で地面を掻いて、今にも飛びかかろうとしている。


 『最強の召喚士』は、頃合いを見計らって、行け、と命じた。


 途端、白銀の狼の巨躯がジョンに襲いかかる。


 鋭い歯牙をむき出しにして、ジョンをひと喰らいにしようとするシルバーフェンリルが迫った。物理では最強のシルバーフェンリル、その神をもほふった牙が大きく開かれ……


 ジョンは、その顎を両腕で受け止めた。足元の地面がめくれ上がり、陥没する。シルバーフェンリルはなおもジョンを押し倒そうとちからを込めるが、ジョンは一歩も退きはしなかった。


 比類なき怪力のバケモノは、初めて自分を受け止めたバケモノの存在に戸惑う。その隙に、ジョンはその巨大なからだを両腕だけで持ち上げた。


 象ほどの大きさの巨狼を、である。その重さたるや、大型トラック一台分くらいはあるだろう。その巨躯が持ち上げられる様は、まさしく圧巻だった。


 垂直になってもがくシルバーフェンリルを、ジョンの腕が後方に傾けた。どおん!という轟音と共に背中を地面に打ち付けられるシルバーフェンリル。


 まさか、シルバーフェンリルにジャーマンスープレックスをかける女がいるとは。『最強の召喚士』は改めて『最強狩り』のちからにおののいたが、まだ終わってはいない。


 再びシルバーフェンリルに襲いかかるよう命じると、震えながらなんとか立ち上がった巨狼は、またしてもジョンに向かって牙をむき突進した。単純暴力としてはレーザーブレス抜きのドラゴンをも凌駕する。この二撃目、受け止められる人間はいないはずだ。


 しかし、あくまでもジョンは『最強の召喚士』の常識を覆し続ける。


 その場から飛びのいたジョンは、地面を割るシルバーフェンリルの頭に手を置くと、そのまま大地に叩きつけた。ひどい轟音がして、シルバーフェンリルの頭が割れ、深くえぐれた地面に脳漿が飛び散る。


 びくびくと痙攣するシルバーフェンリルの死体が、ドラゴン同様灰となって魔法陣の中に沈んでいった。


 からだ中からバケモノの血を滴らせ、ジョンはいまだに健在。赤黒く染まったからだの中で、唯一琥珀の瞳だけがうつろに開かれている。


 この女、物理的におかしい……!


 魔法も武具もなにもなく、神話級のバケモノを倒した。


 ジョン・ドゥーは、まごうことなきバケモノだ。


 もはや、バケモノという言葉でも生ぬるい。


 狂気や不条理、暴力がこの世に具現化したような存在だった。


 この世の終わりの権化。


 それが、ジョン・ドゥーという女だ。

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